経済ジャーナリスト 町田徹の“眼”

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【第37回】 2008年07月25日

孫社長を窮地に追い込むソフトバンクのセキュリティ対策リスク

 NTTドコモは、1994年にPDCサービスを最初に開始した事業者だ。PDCの国内標準化に最も寄与した経緯もある。現在、約800万のPDCユーザーを抱えているが、サービスの開始後もアクアキャストとの間で開発したセキュリティの向上策だけでなく、他の多くの対策も講じてきた経緯がある。

 一方、過去2、3ヵ月の取材を通じて、浮かび上がってきたのは、ソフトバンクモバイルが問題の発覚までとってきた姿勢だ。ソフトバンクモバイルは、自社が負うべき通信事業者としての責任を、総務省やライバル企業に転嫁し、自社は何もする必要がないと強弁する姿勢に終始してきた。「PDCはドコモが開発した規格。暗号が破られたのならば、責任はNTTドコモやそれを認めた総務省にある」と言い、Jフォン、ボーダフォン時代も含め自社サービスとして10数年以上も提供してきた事実を無視して、他者に責任を押し付ける姿勢をとってきた。

 孫正義社長は出版前日に、『週刊現代』が拙稿を掲載することを察知し、総務省幹部にコンタクト。その際に、総務省にも責任があると懲りない主張をしたため、部下たちが冷や汗をかきながら「いつもの我がまま。どうか無視して下さい」と懇願する始末だったとの話も聞こえてきた。

 このほかにも、ソフトバンクモバイルが責任を転嫁する姿勢は、取材の過程で多数確認された。例えば、NTTドコモのセキュリティ強化はあくまでも研究開発段階での脆弱性の発見・対策とみられ、電気通信事業法第28条が電気通信事業者に報告義務を課している「重大事故」に相当するとは考えにくい。それにもかかわらず、「ドコモがリコールをせず、総務省に報告しなかったから、当社は問題の存在を把握できなかった。当社より、ドコモに落ち度がある」と強弁するような場面もあった。

 ちなみに、この種の重大事故について言うと、ソフトバンクモバイルは今年4月9日以降のわずか1ヵ月間に「重大な事故」に該当するサービスの中断を3回も起こした。その内訳はPDCが1回、第3世代携帯電話(3G)が2回で、総務省は再発防止の行政指導をしたばかりか、それが実施されているかを確認する立ち入り検査まで行ったと公表している。

早急な対策を講じる
姿勢は見られず

 そして、もうひとつ深刻なのが、拙稿を掲載した『週刊現代』が出版され、問題が白日の下にさらされた後も、400万ユーザーのために早急に万全の対策をとる姿勢に転換できない経営の体質だ。

 ソフトバンクモバイルは、問題が発覚した後も、冒頭で記したように、「本日、一部メディアにおいて、弊社の第2世代携帯電話のセキュリティに関する報道がありましたが、当社といたしましては、暗号技術が破られたという具体的な事実は一切認識しておりません。また、これまでにお客様からの被害の申告は全くございません」と問題の存在そのものに疑問を投げかけることで、事の重大さを矮小化し、対策の先送りを正当化しようとする態度を修正していない。

関連キーワード:コンプライアンス IT・情報通信

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執筆者プロフィル

写真:町田徹

町田徹
(ジャーナリスト)

1960年大阪府生まれ。神戸商科大学(現兵庫県立大学)卒。日本経済新聞社に入社後、記者としてリクルート事件など数々のスクープを連発。日経時代に米ペンシルバニア大学ウォートンスクールに社費留学。同社を退社後、雑誌「選択」編集者を経て独立。日興コーディアルグループの粉飾決算をスクープして、06年度の「雑誌ジャーナリズム賞 大賞」を受賞。「日本郵政-解き放たれた「巨人」「巨大独占NTTの宿罪」など著書多数。

この連載について

硬骨の経済ジャーナリスト・町田徹が、経済界の暗部や事件を鋭く斬る週刊コラム。独自の取材網を駆使したスクープ記事に期待!

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