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社会保障の緊急対策として福田首相が取りまとめを指示した「五つの安心プラン」がまとまった。
社会保障への不安や厚生労働行政への不満の高まりを受けてのもので、高齢者政策、医師不足対策、子育て支援、非正規雇用対策、厚労省改革について約150項目の施策が並ぶ。向こう1〜2年に取り組むという。
首相の指示から1カ月。急ごしらえということもあって、多くは従来の政策の寄せ集めだ。全体的に総花的で新味に乏しい。
だが、なかには新しい取り組みがないわけではない。
例えば、夜間・休日の救急医療を担う医師や地域の産科医、へき地の医師の待遇を改善するために、手当を作り、政府が直接支援に乗り出す。高齢者を雇い入れた企業への助成も65歳未満に限られているのを65歳以上に広げる。正社員として働きたい若者などが職業訓練を受ける際には、従来の貸し付けだけでなく給付金制度をつくる。
問題は施策の裏打ちとなる財源をどれだけ用意できるかだ。政府は来年度予算で重要課題向けに3300億円の特別枠を設けるとしているが、この予算は各省の奪い合いだ。一方で、社会保障費は毎年2200億円削る方針を掲げたままである。
こうした制約の中で、「安心プラン」で列挙された項目に予算がきちんと配分されるかどうか心もとない。財源がしぼめば政策の効果も限られ、看板倒れの批判はまぬがれまい。
年金記録や後期高齢者医療をめぐる混乱で不信を深めた厚労省の改革は、有識者会議に委ねられた。だが、首相が自ら政権をあげて取り組むのでなければ、組織の立て直しは困難だ。
そもそも国民の不安をぬぐうには、社会保障費を機械的に減らしていくという小泉内閣以来の予算編成の方針を見直すことこそ必要ではないか。
来年度の削減分として、失業者への手当の国庫負担をなくす案などが取りざたされているが、そんな数字合わせを繰り返していたのでは国民の安心にはほど遠い。
無駄ゼロや効率化の努力はもちろん続けなければいけないが、予算削減のしわ寄せが医療や介護、福祉にも及んでいることを忘れてはいけない。
後期高齢者医療制度に反発が大きかったのも、高齢者の保険料が際限なく引き上げられたり、必要な医療を受けられなくなったりする不安があったからだ。
さらに、国民にとっていま気がかりなのは、基礎年金の国庫負担が、政府の約束通り来年4月から2分の1に上がるのかどうかだ。約束が守れなければ、年金不信はさらに深まる。
大きな不安を放置したままでは、「安心プラン」は国民に届かない。
政府・与党が、漁業者への直接補填(ほてん)を含む事業費総額745億円の原油高緊急対策を決めた。
全国の漁船20万隻が7月中旬に一斉休漁したのは記憶に新しい。店頭から好物の魚が消えないか、手が届かないほど高値になりはしないか、と心配した消費者も少なくなかったろう。
漁船は燃油を大量に使う。漁業の生産コストに占める燃料費は3〜4割にもなる。トラックやタクシーで1割程度だから、漁業はその何倍も原油高が負担になる。しかも、魚の売値は卸売市場の競りで決まるので、燃油コストが増えた分を思うように売値に転嫁できないという悩みがある。
いまや、あらゆる産業も消費者も原油高の打撃を受けている。にもかかわらず漁業への支援が優先された背景には、こうした特殊事情がある。食糧自給を維持しようという食糧安全保障上の理由もあるだろう。
問題なのは、政府の支援がたんなる一時しのぎのバラマキ対策になる恐れがあることだ。
漁業にいま求められているのは、世界規模で進むエネルギー・資源高という新価格体系への移行に耐えられるよう、体質を転換することである。省エネ型の漁業に切り替える構造改革が必要なのだ。政府の対策は、それを後押しするものでなくては意味がない。
支援総額の745億円には漁業団体の事業費が含まれており、政府の支出額は200億円。しかも、すべて既存の予算から緊急にかき集めている。新たな予算をつけたわけではない。
なかには、魚の乱獲を防ぐため休漁や減船をする漁業者への支援のように構造改革につながる対策もある。こうした対策は強力に進めてほしい。
しかし、漁業者の燃油代を直接補填する制度を導入したことは問題が多い。燃油代が増えた分を魚の売り上げ増でまかなえない場合、不足分の9割を補填するという。
今回これに計上されたのは80億円にすぎないが、この制度をすべての漁業者が利用すると、年間750億円にのぼる予算が必要になる。利用者はかなり多くなると見込まれる。80億円ではとてもすみそうにもない。
漁業団体や自民党議員からは「補正予算で対策費を積み増すべきだ」という声がすでに出ており、政府はこの支援を2年まで延長できるとしている。だが、原油高が長期化したら2年でも打ち切れるかどうか。制度が固定化する危うささえある。
直接補填制度は一時の痛み止めにすぎない。それで経営を維持しても、補助金という「生命維持装置」を外せば生きていられない虚弱体質になるだけだ。政府・与党と漁業団体はそれを肝に銘じ、直接補填を最小限にとどめるよう制度を設計し直すべきだ。