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2008年7月31日

◎県の「里海」保全事業 漁業の体質転換も柱にしたい

 石川県は今年度から「里山」とともに「里海」をテーマにした全庁横断的な保全プロジ ェクトに乗り出した。里海は里山から発想された言葉で、明確な概念はまだ定まっていないようだが、県が本腰を入れて取り組むなら、里海保全の具体的な活動の柱として漁業の体質転換を盛り込むことを提案したい。

 燃料費高騰に伴う漁業者支援策として、政府が決めた燃料費の補てんはあくまで暫定措 置であり、これをきっかけに漁業の経営体質を変えていくという視点が何より重要である。県内でも操業の輪番制や休漁日設定など計画的な漁業への模索が始まり、稚魚放流などの資源回復策も打ち出されている。異常な原油高で存続が危ぶまれるような危機に直面して重い腰を上げた一面があるものの、漁業経営の高コスト体質はかねて指摘されてきた課題でもある。

 国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットが今春設置され、 日本の里山里海を研究することになった。これを弾みに県は今秋、里山里海国際フォーラムを能登で開催し、里海創生支援事業にも取り組む。

 里山里海運動を地域との関係で突き詰めていけば、生物多様性の維持や自然保護は必ず しも最終目標とはいえなくなる。過疎地の活性化という課題は避けて通れず、少子高齢化の深刻な現実とも向き合わねばならない。里山保全で農林業を再生させる仕組みやその担い手確保が課題なら、里海は漁業である。

 里山と同じような位置づけをするなら、里海保全の目的は人と海が密接にかかわり合っ てきた関係を維持し、海の営みを持続させることにある。漁業がそこで成り立ってこそ里海といえるだろう。県は漁業の構造改革を里海保全と連動させ、漁協と連携して全国に先駆けて取り組むくらいの意気込みがあっていい。

 漁業を観光に生かす「ブルーツーリズム」や子供の体験教育など、海岸線の長い石川の 沿岸には新たな活用の可能性が生まれている。そこに漁業の構造改革を促す施策を組み合わせていけば、県が里海保全に大々的に取り組む意義も高まるのではないか。

◎WTO交渉が決裂 思いやり取り戻さねば

 世界貿易機関(WTO)新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の閣僚会合で米国とイ ンド、中国の対立が解けず、交渉が決裂した。これにより年内成立を目指していた、農業と鉱工業の世界共通の自由化ルールについての最終合意が遠のいたことは残念である。

 二〇〇一年から始まったドーハ・ラウンドは度々暗礁に乗り上げ、そのために長引いて きたのである。今回の決裂が同ラウンドの崩壊とはいえないにしても、貿易自由化をより推し進める動きが当面、停滞することは避けられまい。

 決裂の最大の要因として、農産品の輸入急増時に発動できる緊急輸入制限(セーフガー ド)の条件をめぐり、条件緩和を求めるインドや中国が緩和に反対の米国と対立したことが挙げられている。

 が、加盟各国ともそれぞれに譲れない事情を抱え、そのため互いに他国を豊かにするこ とで自国も豊かになるという、平たくいえば「思いやり」が低調になったことが対立の背景にあるのを否定できない。経済の相互依存が進み、グローバリズムの流れを変えるわけにはいかないのだが、グローバリズムには思いやりが伴うのが望ましいのである。

 これに加えて、日本では詳しく報道されなかったが、インド、中国などの新興国は自国 の工業を育成するため、先進国側から工業産品がなだれ込むのを警戒しているといわれる。とりわけインドはそうした問題を抱えながら、国内の農家に補助金を支給している米国から価格競争力でまさる農産品がどっと入ってきて、自国の農業が窮地に立たされるのを強く警戒したといわれる。

 日本は、農業分野で国内農業の保護から大幅な自由化に反対の側にまわり、鉱工業分野 では他の先進国と歩調を合わせて新興国や途上国側に対して攻勢をかける立場を取った。農業分野で土俵際に追い詰められたため、交渉決裂でしばしの猶予を得、与党や関連団体などはほっとしていることだろうが、国内農産品を高関税で守り続けることが難しくなったとの自覚が必要だ。


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