社説ウオッチング

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社説ウオッチング:諫早干拓判決 国は開門調査を

 ◇国は開門調査を--毎日・朝日・西日本

 ◇調査は難題伴う--読売

 ◇営農に支障出ないか--長崎

 国営諫早湾干拓を巡って漁業者らが潮受け堤防撤去や常時開門を求めた訴訟で佐賀地方裁判所は6月27日、堤防で海を閉め切ったこととアサリ漁、養殖漁業被害に一定の因果関係を認め、排水門を5年間常時開門して調査することを国に求める判決を出した。

 各紙は28、29日の社説で取り上げた。毎日、朝日、日経、東京は「農林水産省は早急に、調査のため開門に取り掛かるべきだ」(毎日)と判決を積極評価。読売は「漁業被害の調査が、他の地域住民に被害を与えてはなるまい」と開門調査の困難さを強調した。諫早湾は福岡、佐賀、長崎、熊本4県に囲まれた有明海の一角にあるが、4県の地元紙のうち、国とともに事業を推進した長崎県の長崎新聞は<営農に支障は出ないのか>と、開門が干拓干潟農民へ与える影響の重大さを憂慮、判決に疑問を呈した。一方、<漁民の要望を聞く番だ>(佐賀)、<国は漁業者の声に耳傾けよ>(熊本日日)、<先送りをいつまで続ける>(西日本=本社・福岡市)と他の地元紙は判決を肯定評価、対応が分かれた。

 ◇コメ増産目的を変更

 諫早干拓は第二次世界大戦後の食糧不足対策として農地を造成、米増産を図る目的で国が始めたが、70年ごろから米が過剰に転じた。国は用途に工業地を入れ、事業の柱を防災目的に変えるなど、あの手この手で事業を継続した。

 97年には諫早湾深奥部を鉄製パネルで遮断。パネルの落下が断頭台のイメージと似ていることから「ギロチン」と言われ「ムツゴロウなど干潟の生物の環境を破壊する」と批判された。その後、赤潮の大規模化やアサリ、タイラギ漁などへの被害が指摘されたため、01年には第三者の専門家委員会が堤防開門、調整池内に海水を入れた影響調査を求めたが、農水省は02年に1カ月という短期開門調査をしただけで事業を続行した。

 諫早湾や有明海湾奥部のような閉鎖性の高い水域はいったん水質や水環境が悪化すれば、改善には長い時間と多額の費用が必要になるのに、「経済社会面からのアセスメントが欠如、環境アセスメントも全く不十分」(毎日)なまま、「国は時間を稼ぎながら既成事実を積み上げ」(西日本)、干拓事業を完工。今年4月からは干拓農地での営農が始まった。「41の個人と法人が現在、全農地の70%に当たる442ヘクタールでトマトやジャガイモ、タマネギなどの栽培をしている」(長崎)という。

 このため、長崎は「農業用水は調整池からの取水で賄っているが、開門された場合、調整池への海水の流入によって深刻な塩害が発生する恐れはないのだろうか」と農家への影響を憂慮。読売は「判決は『農業生産が漁業被害に優越する理由はない』というが、これでは農家の立つ瀬がない」と判決に不満をあらわにした。

 今まで国が干拓事業を再考するチャンスは何度かあったが、国は事業完成へ一直線に突っ走った。「干拓に2533億円の巨費をかけながら、将来の農業生産額は2%にも満たない年間45億円である。無駄な巨大公共事業の典型」(朝日)といわれ、「いったん始まった国の大型公共事業が、なかなか方向転換できない典型例」(熊日)とされるが、事業完成で国はますます再考しづらくなっていた。

 ◇背景に談合社会

 時代に合わなくなった公共事業の継続例は諫早にとどまらない。

 国と地方合わせて約770兆円の累積赤字を抱えるのに、財政に占める公共事業費の割合は先進国内で断トツに高い。歳出構造の見直しをしても、公共事業費削減は思うように進まない。地域格差が広がり、財政力の弱い自治体が頼る公共事業費の大幅カットをしづらい事情もあるが、中止できないのは「公共事業が利権化してきたことの反映」(毎日)でもある。

 道路特定財源の無駄遣いも公共事業の利権だ。また、公正取引委員会が昨年、水門設備工事で国土交通省に官製談合防止法を適用。今春には大阪地検が予定価格を漏らした疑いなどで同省キャリア職員2人を逮捕。6月には札幌地検が同省局長を競売入札妨害容疑で逮捕した。公共事業を巡る官製談合事件は枚挙にいとまがない。

 武藤博己氏は「入札改革-談合社会を変える」(岩波新書)で、政治家、行政官、業者の「鉄のトライアングル」が談合によって、国民の税金を無駄に消費しながら3者すべてに利益をもたらしている構図を明らかにしている。

 63年に農水省が着工した宍道湖・中海の淡水化を伴う島根県の中海干拓事業はシジミの大量死などが問題になったため、03年に中止に追い込まれた。佐賀地裁判決が求めた開門調査の結果、事業が失敗だったとされ、堤防撤去となれば、干潟復元や農地対策で新たに税金が使われる。後処理に多額の税金を使った中海の苦い経験が生かされなかったことになる。だが、公共事業の構造を変える地方分権改革は官僚の抵抗で骨抜きが確実だ。変革は容易ではない。まずは開門調査だ。(紙面研究本部・長田達治)

毎日新聞 2008年7月6日 東京朝刊

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