小西康陽さんが、きのう、このスペースで披露していた、公開書簡。
僕は、小西さんに曲を書いて欲しいと頼んだという、その新しいバンドに、すこし期待している、ファンのような人間です。音楽ファン、とかいうと、浅い。彼等は、「はじめに言葉ありき」の音楽を追求してみよう、とバンドを結成したようなのですが、僕は、その心意気に惚れている人間です。
ところで、きのうの公開書簡。憶えていますか。
きのう、このサイトのレイアウト仕事の合間、そのバンドのヴォーカリストに、電話をかけてあげました。何故なら、彼はいま、バンド活動が慌ただしくなる前に、急ぎで蹴りをつけねばならぬ大仕事に取り掛かっていて、インターネットの誘惑に集中力を吸い取られたくないと言っていましたから。きっと、読んでいないだろう、でも、きのうのことは、伝えなくちゃ、と思いまして。そうしましたら。
『そんなこと、書いてくれてたんだ、小西さん。小西さんの新しい曲ね、歌いたいよ。むかし書いた曲もね、モチロン歌いたい。俺が歌って、みんなが、しばらく耳を傾けてくれるような、歌になるのであれば。歌っている俺の影が薄くなっていって、みんながしばらく音楽に没頭できれば、それでいいんだ。俺は気の利いたアクションも出来ないし、喋りも出来ないから、それでいいんだ。』
『それさえ出来れば、ひとつの文句もない、と今は思ってるよ。そんなライヴをするために、いまのレパートリーに、小西さんの曲を増やしていったら、きっとよくなると思う。小西さんの書くメロディは、ときどき歌うことが難しいと思うことがあるんだけれど、俺自身、難しいメロディばっかり書いてきたからねえ! なんとかなるだろうと思っているよ。そして、歌詞だよね。いま、みんな、心の底から孤独を感じることが出来ていないと思うことがあって。孤独を感じさせることは、大切なことじゃないのか? 小西さんの書く詞は鏡のようになっていて、自分の小ささについて、考えさせてくれることが多いと思わない? とにかく、逃げ道を作らずに、現実がいかに寂しくて、つまらないかを教えてくれる音楽家は、俺にはちょっと他に思いつかない。』
『ひょっとしたら、小西さんの音楽は、現実を忘れさせてくれる、と思ってきた人のほうが多いんじゃないのか? 俺はまったく逆の考えなんだ。いま、大人になればなるほど、はぐらかさずに現実を思い出させてくれる音楽を、求めているんじゃないのか。』
『夏木マリの「戀」は、特にいいかもねえ。いま、曲名だけ聞いて、俺らが歌っているところが浮かんだねえ。そしてみんなが耳を傾けているところまで浮かんだねえ。「動物園にて」もいいだろう。そうか、小西さんの、夏木マリに対するプロデューサーや作家としての姿勢について考えることが、何かヒントになるかもしれない。』
『「美しい星」は、田島(貴男)さんのカヴァー・ヴァージョンの印象がひどく強いね。ピチカートのトリビュート盤で何度聴いても、やられるねえ。でも、そんな個人の見解が吹き飛ぶくらい、ステージであの曲が再生されることに興味があるね。「神の御業」とか、にしてもそう。自分たちが演奏することよりも、いま、どのように響いて、みんなどんな顔をして聴くだろう、ということが気になるねえ。』
『「屋根の上で」と「きよしこの夜」は面白い。意外性、とかそういうのではないよ。真剣に、上手くいきそうな自信がある。』
とかなんとか、まあ熱く、実際にはさらに長々と語り始めまして。忙しいんじゃなかったのかよ! と、思わず電話の向うの彼にツッコミを入れてやりました。
さあ、このバンド、どうなるのでしょうか。厳選を重ねて残ったステージ・ヒット曲の楽譜を携えて、次のライヴ会場がある街へと電車に乗り込む地味なメンバーの姿が、やけに明るく浮かんだのですが、それは他でもない、親心、というものでしょう。実際はどんなバンドになるのかは、僕にも、アナタにも、まだ分からない。
さて。今日の「レコード手帖。」、麻生雅人さんによる、毎回楽しみなブラジル産音盤ガイド「Soul
Brasileiro ソウル・ブラジレイロ」をもちまして、しばらくレギュラー版「レコード手帖。」は夏休みに入らせていただきます。とはいえ、特集もありますし、明日からもこのサイトはモチロン休まず更新、です。
最後に告知を。小西さんは明日、福岡へ。天神IMSホールにてDJです。詳細が「制作室から。」にアップされています。福岡近郊にお住まいの方は、是非遊びに行ってくださいね。ビーチェさんのアルバム『かなえられない恋のために』が絶賛発売中。8月2日・土曜、渋谷apple
storeでのインストア・ライヴに、皆さん、駆けつけてくださいませ。僕の告知は相変わらず、毎日、レコード買ってます! 以上です。というわけで、今日はなんだか。今日もなんとか。
(前園直樹)