「日本産科婦人科学会における『正当な業務の遂行として行った医療』の意味」について

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 最初に、現時点における la_causette の最新エントリである

 日本産科婦人科学会における「正当な業務の遂行として行った医療」の意味

を取り上げます。

 冒頭で引用されているのは「死因究明で議論錯綜―日本医学会(上)」の中の日本産科婦人科学会の岡井崇理事の

 正当な業務の遂行として行った医療に対しては、結果のいかんを問わず、刑事責任を追及することには反対。この考えは現在も将来も変わらないと思う。

という発言について、さらに社団法人日本産科婦人科学会の『「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方」に関する見解と要望』の

 診療関連し原因究明のための調査委員会の設立に際しては、「"医療事故調査委員会"の報告書を刑事手続に利用することを原則認めない。但し、故意、悪意、また、患者の利益に即さない目的で行われた医療等に起因する事故についてはこの限りでない。」の一文を委員会規定の中に成文化することを要望する。

との文章を引用の上、小倉弁護士は

「正当な業務の遂行として行った医療」に対立する概念として、日本産科婦人科学会では、"故意、悪意、また、患者の利益に即さない目的で行われた医療"というものを想定しているのではないかと思われます。

と述べているわけですが、「対立する」という文言の論理的な意味が明確ではありません。
 「正当な業務の遂行として行われたものではない医療」(そういう行為はそもそも「医療」と言うべきではないと思いますが)の例示として、「故意、悪意、また、患者の利益に即さない目的で行われた医療等」があげられていると理解することは可能だと思います。

 小倉弁護士はさらに上記「見解と要望」中の

日本産科婦人科学会は、資格を有する医療提供者が正当な業務の遂行として行った医療行為に対して、結果の如何を問わず、“業務上過失致死傷罪”を適応することに反対する。ここで言う“正当な業務の遂行”とは、当該疾病に関わる患者の利益を第一義の目的とした疾病の診断・治療・予防等またはそれに関連する行為を指し、医療的行為であっても、悪意や故意により患者の利益に反する結果をもたらした場合や、上記以外の目的で施行した医療行為は含まない。

という文章を引用し、さらに長文の引用をされています。

 引用された文章の意味を検討したほうがいいかな、と思いましたが、小倉弁護士は論理的な意味があって引用しているのではなさそうですので、再引用するにとどめます。

"どの医療分野に於いても、医師は自らの能力の範囲内でしか診療することはできず、その意味では一般に行われている診療の多くは最善でないと言え、そして、もし、問題とされる診断や治療が“適切”か“不適切”かの判断基準を現行の医療水準、すなわち“平均的な診療能力”に置くならば、当然の事ながら、半分の医療行為は“不適切”と判断されることになる。"、"日常的に最善でない医療を行いながら、たまたま不運な条件が重なった事例に遭遇すれば大きな事故に結びつくと言う特殊なリスクを抱えて業務を行っているのであり、改善すべき診療部分が多くの事例で存在する事実を考えれば、それを過失として咎められ刑罰を受けることの不条理は明確"、"一部の例外的な不適格者を除いて、医師は慈悲と善意の精神で、また使命感を持って、病に苦しむ患者の診療を行っているのである。それが故に、譬え一連の診療の過程に至らない箇所があったとしても、結果が不幸な事態となったことで刑事責任を問われるのは許容し難い心情的苦痛を産み出す"。"患者や家族と利益及び感情を共有し、そのために力を尽くした医師や看護師に刑罰を与えることは善意の行為を後退させるのみならず、善意の対象である患者と医療従事者との関係をも崩壊させる愚行であることは、火を見るよりも明らかである"、"能力不足が原因の医療事故への対処として医療提供者に刑罰を与えることは、以後の類似事故の防止に繋がらないだけではなく、医師や看護師の使命感の喪失と意欲の減退を招き、それが医療の進歩を遅延させることは社会が既に経験して来た事実である"

 このような引用に引き続いて、小倉弁護士は以下のように言います。

これらの点から判断すると、主観的な要件として、「当該疾病に関わる患者の利益を第一義の目的」がある場合には、その一環として行われた医療行為またはこれに関連する行為については、いかにミスの程度がひどいものであっても、刑事責任を追及されるべきではないと日本産科婦人科学会は要求しているように読むのが普通だと思います。

 結論的に言うと、上記「見解と要望」においては、医療事故に対する刑事責任の追及に反対しており、医療行為についての業務上過失致死傷罪の適用に反対していると読めます。
 医療行為について、業務上過失致死傷罪を適用しないとすると、どんな医療事故でも過失の程度如何にかかわらず、過失に止まっている限りは処罰されないということになります。
 その意味では、「いかにミスの程度がひどいものであっても、刑事責任を追及されるべきではないと日本産科婦人科学会は要求しているように読むのが普通だと思います。」という小倉弁護士の発言は結論的には間違っていません。

 しかし、小倉弁護士は、日本産科婦人科学会がなぜ医療事故に対する不処罰を求めているかについて、何も要約していない。

 小倉弁護士は、

これらの点から判断すると

と前置きし、つまり日本産科婦人科学会が言いたいことを善解すればこうなるという言い方でもって、

主観的な要件として、「当該疾病に関わる患者の利益を第一義の目的」がある場合には、

と医療側の「患者のため」という主観的目的だけを指摘して、あたかも医療側が患者のためと思っていさえすれば

その一環として行われた医療行為またはこれに関連する行為については、いかにミスの程度がひどいものであっても、刑事責任を追及されるべきではないと日本産科婦人科学会は要求しているように読むのが普通だと思います。

と述べている。

 しかし、上記「見解と要望」は、「これらの点から判断すると」というような善解をしなくても、6ページ以下の「“医療事故に対する刑事訴追”に関しての日本産科婦人科学会の見解」において非刑罰化を求める理由を明確に主張している。
 そして、その理由として
 (1) 業務内容の持つ本来的リスク
 (2) 適正診療の非普遍性と過失認定の困難性
 (3)応招義務と善意の行為
 (4) 刑法の目的との齟齬
というように項目を分けて多角的に主張しているのであって、「当該疾病に関わる患者の利益を第一義の目的」から短絡的に非刑罰化論を述べているのではない。

 要するに、小倉弁護士のこのエントリも、毎度おなじみの印象操作でしかない。
 小倉弁護士が引用した部分は、この「“医療事故に対する刑事訴追”に関しての日本産科婦人科学会の見解」の中の文章ですから、小倉弁護士としても日本産科婦人科学会の主張とその論理は当然分かっているはずなんですけど、ブログのエントリでは書かないんですよね。
 印象操作の操作たる所以です。

 小倉弁護士が想定事例として述べる事例はさらにひどいと言わざるを得ない。

「当該疾病に関わる患者の利益を第一義の目的」とさえしていれば、「隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろう」と勘で決めつけてA型の血液を輸血して患者を死亡させても、刑事責任を追及されないと言うことになります。

 馬鹿げた事例です、というだけでは不親切ですので、少し解説します。
 私が主任検事なら、というか通常の能力の検事なら、自分の前にこの看護師なり医師なりが被疑者として座って

隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろうと勘で決めつけてA型の血液を輸血しました。

などと供述したら、過失じゃすみませんよ。

 未必の故意の自供です。

 上記の供述の意味するところは

 勘というのは当たることもあれば外れることもある。外れたとしてもかまわない。輸血しちゃえ。

と同じです。

 「私の勘は絶対当たるんです。」という弁解は通用しません。
 責任能力は問題になるかも知れませんが。

 印象操作もほどほどにしないと、刑事事件に不慣れなことがばればれですよ。

 小倉弁護士が最後に曰く

なんだ、私の解釈がほぼ当たっていたのではないか!と言わざるを得ません。

 日本産科婦人科学会の見解については”当たって”いましたね。
 おめでとうございます。

参考ページ
 小倉弁護士のエントリについてのはてなブックマーク

 なお、このエントリにおける「善解」という言葉は、「明確に言っているわけではないけど、総合的判断に基づき言いたいことを合理的に解釈すれば」というような意味で使っています。

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