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赤塚不二夫さん、闘病中もギャグ作り (3/3ページ)

2008.8.3 05:04
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漫画家の里中満智子さんの話

 「『おそ松くん』が発表されたときにはびっくりした。それまでの漫画の常識を変えるほどの衝撃だった。赤塚先生のセンスは半永久的に通用する。赤塚漫画はどんな哲学もぶっ飛ばしてしまうすごみがあった。確かに天才だったが、大変な努力家でもあった。長い間読者を楽しませ、日本の漫画の幅を広げてくださってありがとうございましたと言いたい」

漫画に詳しい麻生太郎自民党幹事長の話

 「残念だ。『おそ松くん』に出るイヤミの“シェーッ”を見た時には、正直言って笑った。ギャグ漫画の分野で草分け的な存在だった。赤塚氏の作風を継ぐような人が出てきてほしい」

「青梅赤塚不二夫会館」の横川秀利館長の話

 「赤塚さんの漫画から元気をもらおうと思って始めた会館。昭和の財産を失った思いだ」

トキワ荘

昭和27年から57年にかけて、東京・椎名町5丁目(現在南長崎3丁目)にあった木造アパートで、日本漫画の萌芽期の若手漫画家が住んでいた。後に著名になった手塚治虫、石森(後の石ノ森)章太郎、藤子不二雄(後の藤子・F・不二雄、藤子不二雄(A))らも出身。



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