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「科学の名による冤罪―足利事件」再審無罪を求める東京集会参加報告

ひらのゆきこ2008/07/10
栃木県足利市で起きた幼女殺害事件で、無期懲役が確定している菅家利和さんの再審を求める集会が開かれた。高裁段階から弁護人になった佐藤博史氏は、捜査当局が示したDNA鑑定は不適切だったことを強調し、幼女の死因についても裁判所の認定には合理的な疑問がある、と指摘した。
栃木 裁判 NA_テーマ2

 栃木県足利市で1990年5月、幼女を誘拐し殺害したとして、殺人罪などで無期懲役が確定した元幼稚園バス運転手の菅家利和さん(当時44歳)の再審無罪を求める東京集会が6日、東京池袋の豊島勤労福祉会館で開かれました。

 無罪を訴え、裁判のやり直しを求めていた菅家さんに対し、今年2月13日、宇都宮地裁は再審請求棄却を決定しました。最高裁が初めてDNA鑑定の証拠能力を認めたこの事件は、鑑定の信憑性や殺害方法、自白の任意性などが争点となりました。弁護団が提出した証拠は「いずれも明白性を欠く」として訴えを退けた宇都宮地裁の決定に対し、弁護団は即刻、抗告しました。

「科学の名による冤罪―足利事件」再審無罪を求める東京集会参加報告 | DNA鑑定の誤りを図を示しながら説明する佐藤博史弁護士
DNA鑑定の誤りを図を示しながら説明する佐藤博史弁護士
 「足利事件」のビデオ上映

 この日の集会では、最初に「足利事件」について報道したビデオ上映がありました。7月2日に日本テレビで放送された「Newsリアルタイムアクション 日本を動かすプロジェクト『連続誘拐殺人事件・目撃された真犯人、消された足跡、強引な捜査の実態』」と、これより先、2月14日にテレビ朝日で放送された「スーパーモーニング『足利幼児殺害―真犯人は別にいる』」の2本。いずれも、再審請求を棄却した宇都宮地裁の判断に強い疑念を投げかける内容でした。

 弁護団の報告「3つの新証拠」

 次に、足利事件弁護団の佐藤博史弁護士から報告がありました。控訴審から手弁当でこの事件に熱心にかかわってきたという佐藤弁護士は、再審請求で弁護団が新証拠として提出した3点について説明しました。
 
 1つ目は、DNA鑑定の問題です。被害者の女児の半袖下着に(犯人の体液と思われる)黄色い斑点がついており、県警科学捜査研究所(科捜研)の鑑定でB型と判明。「犯人はB型男性」ということで、市内を中心に大規模な聞き込み捜査が開始されました。

 約半年間、手がかりがなく、住民の1人から「なんだか怪しい」と名指しされた菅家さんは、血液型がB型であったことから、警察官が令状なしで室内捜査。アダルトビデオを多数所持していたことと、職場に聞き込みに行った際、経営者の不用意な反応などで犯人扱いされ、逮捕されるまでの約1年間、ほぼ毎日警察に尾行されました。

 警察は、菅家さんが捨てたゴミ袋を拾い、中に入っていた体液付着のティッシュを無断で押収し、犯人のものと思われる体液が付着した被害者の半袖下着と一緒に、警察庁科学警察研究所(科警研)へ持ち込んでDNA鑑定を依頼しました。この下着は科捜研の血液型鑑定後1年3ヵ月間、常温で捜査本部のロッカーに保管。DNA鑑定資料は劣化するため、「−80℃の冷凍保存、期間は1年間」という警察のマニュアルがあり、明らかに法令違反です。

 科警研はDNA鑑定をいったん断っています。半袖下着の保存状況の悪さや、古さ、体液が付着したとしても川の中で流され、ほとんど残っていない等の理由から、DNAの抽出は無理だと判断したと思われますが、再度、県警に依頼され、通常はすぐに結果が出るはずなのに、3ヵ月後「DNA鑑定一致」と報告しました。

 当時は、指紋とDNAは同様の証拠能力があるとされ、画期的な技術が開発されたと思われていたそうです。一審の弁護士も菅家さんが犯人だと思っていました。しかし、最新の技術でDNAの鑑定をした結果、菅家さんのDNAは「16−26」という型ではなく、「18−29」の型であることが判明しました。

 佐藤弁護士によると、型の違いはB型とA型のちがいほどの違いであり、当時の技術水準は低かった、と語りました。一審判決後、科警研はサイズマーカーの誤りを認め、犯人のDNAは「16−26」ではなく、「18−30」と訂正しています。

しかし、菅家さんのDNAはその型とも違います。これだけで菅家さんが犯人ではないことがわかる、と佐藤弁護士は強調しました。

 再審請求棄却の理由について、宇都宮地裁は、菅家さんが手紙の中に入れて弁護団に送った毛髪が本人のものかどうか分からない、としています。しかし、疑いを抱くなら再度、刑務官が立ち会って確認をすればすむ話であり、棄却の理由としては著しく説得力に欠けるといわざるをえません。

 現在、犯人のものとされる体液のついた証拠物件は、自治医大に保管されています。DNA鑑定の技術が発達していることから、菅家さんと両方鑑定をやってくれと、弁護団は主張しています。科警研は警察のトップであり、最高裁や高裁もDNA鑑定の認定をしていることから、宇都宮地裁は権威の呪縛に勝てなかったのではないか、と佐藤弁護士は指摘しました。

 死因は溺死の所見

 2つ目は、死因についてです。女児の遺体には鼻と口にあぶくがあり、溺死の所見があったことから、死因は扼殺ではなく、顔面を水に浸けるなどした溺死との見方を示しました。自白では、首をしめたら簡単に死んだとなっていますが、たしかに首に絞められたあとがあるものの、それが死因ではなく、死体の所見は溺死の可能性を示しており、自白の信用性には合理的疑いがあると主張しました。

 虚偽の可能性のある自白

 3つ目は、自白の信用性についてです。菅家さんは、過去に足利市で起きた2つの事件(1979年と1984年に起きた幼女殺害事件)についても自白しています。しかし、検察官はいずれも嫌疑不十分で不起訴にしました。菅家さんには自白と矛盾するアリバイがあり、警察は菅家さんの自白と矛盾する証言をした人に対し、調書を改ざんしていたことが明らかになっています。

 佐藤弁護士は、3人も殺したら死刑になるかもしれないのに、そういうことを軽々しく自白してしまうことが、自白の信用性において疑義があるのだと述べ、ほかの2件の自白と同じように、この事件についても虚偽の自白の可能性がある、と主張しました。

 佐藤弁護士は、この事件は金太郎飴のように、どこを切っても菅家さんが無罪だという結論しか出てこないことを強く訴えました。菅家さんは「弁護士さん。私はやっていません」と訴えており、自白についてはさほど重視すべきではなく、裁判所も菅家さんの自白は信用できないとしており、なぜ殺したのか、不自然な自白だとの認識を示しました。

 なぜ「足利事件」の弁護人になったのか

 最後に、佐藤弁護士が高裁になってから弁護人となった経緯について語りました。DNAについて論文を書いている佐藤弁護士のもとに、一審判決後、足利事件の支援者から弁護の依頼があったそうです。しかし、一審の国選弁護人が菅家さんを犯人だといっていることから、にわかにハイハイといえないので、一審の弁護人に話を聞いたそうです。

 本人は否認しているのに、弁護人が一審判決後、本人と面会していないことを知った佐藤弁護士は憤慨し、「私が弁護をやりますから、あなた辞めてください。税金の無駄遣いと国選弁護人に言い、勢いで弁護人になったと述べ、その場の勢いでこの裁判に関わることになってしまった経緯を明らかにしました。

 重い気持ちで面会に行ったそうですが、幼児事件の弁護人を2件やっていた佐藤弁護士は、本人に会って30分で「この人、全然違う」と思ったそうです。佐藤弁護士は、この事件は分かりやすいと述べ、犯人は小児性愛者であり、奈良の事件のように(衝動を)抑えられないが、菅家さんにはまったくそのようなところはなかった、と語りました。

 菅家さんが所有していたアダルトビデオの中には、ロリコンものは1本もないこと、刑事が1年間尾行したが、その間、幼女に声かけをしたことは一度もなかったこと、幼稚園バスの運転手なのでまわりに女児がたくさんおり、小児性愛者ならすぐに目つきに出るが、菅家さんにはそのようなことはまったくなかったそうです。

 現場付近の河原で、ゴルフをしていた人と子連れの主婦は、犯人らしき人を見ています。野球をやっていた人やマラソンをしていた人もいましたが、菅家さんを目撃した人はだれもいません。現場には1、2メートルの葦が生えており、懐中電灯をもたないと、自白にあるような犯行を行うことは時間的に無理なことがわかる、と佐藤弁護士は強調しました。

 また、犯行は午後7時〜7時40分ぐらいで、そのあとスーパーに立ち寄って1000円ぐらいの買い物をしたとなっていますが、その時間帯のレシートがスーパーに残っていないことも明らかになっています(菅家さんは、当日午後自宅に戻り、そのあと借家に戻っています。スーパーに行って1000円足らずの買い物をしたのは午後3時ごろで、その時間帯に該当するレシートが店に残っていることが確認されています)。

 あらゆる面で、菅家さんを犯人とするものはない、と佐藤弁護士は明言しました。逮捕された当日、菅家さんは幼稚園の同僚の結婚式に招待されていました。佐藤弁護士は、小児性愛者の人を自分の結婚式に呼ぶだろうかと述べ、このようなエピソード1つとっても、菅家さんは悪いことがぜんぜんできない、おとなしく、誠実に生きていた人である、とその人となりを語りました。

 冤罪は国家が犯す過ちで最大、最悪のひとつ

 佐藤弁護士は、冤罪は国家が犯す過ちのうち最大で最悪のもののひとつであるとし、無実の菅家さんや家族を苦しめるだけでなく、真犯人を野放しにし、被害者のご遺族を苦しめ、市民の安全を損なうという意味で、「許されないことである」と述べ、再審の必要性を強く訴えました。

 質疑応答

 佐藤弁護士のお話の後、質疑応答がありました。

 質問 DNA鑑定は本人との一致が指紋に近くなっているのか。現在のDNA鑑定について教えてほしい。

 佐藤 DNA鑑定はいろんな手法がある。いくつか組み合わせて人為的過誤のチェックをしなければならない。個人情報保護法などプライバシーの問題がいろいろ言われているが、ゴミを勝手に警察がもっていっていくことについて、問題はないのか。DNAは個人情報の最たるもの。近所で猟奇的な事件が起きたとき、怪しい人のゴミをもっていく。ターゲットの人のゴミをもってきて調べる。法律で決めなければいけないことを、警察のレベルで決められている。プライバシーの侵害であり、間違ったやり方であるという声が高まっている。アメリカでは、獄中にいる人もDNA鑑定をやってもらう権利がある。日本では、DNAによって有罪とされた菅家さんに、DNA鑑定が認められない。

 質問 再審の見通しについて。

 佐藤 2人の法医学者に補充意見を書いてもらい、溺死を裏付ける鑑定を書いてもらう。そのほかに、菅家さんのDNA鑑定の正しさを補強するため、菅家さんの兄のDNA鑑定を行いたい。みなさんには、東京高裁に再審開始の決定をお願いする葉書を出してほしい。裁判所は国民の目線を気にしているので、1人でも多くの人に葉書を出してほしい。

 質問 一審の弁護士さんでさえ、菅家さんがやったと思って弁護活動をした。(一審弁護士の)弁護活動に問題があったのではないか。

 佐藤 富山の事件は、一審の国選弁護士はほとんどなにもやっていない。知的障害者の方が自白、起訴した事件では、裁判の中で真犯人が捕まった。弁護士は気がつかなかった。この事件では、DNAで(犯人が)見つかったという報道があったところから、弁護士活動をしている。菅家さんは2、3日、泣いてばかりいて話してくれなかったそうだ。3日目に弁護士さんの前で自白した。私自身、同じ立場なら一審の弁護士と同じ対応をしたかもしれず、自信がない。

 菅家さんは最初、公判で犯行を認めていたが、警察の手から離れたあとは、家族に無実だと手紙を書き続けた。弁護士は、事実関係では争わず、情状酌量で刑の軽減を考えていた。だから、菅家さんが公判の途中で否認したことに対し、信頼関係が傷つけられたと怒った。菅家さんは「私がやりました」という上申書を裁判所に提出した。無実を封じ込めることを弁護士がやった。冤罪について弁護士は正義の味方とは限らない。国選でついた弁護士があまりにひどかった。

☆  ☆

 佐藤弁護士のお話を伺い、科警研の鑑定した菅家さんのDNAの鑑定が誤っていたことを知りました。菅家さんを犯人とする根拠がなくなったにもかかわらず、毛髪が本人のものかどうかわからないなどと、著しく説得力に欠ける理由を持ち出し、再審請求を退けた宇都宮地裁の判断には大きな問題があると思いました。本人の毛髪か否かを確認するために、裁判官や刑務官が立ち会えばすむ話であり、一般常識からあまりにかけ離れた宇都宮地裁の主張には驚かざるを得ません。集会にはテレビの取材が入っていました。メディア関係の人も取材にきており、さらに多くの人がこの事件について知ることが、司法の重い扉を開ける力となることを強く感じました。

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[35678] 宇都宮地裁は問題だらけ
名前:別府有光
日時:2008/07/10 15:36
私たちの仲間が宇都宮地裁で教科書裁判をやっていました。あれは既に判決は出たんだっけ?
別の事件ですが三人の裁判官のほかに四人目の裁判官が出廷して尋問を行いました。これは裁判の独立を侵すものですから、教科書裁判の原告は裁判官忌避を行いました。
もう宇都宮地裁は(ここだけじゃないけど)むちゃくちゃでござりまする。
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[35676] 参考の資料
名前:上岡直見
日時:2008/07/10 13:38
関心のある方は、下記のような書籍があります。

http://www.ryokufu.com/books/ISBN4-8461-9608-9.html
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