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チベット問題―ダライ・ラマ十四世と亡命者の証言 [著]山際素男

[掲載]週刊朝日2008年8月1日号

  • [評者]海野弘

■それでも立ちつづけるチベット尼僧たちの奇蹟

 2008年、チベットは民族問題で揺れた。ダライ・ラマ14世が来日した。その後の四川大地震の被害があまりに大きかったために、チベット問題のニュースはあまり目立たなくなった。この本は、あらためて、この問題の歴史的背景について教えてくれる。

 といっても、今度の騒乱に合わせて新しく書かれたものではなく、1994年に出されたものを改訂して出したものである。ダライ・ラマ14世へのインタビューが中心となっている。

 事件のアクチュアルな報告と思って読み出した私の予想ははずれたが、かえってよかった。ダライ・ラマ14世とはどういう人なのかがゆったりと語られ、チベットと中国の交渉の歴史の中に、この問題がアジア全体とつながり、日本とも無縁ではないことが静かに理解できるからである。

 さらに、チベット仏教という現代の日本とは別世界のような思想が、逆に、私たちが落ち込んでいる現代社会の闇の救いのなさを浮かび上がらせてくれる。チベットよりはるかに恵まれた状況にいるはずの私たちが、現代の諸問題を解決する答えを見出せないのはなぜなのだろうか。

 四川大地震、北京オリンピックとつづくこの1年の中で、チベット問題を中国はどうしたらいいのか。

 ダライ・ラマの数奇な生涯も興味深い。中国にチベット解放の夢を託し、毛沢東や周恩来にだまされてしまったという回想にはっとさせられる。20世紀は、新しい世界への夢が、次々と崩れていった世紀であった。21世紀はどうなのか。

 世界は進化しつつあるのか。だが、チベット問題は古くて新しい。ここに登場するチベットの尼僧たちの、すがすがしく、また悲劇的な姿は現代では奇蹟的に思えるほどだ。先端的な技術と圧倒的な権力の前に彼女たちはあまりに無力で、絶望的なようだが、それでも立ちつづけている。

 この本はそのようなチベットを見せてくれる。

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