理研ニュースNo. 230 August
2000

No. 230 August 2000 理化学研究所



目次 研究最前線
究極の放射光を求めて
地震被害の的確な自動評価をめざして
特 集
・サイクロトロン物語 ―理研の原子核物理研究―
SPOT NEWS
・シリコン原子のレーザー冷却の実現に必要な新しいコヒーレント深紫外光源の開発に成功
TOPICS
「21世紀夢の技術展」の理研出展ブースに人気
発生・再生科学総合研究センター、新グループディレクター紹介
「サイクロトロン物語」が日本産業映画・ビデオ賞を受賞
国際新技術フェア2000に理研が出展
「サイエンスキャンプ2000」を開催
ロボカップ・ジャパンオープンで準優勝
「理化学研究所特別展」が開催される
原酒
・ゼロ戦(工芸品)かグラマン(実用品)か



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研究最前線

究極の放射光を求めて

物質の究極を追跡しようと造られた大型加速器だが、思わぬ贈り物を人類に与えることとなった。電子などの粒子の加速に伴って出される放射光である。しかし、当初は粒子加速を妨げるものとして、やっかいもの扱いされていた。
やがて、放射光を使えば物質の組成や構造を精緻に調べられることがわかり、研究分野のひとつにまで成長した。
「1960年から70年にかけての大型加速器の大発展時代が放射光の第1世代、80年代に登場した筑波の高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリーなどが第2世代、そして90年代のSPring-8が第3世代になります」と、播磨研究所・X線超放射物理学研究室の北村英男主任研究員は語る。
SPring-8の実績を見れば、第3世代の威力は一目瞭然だ。しかし、より質の高い放射光実現への道を追究しつづける北村主任研究員は「じつは現在、第4世代の低コスト実現化のめどがつき、その手始めの予算を申請中です」と話す。
いったい次にはどんな放射光が登場するのだろうか?

究極の光源とは
 1960年のルビーレーザーの発振以来、レーザーは化学、物理、生物、医学、工学などさまざまな研究分野で新たな地平を切り開いてきた。
 「それはレーザーが光源として究極に近い、素晴らしい特質を備えていたからです」と北村主任研究員は話を始めた。
北村主任研究員 レーザーと電球とを比べてみればすぐわかるが、レーザーの光は四方八方に広がらず、細いビームがある方向に直進する(光源が小さく、かつ指向性が高い)。また電球の光が白色なのは、いろいろな波長の光が混ざり合っているためだが、レーザーはほとんどある特定の波長の光のみを出す(スペクトル幅が小さい)。電球は持続的に光を出しているが、ほとんどのレーザーはパルスで、狭い時間に光が集中する(光の持続時間が短い)。
 「これらの特質には、不確定性原理からくるそれより小さくはできない下限値があり、多くのレーザーがその下限値になっています」
 つまりフォトン(光子)が見出される領域の不確かさから、「光源の大きさ」と「方向の広がり(指向性)」の積の下限は「波長/2π」であり、「相対スペクトル幅」と「持続時間」の積の下限は「波長/2π×光速(λ/2πc)」である。
 「結局、レーザーは『同じ時刻に同じ位置に同じ方向で多数の単色フォトンが見出される』という光源です。言い換えれば、輝度が高いばかりでなく、瞬間最大輝度(尖頭輝度)も高い光源です。これは究極の光源の条件といえます。我々は放射光でこのような特質を実現することを狙って研究開発を進めています」

放射光とは何か
図1	通常放射光(上)とアンジュレータ放射光(下)の指向性 電子など電荷をもった粒子が加速されると光を出す。これが放射光だが、荷電粒子の加速には速度を変化させる方法(直線加速)と、運動方向を変えて円形軌道を描かせる方法(向心加速)がある。直線加速の場合は、わずかしか光を出さないが、向心加速では光を大量に出す。向心加速は磁石により軌道を曲げて行うが、光は粒子の軌道の接線方向に放出される。
 「エネルギーを上げて荷電粒子の速度を速くするほど、放射光の接線方向への指向性が高くなり、ほんのわずかしか広がりません。同時に持続時間が短くなる。すると不確定性原理から放射光のスペクトル幅が広くなり、結果として短波長光を発生します」
 8GeV(1GeV=109eV)という電子エネルギーをもつSPring-8の場合、向心加速による放射光の指向性は軌道から接線方向1メートル離れたところで64ミクロン、100メートルでも6.4ミリの広がりしかない。各接線方向と垂直方向で考えると指向性がよいが、水平面全体で考えると放射状に広がっていることになり、輝度も低く高度な実験には使いにくい(図1)。
 レーザーの場合は、媒質が固体でも液体でも半導体でも、それぞれの媒質特有の波長の光しか出さず、欲しい波長に対応するものが無い場合も多い。短波長側でいえば実用的には80ナノメートル止まりが現状である。
 一方、放射光の波長は連続分布でスペクトル幅が広く、0.1ナノメートルのX線から赤外までカバーしているが、実際には分光器で必要な波長を切り出して使っている。切り出す時に分光器に大きな熱負荷がかかり、その冷却には特別なテクニックが必要とされる。
 「結局、必要とする波長のみを発生し、かつ発生波長を必要に応じて変えることができ、また水平面内でも指向性に優れた放射光発生システムを考えなくてはならないということです。これを実現したのがSPring-8などの放射光の第3世代です」

アンジュレータの導入
図2 27メートルアンジュレータ 第3世代の放射光を可能にしたのはアンジュレータというシステムである。これは円形加速器の一部に多数の磁石を直線型に並べ、電子を何回も曲げて蛇行させるシステムである。電子を蛇行させると、蛇行回数に比例して発生する放射光の前方強度が増す。
 さらに曲げる角度を小さくすると単に前方に光が集まるだけでなく、干渉が起こり、ある波長だけが強め合う(単色光化)ことになり著しく輝度と指向性が増す。また曲げ角を変えれば強め合う波長も変えることができる。
 SPring-8では長さ4.5メートルのアンジュレータが18基設置されており、磁石周期長32ミリ(周期数140)のアンジュレータでは、1020光子数/(秒・平方ミリ・平方ミリラジアン・0.1%バンド幅)のX線輝度を実現している。また発生波長の制御はアンジュレータの上下の磁石の間隔(ギャップ)を機械的に動かすことによって行っている。その発生可能な波長範囲は0.02ナノメートルから0.3ナノメートルである。
 さらに磁石が32ミリ周期で780個並んだ27メートルの長尺アンジュレータを建設中で、完成後は輝度と単色性がさらに増す(図2)。
 「率直にいえば、単色性という点では長尺アンジュレータができても、レーザーに比べればずっと悪いのです。また尖頭輝度という点でも、レーザーのはるか後塵を拝しています」

電子の集群化
図3 第3世代放射光(上)と第4世代放射光(下)の概念 北村主任研究員たちの奮闘により、放射光は「究極の光源の条件」のうち、「同じ位置、同じ方向に多数の単色フォトンが見出される」という2つの条件を満足させることにより高い輝度を得るに至ったが、まだ「同じ時刻に多数の単色フォトンが見出される」という条件を満足しておらず、尖頭輝度が不足している。
 電子は軌道の変化により電磁波(波束)は出すが、そこにフォトンが見出されるかどうかの確率は非常に小さい。レーザーでは波束1個につきフォトンは107とか108見出されるが、SPring-8の放射光では0.001個に過ぎない。1000個波束が出るとフォトンが1個得られるという勘定だ。
 「1個の電子にもう1個の電子を空間的に近づけると、フォトンが見出される確率は個数の2乗で効いて0.004に上がります。100個の近接電子群を作れば1000分の10000になり、近接電子群の出す波束には10個のフォトンが見出されることになります。つまり電子を集群化して固めれば固めるほど、同時刻に見出されるフォトン数は増えます」
 集群化するためにはアンジュレータに光を導入する。光は電場の向きが周期的に変化しており、アンジュレータの放射に合わせた波長の光を入れると、電子の蛇行運動との相互作用により、電子同士が近づく場合と離れる場合が生じ、アンジュレータの中に電子の疎密ができる。SPring-8の32ミリの磁石周期をもつアンジュレータの場合なら0.1ナノメートルの光を入れることになる。
 電子の密な部分が光を出すと、これがまた電子と相互作用して光を増幅するという現象が起き、ますます尖頭輝度は増加する。

X線自由電子レーザーの実現
図4 第4世代放射光(自己増幅型自由電子レーザー)の構成 「共振器ミラーの導入によって、レーザーのように発振させることも考えられますが、X線領域の光の場合だと鏡は反射せずに吸収してしまうのです」
 100ナノメートルの光なら90%反射するアルミミラーでも、10ナノメートルの場合は1%も反射しない。いわんや0.1ナノメートルのX線ではほとんどすべてが吸収されてしまう。
 「ですから鏡では無理で、アンジュレータを長くして、発生した光と電子との相互作用を何回も繰り返させて極めて高い増幅度を得る必要があります」
 これを自己増幅型自由電子レーザーという(図3)。しかし、「前述の27メートル長尺アンジュレータをもってしても増幅度が低過ぎるのです。また、電子ビームそのものも質を高める必要があります」
 究極の電子ビームとは、ビーム直径が細く、指向性が高く、1個1個の電子のエネルギー分布にばらつきがなく、かつ時間的に鋭いパルス状のビームだ。
図5 真空封止型アンジュレータの例 「このような電子ビームの実現には、低エミッタンス電子銃と高加速勾配型直線加速器が必要です」
 この加速器の予算を平成13年分として申請中である(図4)。
 X線領域の自己増幅型自由電子レーザーの試みは米国スタンフォード線型加速器センターやドイツのデージー加速器研究所などで始まっている。だが、コストは天文学的数字となる。
 「我々の勝負所は『いかに安く実現するか』です」
 その主要点のひとつはアンジュレータの上下永久磁石のギャップを非常に狭い段階までコントロールできるようにすることだ。間隔が狭まれば電子の蛇行周期を短くできるので、それほど長くないアンジュレータでも周期数を増やすことができる。しかも、電子ビームのエネルギーを下げることができる。
 一般にはアンジュレータの上下永久磁石の間に電子ビームの通る真空ダクトを設置するが、SPring-8のアンジュレータでは真空ダクトの中に永久磁石が設置された真空封止型になっている。そのため磁石ギャップを極端に狭くすることできる(図5)。
 「加速器のビームエネルギーは4GeV以下、アンジュレータは30メートルくらいに収めようと考えています。自己増幅型自由電子レーザーの仕事は高エネルギー加速器研究機構と一緒にやろうと思っています。2006年くらいまでには成功させたいですね」と展望を語った。
文責: 広報室
監修: 播磨研究所
X線超放射物理学研究室
主任研究員 北村英男
取材・構成: 由利伸子

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研究最前線

地震被害の的確な自動評価をめざして

阪神・淡路大震災からちょうど3年目の1998年1月、理研地震防災フロンティア研究センター(EDM)が、兵庫県三木市に開設された。これは阪神・淡路大震災の教訓から、地震防災研究の体制を強化しようとする科学技術庁の方針と、理研の機動的先端研究プログラム/フロンティア研究システムという柔軟な研究体制が結合したユニークな試みであり、これに兵庫県の協力を得て実現したものである。
大都市を襲った大地震は、建造物の耐震技術といったハード面だけではなく、ソフト面も含めた災害対策が急務であることを見せつけた。地震発生後、広い範囲に生じた被害の状況を速やかに、しかも正確に把握することは、救命・救急活動や災害対策の基本方針を決めるために緊急に求められる。また、データベースやシミュレーションの作成にも不可欠である。
EDMの3チームのひとつ、災害情報システムチームの山崎文雄チームリーダーたちは、地震発生後の被害状況を、航空機やヘリコプターから撮影された映像や写真に基づいて、建造物の被害の状況、火災の有無、地盤災害の発生などを自動的に判読するシステムを開発中だ。さらには人工衛星を利用して、宇宙からの被害状況リモートセンシングも試みている(図1)。

役に立ったHDTV映像
図1 上空や宇宙からのリモートセンシングによる災害監視 阪神・淡路大震災の発災直後から、NHKは上空300メートルから被害地域一帯を30〜45度の角度で200時間に及ぶハイビジョン(HDTV)映像を撮影していた。この映像は被害状況の把握と分析に大いに貢献することになった。
 災害情報システムチームでは、このHDTV映像をもとに、上空から都市の建造物の被害状況をどの程度正確に把握できるかを調べてみた。
 「完全に壊れて使用できなくなった“倒壊”建物と、価値が半分以上損なわれた“全壊”建物とは地上調査のデータでは区別されていなかったのですが、HDTV映像によって判別できるようになりました」と、山崎チームリーダーは語る。
 このほかにも途中の階が潰れた高層ビルを判別できるか、高層建造物の密集したビジネス街のひとつひとつのビルの被害の把握は可能かなど、HDTV映像は 被害状況の判読について、山崎チームリーダーたちに多くの研究課題を残してくれた。成果はあとで紹介しよう。
 HDTVや航空写真のようなヘリコプターや航空機からの映像や画像は、地震直後から情報を得られるうえ、分解能が高いので、限定された地域を詳細に分析するのに適した情報収集手段である。

衛星で宇宙から広域判読
山崎チームリーダー さらに広い地域の地震災害情報を把握しようとする場合に使われるのは、人工衛星からの情報だ。人工衛星では可視光域から赤外まで幅広い波長の光を使って撮影が可能で、画像データから被害状況を分析するために役に立つ情報を得られる。
 現在、一般的な地球観測衛星である米国のランドサットやフランスのSPOTは、1地点に2〜4週間に1回の頻度で周回して定期的に地上を撮影している。いずれも20〜30メートルとかなり高い地表分解能をもつので、地震後、広範囲の被害分布を把握して復旧対策に役立てることができる。
 地形の変動を大局的に把握したり、火災や建物倒壊などについてのマクロな状況把握には、衛星からの画像は好適といえる。ただ、気象条件に左右される欠点があり、雲の多い日には観測できない。現在のところ、まだ建造物のひとつひとつについて細かく把握するのは難しい。
 しかし、昨年打ち上げられたIKONOS衛星では、モノクロでの解像度が地表で1メートルまで向上した。地形や自然環境の把握だけでなく、山崎チームリーダーは「いずれ都市の把握、地震被害状況の把握にも役立つようになると思います」と予想している。
図2 人工衛星SARによるトルコ地震の被害推定画像と地上調査結果の比較 また、研究チームは衛星からマイクロ波を照射して、その反射を観測する合成開口レーダー(SAR)によって、地震の建物被害を大まかに把握する試みにも成功した。 この方法は地表の変化を検出しやすいうえ、気象条件に左右されない利点がある。99年のトルコの地震ではSAR画像の解析を行って、都市部での建物倒壊率分布を推定することができた(図2)。
 「発展途上国や軍事的な色彩の強い国では詳細な地図がないことが多く、そういうところではランドサット画像を頼りにGPSでトレースして被害状況の把握をするんです」と、山崎チームリーダーは衛星画像の地図としての効用も挙げる(図3)。

被害の自動判読を試みる
図3 ランドサット画像を地図としたGPSとノートPCによるトルコ地震被害調査。米国地震工学研究センターとEDMが共同で実施。 地震が起こった直後、ヘリコプターを飛ばして被害地域を撮影し、その画像から建物一棟一棟の被害の様子を目視で把握する可能性については、災害情報システムチームはこれまでに何回か報告してきた。
 しかし、いちいち人が目で判別するのは、被害地域が広いときには当然膨大な時間がかかる。緊急対応には目視はあまり実際的とはいえない。
 そこで、山崎チームリーダーたちは、画像解析技術を利用して自動的に被害を判読する手法の開発に取り組んできた。はじめに紹介したHDTVの空撮映像の1コマを画像として取り込んで、定量化する(図4)。
 建物の被害状況を把握するには、デジタル化した画素から、輪郭のばらつき、境界のでこぼこを指標に建物の壊れ具合を見ることにした。被害に遭わなかった建物では輪郭がくっきりしているが、壊れた建物では輪郭が崩れている。また、瓦礫化して木材、土、瓦などが入り交じって存在する部分は、色彩に特徴が現れるので、色の変化も被害判読の指標とした。これら特徴を数値的に把握するのである(図5)。
図4 自動被害判読に用いたハイビジョンによる空撮映像の1コマ(提供:NHK) こうして得られた画像解析の結果を、目で見て判別した結果や実際に現地を歩いて調査した結果とつき合わせて、どの程度一致するかを検討してみた(図6)。
 比較してみると、倒壊建物についてはほぼ判読が間違いなく行われたと見てよさそうだ。実際の被害分布とよく一致している。
 山崎チームリーダーは 「電車の軌道を瓦礫化と判定してしまうなど小さい問題はありますが、まずまずの成果です」と、自動判読に自信を得たようだ。

総合的な災害対応に生かす
図5 画像解析で抽出された被害の条件を満たす画素 上空からの画像に基づく地震被害の自動判読ができるようになれば、これを総合的な危機管理・緊急対応システムに生かすことができるはずだと、山崎チームリーダーは考えている。
 人工衛星からの画像の解像度がさらに向上して、都市の地震災害の把握に実用的なレベルになれば、自動被害評価システムがさらに充実しそうだ。
 地震が起きたらただちに災害対策本部が人工衛星やヘリコプターからの情報を受け取り、地図とリアルタイムで重ねて、被害状況を自動的に読みとる。これに基づいて、消防や救急はまずどこに出動すべきか、優先順位はどうするか、救出作業や消火作業をどのように割り振るかなどを決める。道路管理者は、高速道路や橋などの状態を把握し、情報を市民に提供し、復旧計画を進める。電力会社やガス会社はライフラインの停止や再開の時期を決める。
 一方、災害の記録を残すことは、将来の災害対策に図6 画像解析で抽出された被害建物の領域(上)と地上調査結果(下)役立つばかりでなく、訓練のためのシミュレーション作りの助けにもなる。そうしたデータベースの構築に画像情報が不可欠であることは言うまでもない。
 EDMは、阪神・淡路大震災以前には注目されることの少なかった防災のソフト面に重点を置いて研究体制を作ってきた。また、地震や津波の被害を受けやすいアジア・太平洋諸国を中心に多国間での国際共同研究にも力を注いでいる。このようなEDM独特の体制を背景にして、今後、自動判読技術とリモートセンシングは、これまで弱いとされてきた危機管理体制の強化に大いに貢献するだろう。
文責: 広報室
監修: 地震防災フロンティア研究センター
災害情報システムチーム
チームリーダー 山崎文雄
取材・構成: 古郡悦子

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特 集

サイクロトロン物語
−理研の原子核物理研究−

仁科芳雄(主任研究員)が世界で二番目のサイクロトロンを建設してから60余年。理化学研究所(理研)では史上最強のサイクロトロン施設「RIビームファクトリー(RIBF)」の建設が始まった。日本の原子核物理研究の礎(いしずえ)を築き、原子核物理の発展とともに歩んできた理研。広報ビデオ「サイクロトロン物語」の完成を機に、独創性と独自の技術で改良を重ねてきた理研・サイクロトロンの歴史をひもときたい。(敬称略)

今も変わらぬ加速原理
第1号サイクロトロン(1937年完成) サイクロトロンの発明者であり育ての親は、米国・カリフォルニア大学のE.O.ローレンスである。世界初のサイクロトロンの完成は、1931年(昭和6年)のことだった。それに先立ち欧州では、E.O.ラザフォードによって原子核の存在が実験的に確かめられ、さらに、原子核の構造と性質を知るためには「粒子衝突の観察が最もよい」とし、加速器の開発を促す。
 それに応え、イギリスのキャベンディッシュ研究所のJ.D.コッククロフトとE.T.S.ウォルトンは、高電圧加速器を造り、原子核の人工変換に成功した。同じ頃ローレンスは、高電圧を必要としない円型加速器「サイクロトロン」を考案。サイクロトロンは、一様な磁場の中に向かい合って置かれた2つの半円形の電極間に、粒子の回転数に等しい周波数の電圧をかけると、粒子が高周波に対して、いつもほぼ同じ位相で電極のすき間を通るので、粒子は繰り返し加速される。この基本原理は、今も変わってはいない。

第1号サイクロトロン
第2号サイクロトロン(1944年完成) 日本の原子核物理学の中心となっていたのは創立間もない理研だった。1931年(昭和6年)には、欧米で原子核物理学を学んできた仁科による研究室が誕生、優れた若い頭脳が集められた。仁科は、欧米の動向をにらみながら、原子核の構造を探るには「サイクロトロン」が必要とし、ローレンスの助言を受けてその製造に着手する。1937年(昭和12年)、わが国で初めて、世界でも2番目に当たる小サイクロトロン(磁極直径65cm)が完成。ウランやトリウムの核分裂に成功するとともに、放射線が動物に与える影響などが調べられた。
 この第1号サイクロトロンの完成を待たず、仁科は1938年(昭和13年)、よりスケールアップした大サイクロトロン(第2号サイクロトロン)の製造を始める。磁極直径は150cm。同じくサイクロトロンの大型化を目指していたローレンスの好意で、電磁石は全く同じものを米国から輸入した。いわば兄弟器である。しかし、この大サイクロトロンは、その後の調整がうまくいかず、ビームを取り出すことができなかった。
 そこで仁科はローレンスのもとへ、矢崎為一(西川研、のちに山梨大学教授)らを派遣。日米関係は険悪になっていたが、ローレンスの特別の計らいにより設計図を入手、その全貌を知る。仁科らは早速、大サイクロトロンの改造を行い、1944年(昭和19年)、約16メガ電子ボルトの重陽子ビームを得ることに成功した。

破壊されたサイクロトロン
第3号サイクロトロン(1952年完成) 大サイクロトロンが完成したころ、日本の戦局は悪化の一途をたどっていた。空襲で理研が被弾するなか、小サイクロトンは破損して運転不能に陥ったが、大サイクロトロンはほとんど無傷で生き残り、戦後の日本の原子核物理研究を牽引するはずだった。しかし、悲劇が起こる。敗戦直後の1945年(昭和20年)10月25日、連合国軍総司令部(GHQ)は、軍事研究につながらない生物学、医学へのサイクロトロンの使用許可を一旦は与えるが、11月20日、サイクロトロンは突然GHQの査察を受け、その3日後にはGHQから破壊命令が出された。仁科が心血を注いだサイクロトロンは東京湾に沈められたのだ。解体に立ち会った田島英三(仁科研、のちに立教大学教授)は、「7、8年手がけ、ようやくビームが出て、これから実験というときに。自分の手が切られる思いだった」と当時の心境を語る。
 その後、GHQにより理研も解体。第4代所長に就いていた仁科は、株式会社化により理研(科学研究所に改称)を存続させ、科学の復興に骨身を削るが1951年(昭和26年)1月に逝去する。その4ヶ月後、理研のサイクロトロンの歴史が再び動き出す。ローレンスが理研(科研)を訪れ、サイクロトロンの再建を促すとともに、GHQに建設の許可を取り付けたのだ。第1号サイクロトロンの予備として残されていた電磁石を使い、通産省からの資金援助を受けて1952年(昭和27年)12月、第3号サイクロトロンは完成した。しかし、放射性同位体(RI:ラジオ・アイソトープ)による医学研究などに成果を上げたものの、核物理の研究に役立つことはほとんど無かった。

新生・理化学研究所のシンボルとして
160cmサイクロトロン(1966年完成) 理研は1958年(昭和33年)、科学振興の時流にのり科学技術庁傘下の特殊法人として再発足する。そして、埼玉県大和町(現・和光市)に新たな拠点を求め、その中核研究施設としてサイクロトロンの建設が打ち出された。第4号サイクロトロンは磁極の大きさから160cmサイクロトロンと呼ばれている。160cmサイクロトロンは1962年(昭和37年)に建設を始め、1966年(昭和41年)10月に陽子加速に成功し、供用を開始した。
 160cmサイクロトロンでは、次代の原子核物理研究につながる試みが行われていた。それは、炭素、窒素、酸素などの重イオンの加速である。そのため、重イオン源の開発が行われた。1967年(昭和42年)には重イオンの加速に成功。理研が世界に誇る、重イオン科学の先鞭をつける。

重イオン科学を拓く
リングサイクロトロン(1986年から稼働) 160cmサイクロトロンの完成後、数年して次の加速器をどうするかの検討が始まった。その中心的な役割を果たした上坪宏道(主任研究員、現・高輝度光科学研究センター・放射光研究所長)は、当時掲げた目標を「世界のトップレベルを目指し、高いエネルギーで、出来るだけ重いイオンまで加速できる性能」と語る。その結果、打ち出された新しいプランは、線型加速器・リニアック、入射用の小型サイクロトロン、そしてリングサイクロトロンの3つを組み合わせた強力な加速器だった。
 リニアックは、1976年(昭和51年)から建設を始め、1981年(昭和56年)に完成。リングサイクロトロンは、1985年(昭和60年)に電磁石4基の据え付けを完了、翌1986年(昭和61年)12月、リニアックで加速したアルゴンビームをリングサイクロトンに入射し、840メガ電子ボルトのビームとして引き出すことに成功し、重イオン科学を拓いた。また、谷畑勇夫(RIビーム科学研究室主任研究員)の独自の発想により、RIビームを本格的に用いる実験施設(核反応生成核種分離装置)も併設され、新しい同位体の発見に貢献した。さらに谷畑らは、元素誕生の謎に挑む。リングサイクロトロンは原子核物理研究だけでなく、材料工学や生物、医学の研究にも大いに役立てられている。

史上最強のサイクロトロン施設を目指す
 大和研究所(現・和光本所)のシンボル的な存在だった160cmサイクロトロンが置かれていた加速器施設の跡地では今、槌音(つちおと)が響き渡っている。サイクロトロン施設「RIビームファクトリー(RIBF)」建設のためだ。2003年(平成15年)のRIビーム発生に向け、加速器基盤研究部の矢野安重(基盤研究部長、主任研究員)の下、世界でも類を見ない「超伝導リングサイクロトロン」の建設が行われている。RIBFは、完成すれば供給されるRIビームの種類と、その強度において史上最強の実験施設となる。
 リングサイクロトロンの建設に心血を注いだ上坪は、「RIBFは、新しい色々なアイデアを盛り込んだ、ちょっと野心的すぎるほどの研究計画。今後、若い人たちはこれを実現するために知恵をしぼらなければならない。誰もやっていないことにチャレンジするということを、若い人たちが味わう良いチャンス」とエールを送る。一方で、現役を退いた160cmサイクロトロンは、和光本所の片隅でモニュメントとして独創性に富んだ理研の原子核物理研究を永遠に見守っていく。

執筆・文責:嶋田庸嗣(広報室)

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SPOT NEWS

シリコン原子のレーザー冷却の実現に必要な
新しいコヒーレント深紫外光源の開発に成功

(2000年3月28日、科学技術庁においてプレスリリース)

 当研究所は、シリコン原子のレーザー冷却に必要であり、実用的でコヒーレントな深紫外光源の開発に世界で初めて成功した。効率よく和周波を発生できる点が大きな特徴で、従来方式の深紫外レーザー光源よりも約500万倍(50mW)高い出力を取り出すことができる。新光源の開発によって、これまで困難とされていたシリコン原子の運動を抑えるレーザー冷却に必要な技術を確立。冷却することで、原子が合わせもっている波動としての性質が優位となり、原子波として光のように自由に操ることが可能となる。
高効率な和周波発生によるコヒーレント深紫外光(252.4nm)の取り出し ボース・アインシュタイン凝縮の実証に始まって、種々の原子波レーザーの開発、非線形原子波光学の開拓、原子リソグラフィー、原子ホログラフィーなど、レーザー冷却応用分野の最近の進展は大変目覚ましいものがある。この分野では、主としてアルカリ金属原子が主役を担ってきた。もし、アルカリ金属原子の代わりにシリコンなど半導体原子を使って実現できれば、工学的観点からも新たな展開ができ、応用は計り知れない。しかしながら、シリコン原子の冷却波長は252.4nmであり、レーザーの線幅を自然幅29MHz程度以下にする必要がある。さらに連続波で数10mWレベルの出力を必要とするため、実用的な光源開発の困難さからシリコン原子のレーザー冷却はまったく実現されていなかった。
 新しい光源は、当研究所レーザー物理工学研究室の熊谷 寛先任研究員らの実験チームが開発。紫外単一縦モード光の共振を保ちつつ、共振器長を固定し、別の赤色の単一縦モードレーザーの周波数を微調整し、安定化することによって両波長を二重に共振させる。この方式は、二段階の外部共振器型波長変換システムで構成される。まず第一段階において、半導体レーザー励起高出力連続波(CW)グリーン固体レーザーで光励起して得たリング型単一モードチタンサファイヤレーザー光(波長746nm)を外部共振器に導き、共振器内で光強度を増大させ、共振器内のリチウムボレート結晶により第二高調波を発生させる。続いて第二段階において得られた第二高調波373nm光と単一モード半導体レーザー光780nmを第二の外部共振器に導き、二波長同時共振させることにより、各々の光強度を同時に増大。共振器内のバリウムボレート結晶による和周波混合により252.4nm光を高効率に発生させる仕組みである。
 現在までレーザー冷却が実現されている原子は、アルカリ金属原子(Li、Na、K、Rb、Cs)、アルカリ土類金属原子(Mg、Ca、Sr)、希ガス(準安定状態)原子(He、Ne、Ar、Kr)などがある。シリコンに関しては、レーザー冷却できる光源が開発されておらず、(1)連続波であること、(2)252nm付近で波長可変であること、(3)単一縦・横モードであること、(4)出力数:10mW以上であること−、の必要条件を満足する実用光源の開発が待ち望まれていた。
 直接的に半導体産業と結び付く半導体原子のレーザー冷却技術は、シリコン原子の原子波制御・利用の新しい研究・技術分野を開拓し、高純度な結晶成長技術や核スピン制御技術に関連するシリコンテクノロジー技術分野に新たな展開と、シリコン原子の原子リソグラフィーや原子ホログラフィーによる微細加工、微小構造体作製技術の誕生につながる。

※コヒーレント
2つの光波が干渉して、互いに強めあったり、弱めあったりする状態。レーザー光、非線形変換光の特徴でもある。


文責: 広報室
監修: レーザー物理工学研究室
先任研究員 熊谷 寛

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TOPICS

「21世紀夢の技術展」の理研出展ブースに人気

Photo 7月21日から17日間、東京ビッグサイト(有明)にて、日本経済新聞社主催・東京都共催・科学技術庁特別後援で「21世紀夢の技術展(ゆめテク)」が開催されました。夏休み期間中ということで子供たちの姿が多く見られ、特に週末は家族連れで賑わい、理研のブースにも多くの来場者がありました。Photo華やかな企業の展示に対し、理研のブースは比較的落ち着いた雰囲気を実現させ、ゲノム科学をじっくりと勉強できると評判でした。
 本技術展は、21世紀に求められる「調和の文明」の実現に向けて、科学技術がひらく21世紀の世界を紹介するものでした。5つのテーマ「環境・保全」、「生活基盤」、「情報・通信」、「宇宙・海洋開発」および「生命科学」のうち、理研は特別協力という立場で「生命科学」の企画者側の展示を行いました。
 理研の展示は「DNA WONDERLAND―生命の謎を解き明かす―」をテーマに、約600m2(23m×26m)の空間に、映像やグラフィック、展示物を使ってDNAからタンパク質が作られる原理「セントラルドグマ」の紹介を中心にゲノム科学がもたらす未来や現在の研究の状況を見ていただくものでした。今回の展示は、企画から設計・製作段階まで一貫して、理研の研究者が自ら加わり、生命の謎を正確に、かつ、いかにわかりやすく表現するかのアイデアを具体化することで初めて実現できたといえます。
 DNAをタンパク質の設計図とすると、セントラルドグマは、生命を支えるタンパク質の生産システムといえます。「セントラルドグマ・ボールサーカス」は、特にこの原理をわかりやすく理解できるということで、小学生から大人まで、幅広い層に受け入れられ、最後まで熱心に見入っている姿が毎日見られました。また、参加型の展示物「タンパク質ができるまで」は、来場者がRNAポリメラーゼになり代わってDNAを転写し、mRNAを作成するもので、参加者の希望で、正常に転写される場合はもちろん、塩基の1つに変化をもたせることで、できてくるタンパク質を変化させられる魅力に関心が集まりました。自分でタンパク質の分子模型を組み立てるコーナーでは、2つのアミノ酸から水素と酸素の原子(H2O)が取り除かれてアミノ酸同士が結合するペプチド結合への挑戦で、小学生からお年寄りの方まで熱心に作業をする光景が見られました。また、ゲノム研究を紹介するコーナー「ヒトゲノムNOW」では、熱心にゲノム研究について質問する姿も数多く見られました。
 多くの方がDNAについては知っていましたが、DNAからタンパク質がどのように作られるかについては知らない方が多く、今回の理研の展示は注目が集まりました。

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発生・再生科学総合研究センター、新グループディレクター紹介

 新しく就任したグループディレクターを紹介します。
 1.生年月日 2.出生地 3.最終学歴 4.主な職歴 5.研究テーマ 6.信条 7.趣味
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幹細胞研究グループ
西川伸一
1.1948年6月3日 3.京都大学医学部医学科 4.京都大学結核胸部疾患研究所附属病院助教授、熊本大学医学部教授、京都大学医学部教授、京都大学大学院医学研究科教授 5.幹細胞システム、血液組織の発生 6.興味のおもむくまま 7.ワイン
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細胞・器官分化研究グループ
笹井芳樹
1.1962年3月5日 2.兵庫県 3.京都大学大学院医学研究科 4.京都大学再生医科学研究所教授 5.初期神経発生学 6.Enjoy my research! 7.音楽
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ボディプラン研究グループ
相澤愼一
1.1943年2月15日 2.東京都 3.東京教育大学理学研究科動物形態学 4.東京都老人総合研究所、理化学研究所筑波ライフサイエンス研究センター、熊本大学医学部遺伝発生医学研究施設 5.脊椎動物のボディプラン、特に頭部形態形成機構
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形態形成シグナル研究グループ
林 茂生
1.1959年6月29日 2.大阪府 3.京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻 4.米国コロラド大学(ポスドク)、国立遺伝学研究所教授 5.ショウジョウバエの形態形成 6.オリジナリティー 7.クライミング
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非対称細胞分裂研究グループ
松崎文雄
1.1956年1月22日 2.兵庫県 3.東京大学大学院理学系研究科博士課程 4.国立神経センター神経研究所遺伝子工学研究部室長、東北大学加齢医学研究所神経機能情報研究分野教授 5.神経発生の遺伝的プログラム、神経幹細胞の非対称分裂の研究
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高次構造構築研究グループ
竹市雅俊
※発生・再生科学総合研究センター センター長兼務
1.1943年11月27日 2.愛知県 3.名古屋大学理学部 4.京都大学大学院生命科学研究科教授 5.細胞接着と形態形成
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進化発生学研究グループ
阿形清和
1.1954年5月15日 2.大阪府 3.京都大学大学院理学研究科 4.基礎生物学研究所助手、姫路工業大学理学部助教授、岡山大学理学部教授 5.再生メカニズムの解明 6.よく遊び、よく学ぶ 7.サッカー

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「サイクロトロン物語」が日本産業映画・ビデオ賞を受賞

Photo 広報ビデオ「サイクロトロン物語―理研の核物理研究―」(監督:野崎健輔、制作:山陽映画)が、日本産業映画・ビデオコンクールで日本産業映画・ビデオ賞(企業紹介部門)を受賞しました。作品内容は、本号でも特集したとおり、仁科芳雄博士から始まる日本のサイクロトロンの歴史をひもとき、さらに理研のビックプロジェクトである「RIビームファクトリー(RIBF)」について紹介したものです。

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国際新技術フェア2000に理研が出展

 9月26〜28日に東京ビッグサイト・東6ホールにおいて開催される『国際新技術フェア2000』(主催:日刊工業新聞社)に理研が出展します。
 このフェアでは、研究成果を基に実現した「理研ベンチャー」8社の紹介を中心に、将来の産業界のシーズとなる研究成果や実用化された製品などを紹介します。ご来場をお待ちしております。
(入場:無料)

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「サイエンスキャンプ2000」を開催

Photo 青少年の科学技術への関心を高めようと、「サイエンスキャンプ2000」(科学技術庁主催、当研究所等26研究機関が参加)が7月24日から3日間、行われました。全国から選ばれた高校生12人は当研究所内の仁科ロッジに宿泊しながら、研究者の指導のもと、最新の科学技術を学習。実際に「科学のおもしろさ」に触れることのできる絶好の機会となりました。
 多数の応募者から作文などで選考された12人は、2人ずつ6つの研究室等に分かれ、講義や実験を通して各研究テーマの基本を学びました。実習後の体験発表会では、「実験は失敗したが、なぜ失敗したか検討するところまで取り組めたので、貴重な体験をすることができた」、「予備知識がないため最初は戸惑ったが、先生が親身になって指導してくれたので楽しく実験することができた」、「学校で同じ実験に再度チャレンジしてみたい」などの感想を述べ、指導にあたった研究者に対しての感謝の気持ちを表していました。
 サイエンスキャンプは、科学技術を実体験できる場を通じて、豊かな科学素養をもった青少年を育成する目的で1995年から行われています。今回、高校生を受け入れた研究室等は、原子物理研究室、光工学研究室、微生物学研究室、計算科学技術推進室、脳科学総合研究センター(BSI)・病因遺伝子研究グループ・運動系神経変性研究チームおよび同グループの神経変性シグナル研究チームです。

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ロボカップ・ジャパンオープンで準優勝

Photo ロボットによるサッカー大会「Robo Cup(ロボカップ)ジャパンオープン2000」が北海道「公立はこだて未来大学」で行われ、当研究所の工学基盤研究部・淺間 一副主任研究員、生化学システム研究室・嘉悦早人先任技師をはじめとするロボット開発グループと宇都宮大学、東洋大学による合同チーム「UTTORI United」は、実機リーグ中型部門(参加7チーム)で準優勝しました。
 実機リーグ中型部門は、同大会の中でも最もハイレベルなクラスです。ロボットに取り付けられたカメラの視覚情報をもとに、ロボット自らが刻々と変わる状況を把握しながらボールを追いかけ、ゴールを競い合います。「UTTORI United」チームは今大会に向け、今までの全方向移動ロボットを改良し、軽く、機動性に富んだロボットを新たに製作。惜しくも大阪大学の「Trackeis」に敗れはしたものの、両者の戦いは大いに盛り上がりました。
 この全方向移動ロボットは、理研ベンチャー「ライテックス」で実用化を行っています。
 ロボカップの世界大会は今夏、オーストラリアのメルボルンで開かれます。

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「理化学研究所特別展」が開催される

 6月12日から22日の間、東京・西新宿の未来科学技術情報館、また6月24日から7月5日の間、大阪・天満のサイエンス・サテライトで「理化学研究所特別展」が開催されました。
 今回は『来て見てさわってマグネット!』をテーマに「磁性流体」、「立体磁界観測器」、「手作りコイン選別機」などの楽しい実験と同時に各種の展示を行いました。実験コーナーではたくさんの親子連れで賑わいました。期間中の来場者は未来科学技術情報館・2,146人、サイエンス・サテライト・9,151人でした。
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原酒 ゼロ戦(工芸品)かグラマン(実用品)か
筆者近影 分子の形に魅せられ、その機能発現に注目した超分子科学の研究を進めていますが、「形が機能を決める」という点では飛行機も例外ではありません(何せ、落ちてしまうのですから)。
 筆者の飛行機(特にレシプロエンジンすなわちプロペラ機)への興味は、幼い頃に鹿児島市の鴨池空港のそばで育ち、散歩の時によく見に行った頃からのものです。当時は、高翼のフレンドシップ旅客機が飛んでいました。中高生はUコン(小型エンジン付きで昇降舵をラインコントロール)を飛ばし、小学生だった筆者は、ちばてつやの「紫電改のタカ」を読んで育ち、また、マルサンやピーナッツシリーズのプラモにデカールを貼り(最近のガンプラの精巧なインジェクションモールドのスナップインや色プラと異なり)、筆ぬり、カラス口、マスキングゾル(これは溶剤が臭かった)、ピースコンやドライブラシによるボカシを工夫したものでした。
 近年、Webなどで世界中の航空博物館がバーチャルツアーできる時代ですが、身近な所、例えば、いま流行のお台場の船の科学館の「二式大艇」、上野の博物館の複座の「零式艦上戦闘機(ゼロ戦)」、名古屋空港の「ゼロ戦三二型」などがあります。しかし、国内よりも海外の方が立派にリストアされています。アメリカのフロリダ州ペンサコラにブルーエンジェルスで有名な海軍ベースに、海軍航空博物館があり、歴代のグラマンキャット族とともに、「ゼロ戦二一型」や「紫電改」が展示してあります。2000馬力級のエンジンを搭載した米軍機に比べ、ゼロ戦は非常に巧緻な工芸品の印象を受けました。空母の飛行甲板の限定されたスペースでの離着艦と種々の任務に応ずる(多機能性の発現)ため、艦載機として自然と洗練された形になったのでしょう。
 このゼロ戦の好敵手であったグラマン鉄工所のF4FワイルドキャットやF6Fヘルキャットは、片やリベットの頭の出っ張りをなくした沈頭鋲と機体軽量化の「軽め穴」を可能な限りあけたのに対して、いかにも多量生産の消耗品の感を受けます。形の美しさからは日本機に軍配を上げたくなります。
海軍航空博物館(ペンサコラ)の「紫電改」 工芸品といえば靖国神社遊就館に艦上爆撃機の「彗星」があります。これは、航空廠(後の航空技術廠で軍の研究所)の設計で電動の高揚力装置など新機軸を随所に盛り込んだ研究的(半)実用機といえます。近くによって観察すると、カウルフラップの処理など細かなところで工夫が見られます。このような設計者の小さなアイディアに触れるのは、研究現場を訪れて論文に表れない創意工夫に接することと同様な発見の愉しみを覚えます。抵抗値がほとんど表面摩擦だけと言われた流麗なラインは、やはり工芸品的な感じを受けます。
 個人的には凝った形の分子設計を好みますが、ステップは増え合成は困難をきたします。特に、超分子の分野では、合成の「アート」として複雑な構造の分子が競うように合成されています。物性サイトからは、「単純なしかけで現象の真理をつくような実験」を行いたいと心がけています。海外での講演の反響は、欧州では超分子自身の構造や分子に対して興味や好感をもってもらえるのに対して、米国では実用的な性能指数に目が向けられる傾向にあります。材料研究の予算が軍の研究所から出ているため「軍仕様」の物性(耐久性)をクリヤーするのが命題で、研究者自身が対象分子を愉しんでいるとは思えない印象を受けます。筆者らは胸を張って、「性能は最適化されていないが、この分子が面白いから……」と言うわけです。最初、研究的半実用的と受け取られた筆者らの超分子も、その有位性がひとたび認識されれば、研究対象として取り上げられているのを次の機会に目の当たりにするところが合理的なお国柄と言えます。
 理研において応用を視野に入れるべく実用化促進の意識をもって研究しています。複雑な構造の新規化合物の物質特許を取得することは可能ですが、実用材料としては医薬品と異なり疑問が残ります。過度の「凝り」に走らず「形の美しさ」を追求した機能発現研究をテイクオフしようと思っています。
超分子科学研究室
主任研究員 和田達夫

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