アスペルガー症候群 これが本当の話

アスペルガー症候群を知らないくせに診断を与える無知な心理士。

論文上の「ニキリンコ」は特定出来ない。 そのニキリンコが流したガセネタを糺すブログ。

「ニキリンコ」の定義。 定形発達の変質者。  商売の為なら何をしても良いと考えている。

9/15/07「私文書偽造」参考、他人になりすましメール寄こす。

2008年7月30日(水)

実体

今月は、自閉症の体について気づいたことを書いた。

書くと、同じ様な症状、奇形、を持つ人たちからも貴重なデータを貰った。

医者でもないので、私のサンプルは私たち夫婦だけと、あとは専門書による情報だけだ。

しかし、その情報が、本筋を外れず、裏付けがとれたとき、本当にうれしい。

どんな分野でもそうだし、私の仕事でもそうなんだけど、
情報っていうのは、多くあればいいってモノではない。

情報は集めるよりも、捨てる方が遙かに難しい。
捨てるには、その情報が役に立ちそうもないと、全体を理解してなければならないし、
将来的にどの様に流れていくか、その大局観も無ければ、むやみに捨てることは出来ない。

捨てることを放棄すれば、現実にあるゴミ屋敷と同じで、ただの情報のゴミの集積所になってしまう。


ここに来てくれる人の情報は本当に役に立つ。

有意義な情報みなさんありがとう。

作成者 Chip : 2008年7月30日(水) 22:17 [ コメント : 4]

コメント

捨てることを放棄しているわけではないのですが、間違って必要なものまで捨ててしまうという不安と
捨てることによってレイアウトが変わると、必要なものの場所がわからなくなる、という問題があるのです。
わたしの場合、これは頭の中も部屋の中も一緒なのですが・・・。

投稿者 笛  : 2008年7月31日(木) 13:57

実は、必要なときに即見つからずに使えない事と、
モノが無くて使えない事は同じ事なのであーる。

しかし、捨てることで精神的に健康になることはまた別。

ある日突然納得できるかもしれないし、一生納得出来ないのかもしれない。

投稿者 Chip  : 2008年7月31日(木) 16:00

実は。そういう不安を抱えているのは変わりないのですが、
実際にモノを捨てても困らないということは経験上知っています。
そう、見えないものはないのと同じ。なのに捨ててしまうまでは、捨てるのが不安…。
全くあてにならないのです、自分が。

投稿者 笛  : 2008年7月31日(木) 16:41

そーなんです。 決断をした自分が恨めしかったりするんです。

投稿者 Chip  : 2008年8月1日(金) 02:18

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