第57回全国農業コンクール全国大会(毎日新聞社・栃木県主催)が宇都宮市で開かれ、同市でコチョウラン栽培を手がける「キヌナーセリー」の斎藤英夫代表がグランプリにあたる毎日農業大賞を射止めた。
農業コンクールの創設は1952年。当時の日本は敗戦の痛手を引きずり、コメすら自給できていなかった。国民の食料を確保するため、農業振興は切実な課題だった。
半世紀以上たった現在、日本人の食生活は当時からは考えられないほど豊かになった。しかし、その中で農業の重要性が再認識されている。世界的に食料需給が逼迫(ひっぱく)し、穀物価格の高騰と飢餓が深刻化しているからだ。
穀物高騰は投機マネーの流入や干ばつなども背景にあるが、やはり新興国の消費増やバイオエタノール向け需要の拡大といった構造的要因が大きい。麦や大豆、トウモロコシといった主要穀物の9割以上を輸入に頼っている日本は、麦製品の値上がりや飼料価格の高騰による畜産業の危機という形で影響を被っている。
食の輸入依存が深まるのに伴い、1960年に79%だった食料自給率は39%に低下した。一方、水産物などの海外市場では、日本の商社が新興国に「買い負け」するといった事態も起きている。「食料はカネさえ出せば買える」という時代は過ぎ去りつつある。
問題は、いくら自給率向上や「食糧安全保障」を叫んだところで、農業が夢を持てる職業にならない限り、担い手や農地の減少には歯止めがかからないということだ。そういう中で開かれた今年の農業コンクールでは、行政や農協の支援に頼らない、新しい発想を持つ農業者が光った。
大賞に輝いた斎藤さんは、高校卒業時に洋ラン栽培を志した。コメと野菜を作る父の猛反対を振り切り、73年に120坪(約400平方メートル)で始めたハウスを35年間で約22倍に拡大。独自の品種開発や、仲間の農家と分業する「リレー栽培」などの工夫を重ねながら、無借金で規模拡大を果たした実績は、逆風に立ち向かう日本の農業者にとって格好のお手本になりうる。
また、名誉賞を受賞した同じ栃木県の「JAはが野いちご部会」(舘野義明部会長)は、6農協合併を契機に700人の組合員が協力して栽培技術や販売手法を高め、全国有数のイチゴ産地を築き上げた。小規模な農家でも、力を合わせて地域農業に取り組めば大きな力を発揮できるという好例だ。
農林水産省の速報値では、農業就業者は今年ついに300万人を割り込んだ。1960年のピーク時(1454万人)の2割だ。この流れを食い止めるためにも、受賞者たちが実現した夢を少しでも多くの農業者や就農希望者に広めなければならない。
毎日新聞 2008年7月29日 東京朝刊