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社説

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地方分権―奪い取る気概がなければ

 「地方分権は、霞が関の官僚から恩恵的にもたらされるものではない。地方が中央と戦って確立すべきものだ」

 政府の分権改革推進委員長として具体策を検討している丹羽宇一郎氏が、さきごろ開かれた全国知事会議で知事たちにこう喝を入れた。

 よほど歯がゆいのだろう。丹羽委員会はこれから、政府の出先機関を整理して仕事を自治体に任せたり、税財源の再配分といった分権改革の本丸に手をつける。だが、その最大の推進勢力であっていいはずの知事たちが何とも心もとない。

 丹羽委員会は今年5月、国道や1級河川の管理などの権限を都道府県に移すことを打ち出した。現場に近いところで行政判断をした方が効率的という考え方からだ。

 ところが、それに抵抗していた冬柴国交相が今月、「国に(権限を)放してもらっては困るという陳情が、いっぱい私のところに来ている」と明かした。国に任せておきたいというのが地方の本音だというのだ。

 自治体側は、もちろん分権推進の立場だ。分権が実現すれば、知事や市町村長たちの仕事の自由度は、格段に高まる。福祉や教育、街づくりなどで、中央政府に指図されることなく、地域の実情にあった政策を機敏に進められるようになる。

 政府の出先機関が自治体と同じような仕事をする「二重行政」の無駄をなくせば、何より税金を節約できるし、自治体も余計な手間を省ける。

 なのに、知事たちの腰が引けて見えるのは、仕事だけを押しつけられて、お金や人は中央が握ったままにならないかと身構えているからだ。知事会議でも「財源と人の移譲がなければ、権限を返上する姿勢で臨むべきだ」との声が出た。

 分権推進を掛け声に、小泉政権時代に行われた「三位一体」の改革では、結局、自治体の歳入の大きな部分を占める地方交付税を大幅に減らされた。また同じ目にあうのではと疑心暗鬼になるのも仕方ない面はある。

 だが、それでは分権の推進力は生まれない。権限を奪われたくない役所や官僚。中央とのパイプ役の地位を失いたくない国会議員。こうした幾重もの壁を突破するには、丹羽氏が言うように「戦う」しかないのだ。権限とともにお金や人を奪い取る気概がなければ、分権は絵に描いた餅に終わる。

 先の知事会議で、宮崎県の東国原知事が「分権といっても住民にはいまひとつ説得力に欠ける」と発言した。分権の果実がなかなか見えてこないことへのもどかしさなのだろう。

 それをどうやって有権者に見せるか。苦しくとも、知事や市町村長自らが描き出すしかない。丹羽委員会にまかせるだけでは展望はひらけまい。

ノウハウの継承―企業若返りのテコとして

 団塊世代の大量退職を迎え、その知識や技能を継承しつつ組織を若返らせることが企業社会の課題になっている。ノウハウの継承をどう企業の革新に結び付けるか。その取り組みを一つご紹介しよう。

 兵庫県姫路市にあるダイセル化学工業の網干(あぼし)工場。液晶画面の部品の素材などを生産している。ここで96年から若返り作戦を進めた結果、生産性が3倍へと飛躍的に向上したという。

 ダイセルは他企業より一足早く、10年前にベテラン社員の大量退職が始まった。だが、ベテランのノウハウや知識を中堅以下へうまく引き継ぐことができないことが悩みだった。

 そこで、中堅の管理職がベテランから徹底的に聞き取り調査をおこない、継承すべき知識と捨ててもいい知識を整理分類した。その成果をコンピューターに入れ、だれでも簡単に引き出して利用できるようにしたのだ。

 工場内の集中作業室にタッチパネルの画面が並び、トラブルが起きたときなどに、ここで対処法をすぐ引き出して処置する。こうして、次代を担う社員の間で社内の知識やノウハウを広く共有できるようになった。

 継承には膨大な手間がかかるが、その結果トラブルをこなし順調に操業できるようになると、現場に余裕もできた。業務の改善など創造的な仕事に取り組めるようになったほか、聞き取りをした中堅層ではコミュニケーション能力が格段に向上した。この結果、会社の組織が開放的になり、大幅な生産性の向上につながったという。

 こうしたノウハウの継承は、どの工場へも応用できる。横河電機と組み、この手法を他企業へ移植することを有料のビジネスにもしている。

 他の企業では、生産現場での継承策としては、傑出した職人技を見込みのある若手に教え込む「マイスター制度」も広がっている。

 そうした一対一の技能伝承とは異なって、経験として暗黙のうちに組織に蓄積されたものを再認識し、IT(情報技術)を生かして全員の共有財産にするのがノウハウ継承の特徴だ。

 いまは工場だけでなく、この方法を事務部門でも広く活用する取り組みも進められている。非効率な事務といえば、行政部門はあしき代表だろう。行政事務の現場でも、導入してみる価値があるのではないか。

 政府の経済財政諮問会議の専門調査会がいわゆる「21世紀版前川リポート」をまとめた。10年先をにらむ構造改革を提案しており、副題に「日本経済の『若返り』を」とある。

 新たな成長軌道へ入るには、日本経済がどのように「老い」ているのかを分析し、症状に即した若返りへの処方箋(せん)をつくるほかない。ノウハウの継承はそのひとつの試みに違いない。

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