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もしも病気であったのなら、これは専門医に任せて我々は手を引くべきなのだろう。 私は、正月早々から始まったこちらのいわゆる政治ブログと呼ばれるところで起きた騒動(水伝騒動)を、ずっと観察してきた。今も観察している。 昨日は土曜日で、競馬予想もあるし他の私用もあるしで、次のエントリーの構想をそれらの合間合間に考えていたのだけれど、何を書こうかの優先順位が決まらないでいた。 ストーカー系左翼小児病=kojitaken氏、愚行の報い=玄倉川(氏)、タンツボ(たんぽぽ)氏のこと、そのほかにも書く話題に事欠かないのだが「次はこれだ!」というのがなかなか決まらないでいた。 そこで、というわけでもないが、ま、いつもどおりブログ散策を続けていると、naokoさんのコメントにぶつかった。そのコメントは「誰しも疑問に感じながらも、しかし答えがありそうで無いという難問」のようで、一見、また何の変哲も無いコメントでもあった。 他人のコメントへの評価をこんな書き方にされればnaokoさんはお怒りになるだろうが、失礼を承知で書かせていただいている。が、やはり気分を悪くされる部分について先にお詫びをしておきます。naokoさんすみません。それと宜しくです。(笑) さてそのコメントなのだが・・・ お久しぶりです。 このコメントを読んで、私も「そうだ、私も其処が不思議なままなのだ」と心の中で同意した。 其処とは当然次の部分。 >問題は、一体何によってその色分けがなされているのか?誰も明確にはわかっていないように思えることです。 何が彼らを自らの評価を貶めることさえいとわずに行動し、こちら側から見ると「まさに必死に」発言していることに驚きを隠せないでいた。 ふとつぶやく言葉は「ビョーキなのだ。」 私はネット上でもちあがる騒動がある種の「ビョーキ」から起きると思っている。私が経験した騒動で「やふ~のバカ犬、トビー」はある精神疾患として「自己愛性人格障害」とレッテルを貼られたのだった。 この症状はトビーには多くが当て嵌まっていた。しかし所詮我々は医者ではなく素人であるのでトビーが「自己愛性人格障害」という精神障害を持った人物であったかどうかはわからない。あくまで当て嵌まることが多かったというだけである。 トビーの場合と今回の騒動との違いは、トビーの場合はHN(ハンドルネーム)を30個から100個以上も作ったといわれるように、クローンの投稿者を数多く抱え、それらに「トビーさんは偉いね」「彼らはバカだね」「エッヘン!」とかの自作自演と見られることが多くあったが、こちらの騒動では自作自演は「わずかにはあるだろう」ぐらいである。 「自己愛性人格障害」を持っているように見受けられる人も多くいるのだが、どうにもこれだけでは説明がつかない部分に頭を悩ませていた。 追記と削除 水葉さんに関連する8行を削除しました。 ご迷惑をおかけしました。<(_ _)> うむ、削除したら少しおかしくなってしまったが・・・。 仕方が無い諦めよう。 ということで(なにが?w) 結論としては本当にビョーキなら手を引くべきかな?ということが言いたかったのである。 「病気が故の犯罪」なら、殺人でさえ許されてしまうことがある世の中だから。そしていつ自分がそういった精神性の病にかからないとも限らないのだから・・・。 もう終わりにしたいと考えている人も多かろうと思っている。(私だけなのかな?笑) 遊びなら面白いが、病人相手ではなあ~>< 追記は以上で終わる。 実は、NewsOLさんの力作「【政治のことを語る自由】は国民全員にある!」を紹介しながらkojitaken氏の過去の発言の矛盾などを書くつもりでした。 NewsOLさんのエントリーをお読みください。いかにkojitaken氏という人物が病的に恥知らずなことを繰り返す人物かがお分かりいただけると思います。近いうちに私も取り上げる予定ではありますが、NewsOLさんの記事で、もう皆さんにはその正体は見抜かれたのではないかと思うところもあり、あとどの程度のことを書けるか悩ましく感じています。 「愚行の報い」は・・・、飽きたのと違うかな?www あ、そうそう、タンツボのエントリーも私のことを書いていたので材料にして書こうと思ってました。 う~~~む、忙しい! 競馬もあるし~~~。(爆)では~~~^^ 私のエントリーは、水伝騒動には関係ありませんので、このような取り上げられ方をされますと戸惑います。 というか、ニケさんがこういうエントリーを上げられると、私が騒動を意識して書いたかのように捉えられ、再燃こそすれ、終息には向かわないと思いますので、とても迷惑です。 私は騒動と離れたところで、マイペースにブログ運営をしていきたいと思っていますので、私を巻き込まないでください。 水葉さん、了解しました。<(_ _)> 水葉さんのところは削除しておきますね。 申し訳ありませんでした。以後慎みます。では失礼します。 まてまて、ニケさん。その切り口は、まずいとわたしなりに思い始めていたのだ…。 向こうから見れば、こっちがビョーキなのかもしれないぞ。 わたしとしては、過度に『防衛的』というaliceさんの言に一理あると思うのだ。さらに互いのあまりの相互無理解から、互いに見当違いの『推察』や『妄想』を膨らませ、過剰に対立的になっている面があるとおもう。 その点で、アキラさんが、言う『妄想的』であるというのも、すぐれて正しいと考えている。 さて、一方の焦点に、カリスマ‘たんぽぽ’さんがいらっしゃるわけだが、実際のところ、わたしには彼女に引かれる周囲の方々の心性が、ほとほと理解できないのだ。 aliceさんの言う、『守ってあげたい』という保護意識を引き起こすカリスマを、たんぽぽさんが持っているとしても、そのカリスマが、正直まったく理解できない…。 わたしの場合、反発と言うより、彼女への理解が『無』なのですよ。 したがって、たんぽぽさんビョーキ説には、今のところ同意しかねるしだいです。 ニケさんの言『彼女はこちらを理解する気がない』には同意です。 もちろんこちらから見ると、彼女は『妄想的過剰防衛』状態に見えます。 しかし、判らないことを、勝手に妄想しているのは、おたがいさまかもしれない・・・。 もう少し、この二極対立の問題を考えてみたい。 わたしの問題意識を取り上げてくださって、ありがとう! naokoさん、こんにちは~^^ しっかり問題投稿のエントリーになりつつありますね。(^^; ま、基本的に人をビョーキ扱いにすることが反発を受けるのは承知しています。その辺りは少しどころか大いに反省することが必要でしょうね。ご指摘ありがとうございました。 >まてまて、ニケさん。その切り口は、まずいとわたしなりに思い始めていたのだ…。 >向こうから見れば、こっちがビョーキなのかもしれないぞ。 うむ、確かにこちらがビョーキの可能性もあります。 今回の件はさまざまな人がさまざまな観点から事態を説明しています。それぞれが少しづつ違っていたり大きく対立した見方だったりしながらも皆さんの意見はどれも傾聴に値するものばかりであります。しかしその立派な見方であってもこの騒動が何故終息しないのかの部分になると耐えられなくなってしまう論もまた多いのです。 つづき 現にnaokoさん自身も「どうにもわからない」と言っていらっしゃるように見受けられます。私も特にわかりません。(笑) >わたしの場合、反発と言うより、彼女への理解が『無』なのですよ。 ま、私の場合は人から見て努力をしているようには見えないでしょうが、理解しようと思っています。思ってはいるのだけれど、「親衛隊」のようにはどうにもなれないわけでして理論でせめていっても結論が出ないのです。ここまできてみて「これは理解が出来る現象か?」の思いが強くあります。 >したがって、たんぽぽさんビョーキ説には、今のところ同意しかねるしだいです。 >ニケさんの言『彼女はこちらを理解する気がない』には同意です。 同意と不同意を頂戴しました。半分お礼を述べさせていただきます。<(_ _)> 「たんぽぽさんビョーキ説」のこのエントリーはしばらくこのままにさせていただきます。 >もう少し、この二極対立の問題を考えてみたい。 互いにもう少し考えて見ましょう。では~^^ naokoさんの、 『さて、これは一種の『宗教戦争』なのでしょうか? 』 素晴らしい名言ですね。 ニケさんの、『たんぽぽさんビョーキ説』よりも説得力が格段に高い。(失礼) しかし宗教戦争は恐ろしいですよ~。何しろ長くて終わらない。陰惨で残酷極まりない。 ドイツ30年戦争なんかではドイツの人口が何分の一かに為ってしまって、社会が100年以上以前に戻ってしまうんですよ。 ペストなどの疫病より遥かに恐ろしい話ですが外国では幾等でも例が有る。 ところが日本では実に珍しい。 島原の乱や一向一揆でも、一揆をやめるか棄教すれば許されたので、ヨーロッパで行われていた厳密な意味での宗教戦争とは呼べないでしょう。 日本で一番近いのは、創価学会による宗門攻撃や竹入氏や矢野氏への個人攻撃に似ているが、あれは10年以上も相手を鬼畜だの犬畜生だの地獄へ落ちるだのと懲りずに繰り返している。 ア!! 似てる、似てる。 ココのコメントをkakinokiが密告していると思うと哂える。 >判らないことを、勝手に妄想しているのは、おたがいさまかもしれない・・・。 そうであり、なおかつ、ニケさんの妄想がオモシロイんだよねぇ。 だから遊びの一種でカラカイでしょ。違うかな? だいたい、タダのケンカなんだから、そこに論理だ整合性を持ち込むこと自体が意味が無い。 宗教戦争ってのには同意する。 おれも、「たんぽぽ」が可哀想だって心理が理解できない。 あの女性はブログの文章見ても、凹まないし打たれ強いしねぇ。 そこに魅かれているのかな、騎士団の連中はwww 逝きし世の面影さん >naokoさんの、 >『さて、これは一種の『宗教戦争』なのでしょうか? 』 >素晴らしい名言ですね。 >ニケさんの、『たんぽぽさんビョーキ説』よりも説得力が格段に高い。(失礼) いやその通りです。(笑) その宗教戦争なのだけど、どんな宗教戦争なのだろう? ニセ科学批判教??? 私のニセ科学批判は江本勝の「水からの伝言」を批判することは当然であり、そのことだけを取り上げるならなんら違いは無いのです。 問題はそこからが違う。江本を批判することから拡大して「信者批判」。さらにエスカレートして「擁護するものを批判」する。これが異常だと思うのです。 はっきり言って思想信条の自由の侵害であり、言論弾圧に結びつく危険性を感じるのです。 何故そんな風なことが許されると考えるのかが不思議なだけです。 死ぬのはやつらださん >ココのコメントをkakinokiが密告していると思うと哂える。 私は「餓鬼の木」と呼んでいますが、彼は「ビョーキ」でもいいのでしょうか?(笑) >宗教戦争ってのには同意する。 宗教戦争の内容をはっきり規定して、新たに戦うより仕方が無いのかねえ~w 所詮戦争とは喧嘩なのだから、どっちでも相手するより仕方が無い。(爆) 「可哀想」とは私も見えないけど、kojitaken氏に嵌められたという見方も持ってます。w 騎士団の連中ってのは何が生きがいなのでしょうね。www まだヤマがありそうです。楽しみにしててください。(爆) エントリやコメントを見て思ったのですが、ブログ主が以前に書かれた >私はニセ科学批判などには価値を認めないのです。何の役にも立たない。w >他人をいじめるには格好の材料でしょうがね。(爆) を共通認識にする方法はないものですかね。野草の人が「病気」故に批判を免れているということはありえなくとも、そのかかげる(与えられた?)「錦の御旗」故に批判を免れているという面は多々あるのではと踏んでいるものですから。 ついでに気になるのは水商売叩きの人。野草の人周辺からは「敵」認定されたとのことですが、もしそれを知っていたとしても、新しい「錦の御旗」が立ったらホイホイと追随するのではという気がしてしょうがないのです。 名無し88mm神信者さん、こんばんは。 aliceと申します。 それは、あまり得策でないように思います。 たんぽぽさんがニセ科学批判を自分の主要な活動としてとらえているとは見えませんし、apjさんもニセ科学批判をされている方の中では一種独特と言うか何と言うか…な感じの方です。 普段からニセ科学批判をしている方々から見れば、この騒動は単なる騒動でしかなく、ニセ科学批判行為であるとは(少なくとも今では)全くみなされていないでしょう。 ここでうっかりニセ科学批判批判を展開してしまうと、普段からニセ科学批判をされている方々全員を批判することになり、作らなくてもよい敵を一気にどっさり作ってしまうということにはなりませんか? ニセ科学批判は、批判的思考をするための一つのツールであって金科玉条ではないということは確かに言うべきかも知れません。 が、この騒動においてそれを言うのはひどく効率が悪いことになりそうです。 もしそれを言いたいのであれば、水伝騒動やたんぽぽさんやぶいっちゃんさんや政治ブログといったものとは全く無関係の論として展開するべきかと思います。 こんばんは、名無し88mm神信者さん。いつもどうもです。^^; 「共通認識にする方法」は少なくとも私が主導するのはムリっぽいです。(笑) なんと言ってもこのブログは騒動が起きてから、この目的だけのために立ち上げたものですから、主として罵倒と嘲笑なので急に真面目になり声をかけても届かないでしょう。だから他の方にお願いしたいのですがどなたかいらっしゃいませんかねえ~。 野草の人は「錦の御旗」がすでにボロボロになっているにもかかわらず、陰に隠れて正義を主張するために利用しています。 ニセ科学批判の方はというと100%見放したわけでもなくまだ同じ立場を取っています。 >新しい「錦の御旗」が立ったらホイホイと追随するのではという気がしてしょうがないのです。 逃げ道を用意してやる必要は感じます。今はこちらがつぶれないということを見せ付ける必要があると思って私は行動しているのですが、あちらに出没するコメンターのやすさんには期待をしています。しかし問題はどのような逃げ道がいいのか?です。 水商売叩きの人は野草の人と性格が似ていそうだから・・・、意外と上手くいくのかもしれませんね。 alice様、ご返事ありがとうございます。 確かに、 >ニセ科学批判は、批判的思考をするための一つのツールであって金科玉条ではない という点を指摘した時点で「ニセ科学批判批判者」として槍玉に挙げられる現状を考えれば、今回の件に絡めて話すのは、 >この騒動においてそれを言うのはひどく効率が悪いことになりそうです。 というのは全くその通りだと思います。それに、自分にしても >共通認識にする方法はないものですかね と話を投げてみただけで、それ以上の考えがある状態でもありませんし(そもそもあまりにも迂遠な話だし)。 では、これにて失礼します。 ブログ主様、aliceの人への返答を書き込んだ後に返答をいただいていたのに気づきました。 >「共通認識にする方法」は少なくとも私が主導するのはムリっぽいです。(笑) aliceの人への返答にも書きましたように、あまりにも迂遠な話なので1人の力でどうこうというものでもないでしょう。ただ、今のままでは「馬鹿をやる口実」のメニューが増えただけという印象しか無いので、なんとかしなければならないかとか漠然と思ってはいるのですが。 改めて、これにて失礼 aliceさん、こんばんは~^^ 横レスご無礼。 なんと言っても私はしくじってますからねえ~(^^; それには私なりの理由もあったわけですが、つまり「ニセ科学批判を逸脱していないか?」という疑問に対していつまでもたんぽぽ氏を援護してましたからね。 私の行動の、結果の評価がどうなっているのかは私にはわかりませんけど・・・。 apjさんからは最終的に返事をもらえずじまいだったのですが > 水からの伝言を真に受けるということは、科学からみてだけではなく、道徳からみても国語からみても何の理もないでしょう。 (2008-06-18 apj ) こういう考え方の変更はないでしょうね。これは信者に対しては思想信条の自由を侵しますよとの宣言と受け取っています。(その後変わったかどうかは読みに行っていないのでわかりませんが) 名無し88mm神信者さん 私には良いアイディアが浮かばずじまいでした。すみません。<(_ _)> ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 > ニケさん (それと他のかたがた) 「ビョーキ」・・・う~ん・・・いわゆる精神病とか神経症ではないのでしょうね。 あえて言えば『ワタシの方が正しいんだもーんビョー』なんでしょうか? こういうのは関西では「アホ」というんで、「伝染るかも?」って俗説があります。(笑) 「まともな」精神病とか神経症が伝染るってことはありえませんし、治療もありうるんですがね。 『つけるクスリがない』ってコトも・・・世の中にはあるんじゃないかなぁ? ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 2008-07-20 22:58の鍵コメさん、ニケです。^^ コメントありがとうございます。<(_ _)> 私は「自己愛性人格障害」のレッテルだけは手放しませんが、彼らがネットで遊んでいるという見方は特に強く持っています。 病気ではないということなら大いに遊ぶつもりですが、真面目な方はもう参加しないほうがいいのでしょうね。汚い言葉で言うけれど「化け物連中」ですからね。w では、何が得策か?が難しい。それ以前に「社会認識を共有が出来る人間達か?」という部分も考えなくてはならないかなと思っています。 これがありそうで実は「無い」かも知れないと、半ば諦めてもいます。 全く別世界の人間達。人に干渉することを正しいと思っている人間達。 私は自由を守るためにはどこまでも抵抗するつもりです。 ただし力の尽きるまで・・・(爆) ふぉっくすさん(笑) >あえて言えば『ワタシの方が正しいんだもーんビョー』なんでしょうか? あ、スゴーイ!!! 「ビョー」だと「キ」が無いんだ! 「キ」が無いから「ビョーキ」じゃない。 素晴らしいね。さすが、ふぉっくすさん!(^◇^;) あえて言おう! 『ワタシの方が正しいんだもーんビョー』 全てはこれで当て嵌まるね。みんなコレなんだもんなア~。納得です。w で、これ、写るんですか?いや、伝染るんですか? こういうのは関西では「アホ」というんで、「伝染るかも?」って俗説があります。(笑) 「アホ」は「伝染る」かも?なんですね。対策は? やはり「近づくな!」なのでしょうねえ~(笑) 「キ」が無いというより、「キ」が違うかもしれないから >『つけるクスリがない』ってコトも・・・ アリウル、アリウル。ギャハハー!!! 2008-07-21 04:14の鍵コメさん、おはようございます。<(_ _)> ありがたい鍵コメです。私も甘いところがありまして、過去に私がコメント削除をされているにもかかわらずKYでした。 私も自分なりに事情をつかんでいましたが今回ではっきりわかりました。 メンが割れている恐怖ということにちょっと無神経でした。プライバシーをつかんでユスリに使う連中がいることにうっかりしていました。小金は取れそうですからね。w 思いやりに欠けていました。 JCやLCなども経験し、裏の世界(日陰)も知っている人は少ないですからね。 正直「えたいが知れない」と警戒して発言しない人もいるわけで、その上少し安心して関わって素性をつかまれていたら、「もうこれ以上は」との気持ちはわかります。 (私自身は警戒心が旺盛だから気が緩んでた) 今日はご指導ありがとうございました。これからもヨロシクお願いいたします。 naokoさんいわく >>さて、これは一種の『宗教戦争』なのでしょうか? ということを受けて、 死ぬのはやつらださんも >>宗教戦争ってのには同意する。 とされています。 「ビョー」も仮説なのですが、ひょっとしたら「キョー」の仮説が当て嵌まるかも。『たんぽぽの方が正しいんだもーんキョー』ですかね、あえて名づければ。 この場合、一般的な宗教ではなく『擬似宗教』の可能性も捨てきれませんね。 ニケさん 『水からの伝言』に限っては、小学校の道徳の時間に題材とされたのが致命的だったと思います。(apjさんの引用では「道徳」「国語」と言っているので、小学校の教材としてのイメージが頭にあっておっしゃってるのだと思います。)宗教も思想も、小学校で「これは良いものです」と教えたりしたら大問題になるでしょう。 子供の教材なら、おとぎ話や逸話だって使われるじゃないか、という話もありますが、水伝はニセ科学を導入しているのでタチが悪い。 つまり少なくとも『水からの伝言』に限って言えば、思想の自由だとかそういうことで許容できる一線を超えてしまっているのではないかと思います。 これらかんがみると、仮にニセ科学批判批判が必要だとしても、水伝を題材にすることは得策ではないのではないか。 ニケさん側にも「親しい人を晒し者にされ、笑いものにされた」という感情的要素が入りこむ余地があるので、この理由でも議論の題材としてふさわしくないと考えます。 (つづく) (つづき) それからそもそもニセ科学批判批判が必要なのか、というとどうなんでしょう。 一つの考え方は、結局「世の中にはニセ科学批判をしている人がいる。その人たちの主張はこうだ」と理解した上で、最終的に判断を下すのは個人個人である。ニセ科学批判が大きな社会的有害性を持たない限り、その行為を批判する意味はあまり大きくない。 もう一つには、ニセ科学の社会的有害性がもっときちんと論じられて、社会的道徳性の文脈でニセ科学批判が行えるようにするという考え方。ここまでやれば、どういうやり方で批判がされるべきか、その対象はどこまでであるべきかも整理されて、これまたニセ科学批判自体を批判することは無意味になります。 これは私の今の考え方なので、他の考えを持つ人も当然いるでしょう。 しかしこう考えてくると、喫緊にニセ科学批判批判を行うことに大きな意義があるとは、私は思えません。 alice さん おっしゃるように小学校の教材として使われたことで危機意識がより高まったのもわかります。それがゆえに「思想の自由だとかそういうことで許容できる一線を超えてしまっている」と思われる aliceさんの見方を私は否定するものではありません。 しかし否定しないけれどという微妙にその否定部分に反論する形になってしまうこともあるわけで、それはどのようなことであれば信者・ビリーバーと見做すかが明確にならなければトンデモ叩きとして利用され一般の人の思想・信条の自由を侵害する行為者が現れることを危惧するのです。 江本勝をはじめ教材に取り入れた教員、そして水商売の者たちを批判・非難することには異議を唱えることはしませんが、現にたんぽぽ氏は「これは信者だ」と一方的に自分が思い込みさえすれば批判や非難が出来るものとして行動しています。100人が100人「これは信者だ」とされているわけではないのにもかかわらず正当化しています。こういう人物に錦の御旗ともいえるお墨付きを与えたかのようなニセ科学批判側の基準の曖昧さを感じる限り、こちらが安易にニセ科学批判側と妥協が出来ないと思っています。 つづき >これらかんがみると、仮にニセ科学批判批判が必要だとしても、水伝を題材にすることは得策ではないのではないか。 aliceさん、私は当初はニセ科学批判を積極的に活動なさっている方たちにある種の尊敬の念を持っていました。私への見方は人それぞれなので一概には言えないだろうと思いますが、私がぶいっちゃんと一心同体だと思われては心外だという気持ちがあります。しかしたとえそのように受け取られていたとしてもあえて釈明はしてきませんでした。それは基本的な理解が違うと思うからでした。 私が追及しているのはたんぽぽ氏であって、結果的にぶいっちゃんの応援になっているわけですが、ぶいっちゃんについては「信じていないけどいい話だから話題として取り上げた」事を何にも悪いことではないという点で一致しているに過ぎないのです。つまり「いい話だ」と思う人がいることまで否定するたんぽぽ氏の論法には激しく抵抗せざるを得ないという立場です。 つづき このことで方や信者として扱い批判対称にする者たちと、それを逆に批判する人たちとの対立となっているわけで、この境界線ともいえる判断基準がニセ科学批判側には明確にされていないことからやむなくニセ科学批判批判に立たざるを得ないというものです。 実際に彼らのブログでの発言を読んでいると、しばしば些細なもの言いを捉えて、すぐ「ビリーバー」かそうでないかのレッテル貼りをしかねない危うさを感じて居ます。だからこそ正月以来の騒動でもまるでオルグのようにたんぽぽ氏の応援に現れていたのだと考えています。私に言わせれば自らを厳しく律することもせず、気持ちの赴くままに行動する実に危険な人たちとの印象に変わりました。 >それからそもそもニセ科学批判批判が必要なのか、というとどうなんでしょう。 私は実に利己的であり、自分が社会悪と考えるのでなければ批判批判さえしません。 「一つの考え方は」について危惧することは、「最終的に判断を下すのは個人個人である。」です。 判断を個人に任せた結果がたんぽぽ氏のような行動を許すことになったと見ています。 はっきり言えば、「ニセ科学批判全国組織」を作るべきです。そして本部と支部を作り、組織としての見解が公的存在として認められるようにすべきだと思っています。 *その点から批判批判は必要との見解です。 「もう一つには」についても、同じように、組織としての見解を出すことが望ましい。「やり方」を個人の判断に任せていてはニセ科学に対する知識の吸収度に差があり「ただただ悪いものは悪い」というだけのものまで批判活動を行う結果になります。 *これも同じように批判批判は必要との見解です。 私が疑問に感じていることは、菊池誠氏をはじめとしてニセ科学批判活動をする人たちの中で「時間が無い」事を理由にすることがあるとしたらその理由を聞きたい。二つ目の疑問はNHKテレビで自らの主張とニセ科学に対する懸念を表明することができる立場の人でありながら、なぜブログやネットでの活動にとどめているのか?なぜ組織を立ち上げようとしないのか?です。 つづき (しかしこれは私の認識不足かもしれませんね。すでに存在するのかもしれません) 本などの著作を販売していることは知っています。が、総合的に考えると「何が目的なのか?」といぶかる気持ちになるのです。其処に「道徳や国語」などの問題点を提示されても全てを受け入れられない私という「陰謀論者的な思考の持ち主」の厄介なところです。 ニセ科学批判批判についての見解の相違がありますが私自身は決して後ろ向きで考えているのではないという(間違ってるかもしれない)自負があります。今後ともよろしくお願いいたします。 ではまた~~~^^ ニケさん ニケさんの見方は、私はよくわかると思っています。(まちがってるかもしれませんが、これまでのところは) 1点不安を申し上げると、たんぽぽさん批判に傾きすぎているのではないでしょうか。 たんぽぽさんも一介の個人に過ぎません。「たんぽぽのなみだ 運営日誌」はたくさんあるブログの一つに過ぎず、ニセ科学批判とも連携していないし、今後「たんぽぽ支援」と「ニセ科学批判」が連携するような感じもないです。つまり、たまたま今回たんぽぽ騒動があったからといって、たんぽぽさんを一般的にニセ科学批判者として闘うべき対象としてとらえなくても良いのではないかということです。 たんぽぽさん自身も自分のブログは「趣味の合う人との語らい」のためだとおっしゃっています。ということは趣味の合わない人がどうこうケチつけるような、公的なものではないということです。 (つづく) (つづき) それと、ニケさんと私でどうも齟齬が一箇所あると思うのですが、 私はニセ科学批判は、将来的にもっと大きな括りの中に昇華されるべき(こういう言い方でいいのかな?)と考えています。 ニセ科学批判をしている人々はスーパーマンではなく、科学に造詣の深い個人の集団に過ぎません。これはニセ科学批判をしている人々の中でも、特に批判的思考法に優れている方は自覚していらっしゃると感じています。 ニセ科学批判という「狭い(この認識は肝心)」領域については、科学の専門家に任せるべきで、あまり外野がわぁわぁ言わなくてもよいだろうと思っているのです。 しかし、この超常現象やらカルトやらニセ科学やらを包括して、総合的な批判的思考の方法への動きが、どういう風にあらわれ発展すべきか、それはどこから出てくるべきなのか、まだ自分の中ではまとまりがつかずにいます。(昔の西洋では哲学から出てくると思われていた。近代以降、科学から出てくると思われている。さて、真相は?という感じ) 尻切れトンボなコメントですみません。 (つづく) (つづき) まとめになるかわかりませんが、箇条書きにしてみます。 (1) たんぽぽ騒動は、一回完全に忘れるべき。(過去は学んだら手放してやりましょう) (2) ニセ科学批判は、まだ成長途上にある。(いろいろ意見はあろうが、「ニセ科学批判」全体を批判できるほど、ニセ科学批判自体は大きくなっていない。(あぁ読みにくい。すみません) (ぼそ)(2)の意味では、ひょっとするとニセ科学批判者からは批判かしましい池内先生の『疑似科学入門』はそれなりに良いタイミングで出版されたのかも。 ちなみに、Japan Skeptics(http://www.skeptics.jp/)という組織はありますが、最近は活動が少々尻つぼみになってしまっており残念です。この辺、菊池誠さんではなく菊池聡さんが著書で述べているのですが、どうしても活動するメリットが薄いのです。 (菊池聡氏は心理学者で、ニセ科学だけでない超常現象を対象に批判的思考の重要性を説いていらっしゃいます。参考:http://d.hatena.ne.jp/alice-2008/20080621/1214012442) (このコメント以上) aliceさん わかりました。ニセ科学批判とたんぽぽ氏は切り離しましょう。私もニセ科学批判をたんぽぽ氏と結び付けて考えている限りどうしても批判批判とならざるを得ず、すでにニセ科学批判側がたんぽぽ氏との関係に一定の線引き(決別宣言?)をし、水伝批判のたんぽぽ氏に対して (apjさんの発言の) > 溝が埋まらないだろうとお考えになったのは正しいと思います。但しその溝は、私とたんぽぽさんの間の溝ですけど。 ↑を素直に受け取り、彼女が行っているぶいっちゃん批判は「ニセ科学批判とは全く別物」と扱うこととします。 こちらも一点申し上げると、この騒動の最初の頃に、ニセ科学批判者側として私が知るところの人物が、たんぽぽ氏を応援する形に結果としてなっていた経過の事実には、今後同じような過ちを犯さないようにお願いしたいものだと思っています。個人としての名前は挙げませんし、もう過ぎ去ったこととして不問にしますので他に表明しなくてもよいので「自戒」のみをお願いしたいと願っています。 つづき なお、たんぽぽ氏とは水伝批判と切り離し、ブログ活動上で起きる他ブログ批判の問題に焦点を絞り、喧嘩の形であろうが批判の形であろうが継続していきます。すでに彼女の水伝批判は破綻したと見切って行動します。 aliceさんを含めニセ科学批判の方々の意を汲み取ったつもりです。 >私はニセ科学批判は、将来的にもっと大きな括りの中に昇華されるべき(こういう言い方でいいのかな?)と考えています。 齟齬といえば言えるでしょうね。おそらく「批判的思考」を育てていくためには、同じ考えなのだろうと思いながらも、通じないもどかしさというものなのでしょう。 あ、ところでもうひとつありました。「陰謀論批判は間違いだと思っています」 菊池誠氏は、ヤケにこれに執着していますが、科学の話とどのように結びつくのかいまだにわかりません。科学を騙っているというならどの部分なのか?科学的思考では無いというのでしょうか?科学的思考でないのは逆に菊池氏の方ではないかとさえ考えています。 このような分野まで拡大して批判をするなら、それは「思考方法」まで介入して人間の自由な思考の制約をすることとなり私は受け入れられません。 つづき これが「批判的思考」に組み込まれているのならまたまた批判批判をせざるを得ないと考えています。 しかし一定の区切りはつけましょう。このままズルズル継続すれば「たんぽぽ氏の行った水伝批判等と正しいニセ科学批判とを、別の物事として捉えられずに進む結果となり、私の本意が誤解されることにもなります。それはやはり避けなければならない。 つまり「ニセ科学批判とはたんぽぽ氏が行ったようなものと、皆さんに捉えられるマイナス」は絶対に避けるべきことですから区切りは必要ということですね。 私はaliceさんとの今日の対話によって、「今後一切、ニセ科学批判批判側に回ることは無い」と宣言いたします。 あとは陰謀論批判がどのようになっていくかを、あくまで表面に出さずに見守って行きたいと思っています。 最後に、ニセ科学批判を真面目に取り組んでこられた方へ ニセ科学批判批判を行っていた間の数々の無礼を、この場にてお詫びをして終わります。 aliceさん、本当にありがとうございました。<(_ _)> (ちょっと呆気なかったかな?笑)ではまた~^^ 追伸 ---------------------------------------------------------- 私はニセ科学批判は、将来的にもっと大きな括りの中に昇華されるべき(こういう言い方でいいのかな?)と考えています。 ニセ科学批判をしている人々はスーパーマンではなく、科学に造詣の深い個人の集団に過ぎません。これはニセ科学批判をしている人々の中でも、特に批判的思考法に優れている方は自覚していらっしゃると感じています。 ニセ科学批判という「狭い(この認識は肝心)」領域については、科学の専門家に任せるべきで、あまり外野がわぁわぁ言わなくてもよいだろうと思っているのです。 ---------------------------------------------------------- 上記の引用部分に了解とともに深く同意します。 >ちなみに、Japan Skeptics(http://www.skeptics.jp/) の紹介をありがとうございました。後ほどじっくり読ませていただきます。 また貴ブログのエントリーも読ませていただきます。 実はすでに読んでいたけど、もう一度よく読んで見ます。(^◇^;) ではでは~^^ ブログ主様およびalice様 お二方あてでニセ科学批判批判の話を蒸し返すような書き込みをしましたが、書き込み後にブログ主が議論終結を宣言されているのを見つけたので、削除しましたことを確認します。(しかし、前回といい今回といいなんとも間の悪い…) ちなみに「陰謀論批判」は、 ttp://mercamun.exblog.jp/i5 のブログの方のいわれる、 >自己の分限を越えて暴走するニセ科学批判 の実例とみてよさそうですね。 名無し88mm神信者さん、こんばんは~^^ >(しかし、前回といい今回といいなんとも間の悪い…) ああ、なにか申し訳ないことをしてしまったようですね。削除したものを読んでみたかったです。 aliceさんが言われるように、たんぽぽ氏批判の経緯で「批判批判」になっている部分があり、私の批判批判論は恥ずかしいものです。 ただ、お伝えしておきたいことは、批判批判を封印したからといってニセ科学批判側に回るわけではありません。今の時点での考え方はニセ科学批判も社会に貢献している部分があるかな?という立場を取ります。 物事にはほとんど対立する考え方があってそのどちらが正しいのかを見極めるには相当の勉強が必要なので私には批判側も批判批判側にもいけない能力を自覚しています。 つづき 紹介されたURLを斜め読みして見つけた次の言葉は参考になりました。 >ニセ科学は、個人の非合理的思考とは無縁な社会現象である。従って、ニセ科学批判者の個人的な恣意的運用に任すよりも、人々の民主的合意に基づき、そのリスクを管理する行政システムを確立するほうが得策なのである< 全く私のようなものには奥が深すぎて思考が追いつきません。(笑) >自己の分限を越えて暴走するニセ科学批判 これにも同意します。人間社会への深い洞察も無いのに「陰謀論批判」などチャンチャラおかしいという結論を持っています。 ではまた~^^ ニケさん たんぽぽ氏批判(喧嘩?)とニセ科学批判を分離し、ニセ科学批判は(状況に変化がない限り、でしょうか)行わないとのこと、良い整理かと思います。また陰謀論批判も当面ウォッチのみとのこと、賢明な判断だと思います。 いろいろとお考えいただきありがとうございます。 それと私、ニセ科学批判者ではありませぬ。科学にはまったく造詣深くありませんのです。 ニケさんのおっしゃるとおり、何事も本質を見極めるには相当の勉強が必要なので、今は私も勉強中です。 (正直、喧嘩ももう止めようと言いたい所ではありますが…、ニケさんにとって譲れない部分というものがおありでしょうから、これ以上は言わないようにします。) また今回のニケさんとの対話で私の中でもいろいろと整理できた部分がありました。真摯にお付き合いいただいたことを感謝します。 ではでは。(^^) aliceさん、こんばんは~^^ 「賢明な判断」 ありがとうございます。あなたとの会話が無ければ決断に至るのはもっと先になったでしょうね。こちらこそお礼を言わねばなりません。 >それと私、ニセ科学批判者ではありませぬ。 こりゃまた失礼しました。<(_ _)> どうしても出入りされるブログによって人を見てしまうところがあって、これは深く反省しなければと思いました。 「勉強中」 そうですね、簡単に飛びつきわかった気になっても案外奥が深いものというのがほとんどです。慎重に見極めてからでも遅くは無いですね。(^^) >(正直、喧嘩ももう止めようと言いたい所ではありますが…、ニケさんにとって譲れない部分というものがおありでしょうから、これ以上は言わないようにします。) つづき そうですねえ~、こういうことは本当に難しいのですが、たとえば人に何かをしてほしいと思っていて、あるタイミングで、その人が「うんうん」てなことで同意したかのように早とちりして思い込んで、「あれ!?言ってたことはなんだったの?」ということはよくあります。 人は自分の期待通りにならない。私は自分の人生の中で学ばせてもらいました。 でも、お約束は守らせていただきます。(^^; ニセ科学の話題と違った話では、是非偏見無くお付き合いくださるようお願いいたしまして今回の対話を終わりたいと思います。 ではまた~~~^^ 【ニセ科学の話題と違った話では、是非偏見無くお付き合いくださるようお願いいたしまして今回の対話を終わりたいと思います。】 はい、私もそれは望んでいます。 ニケさんの感性の発するところ、今後ともブログでの発信をお続け下さい。 時折文句は言うかも知れませんが、興味を持って読み続けていきたいと思います。 alice さん、お返事が遅くなりました。すみません。^^ はい、私もそれは望んでいます。 賛同していただいて感謝してます。<(_ _)> >時折文句は言うかも知れませんが、 コワイコワイ!(笑) いや本当にありがたかったです、今回の問いかけは。 おかげで決断できました。(^^) また遊びに行きます。おてやわらかに~~~^^ なんだか偉そうなこと(時折文句を言うかもなどと)書いてしまってすみません。 気持ちとしては、正直に感想は述べますよ~ということでした。良いことでも悪いことでも。配慮しつつ、遠慮はなく、というのが理想です。 そしてことばの訂正。 (誤)感性の発するところ→(正)感性の赴くまま です。 いろいろすみません~m(..;)m おはようございます。(^^)
あれっ!? aliceさんが、私にも少しある「気にしい~」なところを発見!(笑) 互いに気持ちがわかったところで「今後ともよろしく」といきましょう!(^^; そういえば思い出した!^^; アキラさんのところへも行ってこなきゃあ~(爆) ではでは~^^
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