小泉改革が絶頂期だったころ、当時の小泉純一郎首相や竹中平蔵経済財政担当相は「ハイリスク・ハイリターン」型社会の構築を目指した。現実は必ずしもその方向に行かなかった。
「これではいけない」と慌てたのか、今年の経済財政白書が「リスクに立ち向かう日本経済」の副題を掲げ、企業や家計にリスクを取ることを求めた。さもないと経済が停滞し、成長もおぼつかないという。
安心や安全の確保、地域の再生など小泉改革の負の遺産への取り組みに軸足を置いてきた福田康夫政権の白書としては、方向が違う気がする。
成長戦略をぶち上げたものの、すぐに成果が上がるわけではない。原油や食糧の価格高騰も日本経済を直撃している。そこで、企業や国民に多少は危険にも挑戦してもらい、経済を元気にしようということだろう。
リスクを取るとは、企業では新規事業に挑戦することや、業容の拡大や市場占有率を高めることを目指し買収・合併を行うことなどだ。家計では銀行預金や郵貯に偏っている金融資産の運用を株式や債券、投資信託など価格が市場で決まる商品に移すことである。ひとつの職場にしがみつくことなく、柔軟に転職することも、そうだろう。
白書は、企業や家計がリスクを取っている国では成長率が高いという分析に基づき、論を進めている。少子・高齢化が世界的にも類例のない速度で進んでいる日本が、安心や安全の社会を築くには、成長率を高めなければならず、安全な道ばかり歩んでいてはだめという。
企業にはこの指摘はほぼ当たっている。時代先取り的で、技術革新に積極的でなければ、発展はおぼつかない。
しかし、「日本の将来のためだ。競争しろ。リスクを取れ」といわれても、家計は躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない。米国のサブプライム問題に始まった市場のほころびはリスク社会の怖さを如実に示した。非正規労働の拡大は、若者に貧困はひとごとではないことを痛感させている。
利回りは高いが、リスクも高い資産のうさん臭さを家計は感じている。鳴り物入りで対象業種が拡大された派遣も、企業の人件費削減の切り札だったことが明白になっている。
福田首相のいう安全と安心には、社会的安全網の張り直しも含まれているだろうが、それは不十分なままだ。一方で、白書が長期リスクと位置付ける財政構造悪化の解決策はみえてこない。国民にリスクを取れと「説教」する前にやることがある。これは福田改造内閣の課題だ。
毎日新聞 2008年8月3日 0時03分