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社説

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ケアの開国―職場の魅力が問われる

 あと半年もすると、スカーフを付けたインドネシア人が施設や病院で働く光景を目にすることになる。

 インドネシアと日本の間で合意した経済連携協定(EPA)に基づき、看護師や介護福祉士をめざす人たちがこの7日にやってくるからだ。

 厚生労働省は「特例」と位置づけているが、フィリピンとも受け入れですでに合意し、タイやベトナムからも受け入れを求められている。高度な専門職や技術職に限っていた外国人の受け入れを、それ以外の分野に広げる一つの節目に違いない。

 これからアジアも高齢化が急速に進む。そこで互いの文化や技術を伝え合いながら歩むのはいいことだ。交流することは悪くない。

 今回来日する人たちは全員、母国の看護の資格を持っている。日本の研修機関で6カ月、日本語や生活習慣を学んだ後、受け入れ先の病院や施設で働きながら、さらに専門知識と技術を身につけていく。

 看護師は来日から3年、介護福祉士は4年以内に日本の国家試験に合格できなければ、母国に帰される。

 それにしても、志望者は予想より少なかった。募集期間が短かったとはいえ、看護師、介護福祉士が104人ずつ。EPAで合意した受け入れ枠は2年で看護師400人、介護福祉士600人だから、大幅に下回っている。

 いまの日本の医療や介護の現場が働きがいのある場といえるのか。それを問うているのではないか。

 病院や施設経営者の多くは看護や介護の仕事を外国人に広く開放するよう求めている。労働環境がきびしく、慢性的な人手不足が続いているからだ。

 まずは働く人がそこでがんばろうと思える職場に変えることだ。特に介護の現場では、重労働のわりに低い賃金が離職の主な原因になっている。

 そのような労働条件を放置したままでは日本で腕を磨こうと海を越えてくる人たちを失望させてしまうのではないか。来日志望者たちは、高い学歴や実務経験があり、将来はリーダーになれるような人たちなのだ。

 今回、受け入れに手を挙げた45の病院と52施設の責任は重い。イスラムの考え方や慣習にも気を配りながら独り立ちを支援してもらいたい。やがて日本人より安い賃金で働いてもらえる、などと期待していないだろうか。同じ仕事をするなら、日本人と同じ給料を保障するのは当然だ。

 ブローカーの暗躍をさけるため、受け入れ窓口は厚労省の外郭団体、国際厚生事業団が一手に担う。雇用契約の違反などに目を光らせる必要がある。

 地元の自治体は来日した人たちに、労働者を守る日本の法律などをきちんと知らせ、問題が起きた時には相談に乗る態勢を整えてほしい。

高校野球―90回の球史をつないで

 焼けつくような日差しのもと、甲子園の夏が巡ってきた。第90回全国高校野球選手権記念大会が開幕した。

 大きな節目の今年は例年よりも6校多い55校が阪神甲子園球場に集まった。大会初日から本塁打が飛び出し、照明灯もともされる熱戦となった。

 甲子園に初めて全都道府県の代表が顔をそろえたのは、半世紀前の第40回記念大会である。その開会式の入場行進で、しんがりをつとめたのは沖縄代表の首里高校だ。戦前、戦後を通じて沖縄勢が甲子園の土を踏むのは初めてのことだった。

 太平洋戦争で激しい地上戦の舞台となった沖縄は、まだ米国の統治下にあった。選手たちはパスポートを携えてやってきた。初戦で敗れたが、スタンドからは「また来いよ」と温かい声援が送られた。

 だが、思い出に持ち帰った甲子園の土は、植物防疫法に触れる「外国の土」として那覇港で海に捨てられた。

 沖縄が本土に復帰するのは、その14年後だ。首里の主将だった仲宗根弘さんは「沖縄の復興は高校野球から始まったとの思いが強く、代表校への期待がひときわ大きい」と言う。

 郷土のあり方や歴史を高校野球と重ね合わせて見るのは、沖縄だけではあるまい。

 朝日新聞が6月に実施した世論調査では、6割の人が高校野球に「関心がある」と答え、その魅力については「ひたむきなプレー」に次いで「郷土の代表校の活躍」を挙げている。白球を追う若者たちの姿を見れば、生まれ育った土地に暮らす人も、遠く離れている人も、そろって郷土に思いをはせるということだろう。

 そんな大会も、歴史をたどれば、平らな道ではなかった。1915(大正4)年に始まったあと、3年後に米騒動で中止になった。太平洋戦争で5年の空白が続いた。

 敗戦の翌年に復活してからは途切れることなく続き、時代の変化を映してきた。外国人学校に門戸を開き、部員不足の高校は合同でチームを組めるようにもなった。

 一方で、いくつか問題も出てきた。「野球留学」の過熱はその一つだ。日本高野連が示した特待生制度の基準が歯止めをかけることを期待したい。

 いずれにしても今は何より、激戦を勝ち抜いてきた選手たちには存分に力を発揮してもらいたい。

 昨年の夏、ごく普通の高校生ばかりの佐賀北が深紅の優勝旗を手にした。その前の年、延長引き分け再試合の末に優勝したのは斎藤佑樹投手の早稲田実だった。敗れた駒大苫小牧には3連覇がかかっていた。

 さて、90回目はどんなドラマを見せてくれるか。郷土の選手に拍手を送りつつ、息づまる好試合を期待したい。

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