世界の新しい貿易自由化のルール作りが遠のいた。世界貿易機関(WTO)新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の閣僚会合が決裂し、交渉再開の見通しも立っていない。
カタールのドーハで二〇〇一年十一月に交渉開始で合意した新ラウンドの経緯を思い出したい。その年の九月に起きた米中枢同時多発テロの影響があった。テロの一因とされた貧困や経済格差の問題を克服するため、世界各国の安定的な発展に向け貿易の自由化促進を目指すのが狙いの一つだった。
あれから七年目に入った交渉は、目標としていた年内の最終決着の可能性が事実上なくなった。これから少なくとも二―三年は交渉が停滞するといわれる。貿易自由化で世界の安定を図ろうとする流れは、大きな危機に陥ったといえる。
決裂の最大の原因は、農産品の緊急輸入制限(セーフガード)をめぐる問題である。途上国に対し大胆な市場開放を求める米国と、セーフガードの発動条件緩和を主張する中国、インドなど途上国との溝が埋まらなかったとされる。
今後は二国間などで自由貿易協定(FTA)や、経済連携協定(EPA)の締結を重視する国が増えるだろう。米国、韓国などが先行している分野だ。
ドーハ・ラウンドのような多国間での交渉よりまとまりやすいが、経済力や政治力が弱い国は取り残される危険性が高い。そうなると格差拡大が懸念され、国際情勢は一段と不安定化する恐れがある。保護貿易主義も台頭しかねない。
日本は交渉決裂によって、農業分野への悪影響はひとまず回避できた。農業関係者は胸をなで下ろしているようだが、鉱工業分野で新興国の関税削減が望めなくなり、製品輸出の面でマイナスになろう。
貿易立国として好ましくない状況といえるが、かといって国内農業を犠牲にしてもいいという話ではない。規模拡大などで可能な限り国際競争力を高め、自由化に備える必要がある。
だが、現状はどうだろう。規模拡大はほとんど進まず、農家の高齢化や耕作放棄地の増加など問題は深刻化している。到底、自由化に対応できる環境とは言い難い。
足腰の強い農家を育成するため、意欲のある生産者に対しては大胆な支援策が欠かせない。思い切った農地の流動化策も求められる。その上で貿易によって大きな恩恵を受けてきた国として、ドーハ・ラウンドの早期再開に向けて強いリーダーシップを発揮すべきである。
北九州市の新日本製鉄八幡製鉄所構内のコークス工場で発生した火災は、ガス管数カ所から激しい炎が上がり、黒煙を噴き上げて燃え続け、小爆発も起きるなど、工場災害のすさまじさを見せつけた。
新日鉄によると、火災のため一時は高炉への送風を止め、粗鋼生産を休止せざるを得なかった。減産は数千トンにとどまる見込みだが、施設復旧などの経済的被害は計り知れない。
原因については、コークス炉に石炭を運び入れるためのベルトコンベヤーの一部が折れて落下し、ガス管を損傷し引火したとみられる。なぜコンベヤーが落下したのかなどはまだ分かっていない。
再発防止のためには、あらゆる角度からの調査が必要だ。コークス工場では、四年前にもベルトコンベヤーや石炭が燃える火災が起きている。教訓は生かせなかったのか、安全点検の在り方などについても、検証しなければならない。
消防庁によると、今回火災のあった北九州など石油コンビナート等特別防災区域に指定された全国八十六地区の工場で昨年発生した事故件数は、前年より七件多い二百四十三件で、死者は四人増の十一人だった。件数は阪神大震災の年を除いて過去最多である。防災意識の緩みは深刻というべきだ。
事故増加の要因について消防庁では、施設の老朽化や故障、不十分な管理体制などが考えられるとしている。経営合理化や生産増加のために施設の更新が遅れているなどの指摘もある。
コンビナートで大規模な事故が起きれば地域社会に取り返しのつかない被害が予想される。万全な防災対策を整備することは企業の使命である。産業界は、安全管理の徹底をあらためて問い直す必要がある。
(2008年7月31日掲載)