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2008年8月3日

◎無形遺産「あえのこと」 「絶滅危惧種」とならぬ工夫を

 ユネスコが来年作成する無形文化遺産リストの国内登録候補として「奥能登のあえのこ と」が選ばれたのは、「田の神」を人間のようにもてなす農耕儀礼が日本人の稲に対する崇敬の念を象徴し、世界的にも特殊であると評価されたからであろう。石川県からは輪島塗の期待も高まっていただけに意外に受け止めた人もいるかもしれない。

 「あえのこと」は民俗学の世界で最も有名な儀礼の一つで、民間の「新嘗祭」との位置 づけもなされてきた。一九七六年には国の重要無形民俗文化財にも指定された。だが、当時二百人を超えた保存会員はこの三十年で十一人に激減した。消滅の危機にさらされる「絶滅危惧種」のような状況を改善するためにも、次の世代へ継承する社会的な仕組みや工夫を考えていきたい。

 能登には豊作を願い、収穫に感謝する祭礼が豊富にある。そうした行事を地域ぐるみで なく、家単位で伝えてきたのが、あえのことである。ご馳走や風呂で「田の神」をもてなす一人芝居は奇妙な光景に映るが、見えざる力への畏れや感謝を端的に表した姿といえ、自然の中に八百万(やおよろず)の神を見いだしてきた日本人の原始的な宗教観に通じるものである。

 能登は「民俗の宝庫」といわれ、戦後、全国の研究者が訪れて学術調査が進んだ。そう した中で、あえのことの学術的な価値も飛躍的に高まった。行事の担い手が減ったのは農業が衰退し、過疎化、高齢化が進んだからだが、地元がその意義を主体的に発信したり、地域で価値を共有する取り組みが十分だったのか検証する必要もあろう。

 地域挙げての祭りと違い、個人的な儀礼だけに農家の跡継ぎがいなければすぐに途絶え てしまう。そこに、あえのこと継承の難しさがある。キリコ祭りのように観光化で活路を見いだすことに対しては俗化を危ぶむ声もある。だが、民俗に純粋性を求めるだけなく、そこに現代的な意義を見いだし、神が息づく能登の風土をもっと積極的にアピールする方法を考えてもよいのではないか。それは能登の祭礼や民俗すべてに共通する課題でもある。

◎ダガーナイフ規制 北陸も手だて尽くす必要

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件で凶器に使われたダガーナイフが青少年の手に渡ること を条例で規制する動きが広がっており、北陸でも、石川、福井県に続いて富山県が有害玩具に指定した。秋葉原事件の後、東京・八王子で起きた同種の事件では百円ショップで買ったという包丁が凶器になっており、これだけで事件の連鎖を断ち切れるとは思わないが、将来の危険の芽を少しでもつぶすために、あらゆる手だてを尽くしておく必要はあろう。

 ダガーナイフと合わせて、石川県はこれまで規制対象外だった刃渡り六センチ以下のバ タフライナイフも有害玩具に加えた。富山県はサバイバルナイフやコンバットナイフなども有害玩具とした。石川県の場合、業者が有害玩具を青少年に販売したり、貸し出したりすると、六カ月以下の懲役または三十万円以下の罰金が科される。警察など関係者には、販売状況の定期的な確認と指導をあらためて求めておきたい。

 秋葉原事件を受け、二十二府県が新たにダガーナイフを有害玩具に追加しており、以前 から指定していたところも含めると既に二十九府県(七月二十五日現在、富山は含まず)が青少年への販売などを禁じている。ただ、秋葉原事件を起こしたのが福井県で凶器を買った静岡県在住の若者だったことを思えば、規制の網目が荒いのは好ましくない。

 未指定の自治体も、ぜひ検討を急いでもらいたい。警察庁がダガーナイフなどの所持禁 止を盛り込んだ銃刀法改正案を次の臨時国会に提出する方向で準備を進めているとはいえ、自治体も単にそれを待つのではなく、できる限りのことをして、凶悪事件を二度と起こさせないという強い決意を示さなければならぬのではないか。

 ダガーナイフは、そもそも戦争用に開発されたものと言われているが、皮肉にも、平和 なはずの日本でその殺傷能力の高さが証明されてしまった。これまで容易に入手できる状況にあったことが不思議なくらいだ。ほかに見落とされている凶器がないか、この際、入念に点検してほしい。


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