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AAN発
越境する文化 時空をこえて4

変貌する歴史都市:近代化の功罪問いかけ

藤生 京子
AAN「越境する文化」チーム主査

北京に現れた「クールな中国」

中国では個人の消費や享楽を追求する傾向が強まっている。都市生活者の「個」を描いてきた村上春樹の小説も人気だ=北京市の建外SOHOで

中国・北京の天安門広場から東へ約4キロの商務中心区(CBD)。ひときわ目を引く白亜の複合ビル群が「新しい北京」の最前線として脚光を浴びている。商業エリアと住宅棟など全24棟、総床面積70万平方メートルの「建外SOHO」で、来年完成する。

設計は山本理顕さん(60)ら日本の建築家が手がけた。繊細で洗練されたシルエット。カフェやブティックが軒を連ねる華やかさは東京都心にひけをとらない。

だが人気の理由は、デザイン性ばかりではないと山本さんは言う。開放的な構造や、自宅とオフィスを兼ねたSOHO仕様の提案。「個人を核とする自由なライフスタイルへの共感だと思う」

完成した住宅棟は既に完売。価格は100平方メートルの部屋で160万元、普通の市民が買う物件の10倍はする高級マンションだ。施主のSOHO中国によると、購入者は30代〜40代のベンチャー企業経営者が多い。経済発展が加速した時代に育った「ポスト文革世代」である。

同社自体、この世代が担う創業10年の新興企業だ。社長の潘石屹さんは42歳。一昨年、納税額で国内業界2位に躍り出た成功の秘密を、「他の人がやらないことをやること」(広報担当者)だと喝破する。年10%の成長を続ける中国経済の活力の一端がうかがえる。

五輪まで2年。建設ラッシュに沸く北京には、日本の建築家のほかドイツ、オランダなど欧米のスター建築家が勢ぞろいしている。雑誌に「中国酷」(クールな中国)といった特集が組まれ、デザインへの関心は高まっても、「期待にこたえうるレベルの建築家がまだ少ない」(建築評論家・方振寧さん)からだ。

欧米の圧倒的な影響のもとに発展してきた近代建築をいち早く吸収した日本が、韓国、他のアジア諸国、いま中国をリードする。多様なアジア唯一の共通項は、西欧の近代化を例外なく受け入れてきたこと――そんな変わらぬ現実が、3千年の歴史都市にくっきりと浮かび上がっている。

建築ラッシュ画一化に危機感

胡同にはゆったりした時間が流れる=北京市で

「私たちは五四運動までさかのぼって考えなければならない」

1919年、反日愛国運動の発祥地となった北京市大の近くで、同大学建築センターの薫豫コウ副教授(38)は力を込めた。

五四運動は日本の権益拡大への抵抗として各地に広がった。だが薫副教授によれば、現在の敵は資本だ。グローバリゼーションは街の輪郭を破壊しただけでなく、中国の伝統的価値までないがしろにした、と危ぶむ。

「確かに中国の技術はまだ遅れている。でも文化の価値とイコールではない。中国人は自国文化に自信をもつべき時と思う」

建築家に限らない。映画監督の賈樟柯さん(35)も「いまの中国は日本よりもっと過激な近代化が進行している」と案じる。

昨年、日本でも話題になった映画「世界」は、夢を抱き北京へ来た出稼ぎ者らの、ほろ苦い日常を描いた。建設現場で命を落とす底辺労働者は、わずかの慰労金で虫けらのように忘れられていく。「地に足のつかない浮遊した感じが、いまの中国には蔓延(まんえん)しているのではないでしょうか」

昔ながらの古い町並み、胡同(フートン)を歩いた。観光地化された地域も多いが、子供たちの笑い声の中に、庶民の変わらぬ暮らしが息づく。「ぼろぼろの住まい」と顔をしかめる人もいれば、懐かしい風景と人のぬくもりを「自分の創作の原点」だと雑誌のインタビューで答える若手芸術家もいる。

取り壊した町家の跡地に乱立するマンション、慣れ親しんだ景観を惜しむ声……。90年代初め、バブル絶頂期に京都で見た光景を、北京市都市企画委員会の温宗勇部長にぶつけてみた。「京都へは視察に行った。参考になりましたよ」。開発と保存の調和をめざす04年からの新都市計画では、胡同保存も打ち出したと胸を張る。

だが自らも胡同に暮らすライター多田麻美さん(32)によれば、立ち退きトラブルは日常茶飯事。裁判もめずらしくないという。

「脱欧米化」への道筋探って

隈研吾氏の「竹屋/
Bamboo Wall」=北京市で

この10年、日中韓、台湾、シンガポールなどの専門家の間で「アジア建築」の確立が提言されるようになってきた。自然との共生、身近な素材の活用など、定義は様々だが、欧米とは違うアジア固有の精神風土を生かすことを模索する。

やはり中国で仕事が増えている建築家、隈研吾さん(51)は理念先行の議論には冷ややかながら、欧米で活動しつつアジアに立脚点を置こうとする中国の張永和さんらに刺激を受けたという。

交流の成果の一つが、万里の長城近くに立つ別荘群「長城ウオール」である。アジア12人の建築家の競作。隈さんの「竹屋」は最も注目された作品だ。

大プロジェクトに若手を起用しない日本を飛び出し、中国で自分を試す若手も増えてきた。張さんの下で働いた後、北京で建築事務所を経営する松原弘典さん(35)。「成熟し、すべて予測の範囲にとどまる日本とは逆の混沌(こんとん)に、可能性を感じます」

右肩上がりの時代を終え、閉塞(へいそく)ばかりが言われる日本。近代をどう超えるか。北京の変貌(へんぼう)、中国社会の変容は、建築に限らず、日本社会が抱える問いを映す鏡、といえるのかもしれない。

インタビュー:丸川 哲史さん
「隣人」の矛盾と葛藤見つめて

まるかわ・てつし
明治大専任講師
AAN客員研究員

63年生まれ。専攻は東アジア文化論。著者に「日中100年史ーー二つの近代を問い直す」など。

上海の華やかな商業地区の一角にある、中国共産党の成立を記念する建物を訪れた。

思い返せば、中国共産党の成立は、植民地近代都市・上海においてだった。その後共産党の方針は、農村を根拠地とする毛沢東路線へ、さらに今では、資本家が党員となることを拒まない国民政党へと脱皮しつつある。実に中国共産党の歴史は、中国近現代史の縮図でもあった。

映画監督・賈樟柯は、現在の中国の近代化は、かつての日本の高度成長の矛盾をより過激な形で指し示している、と述べていた。彼も含め、中国の文化人は今、この現在進行形の出来事に対して、必死に何がしかの言葉や表現を与えようと苦闘しているのだ。

一方、ここ100年で日本は、ずっと中国に対して近代化における優位を占め続けていた。その優位が今日、徐々に崩れつつある中、「中国脅威論」と「中国崩壊論」という逆ベクトルの中国観が共存していることは、むしろ日本側の混乱を印象付ける。

もとより近代化には常に、光とともに影が付きまとう。日本よりも先にリニアモーターカーが走るなど目覚ましい都市化の代償として、世代の間の断絶は激しいものとなる。例えば中国の産業(特に自動車、エレクトロニクスなど)は、ほとんど改革開放以前の独自技術を捨て、欧米・日本のマニュアルを直接導入したため、前世代との継承関係をほとんど失っている。

このような有形無形の断絶は、当然のこと精神的飢餓を生み出すのである。新興宗教の発生も、その現象の一つに挙げられよう。

私たちに必要なことは、隣人の近代化に付きまとう矛盾や葛藤(かっとう)を理解することではないか。もちろん、現在の中国の近代化は、かつての日本と似た部分もあろうし、また「近代化に成功した日本」を模倣する現象もあろう。

しかし課題は、似ていないところ、つまり自分たちの経験の尺度にない部分である。考えてみれば、確かに中国の長いスパンにわたる近代化の歴史は、この国の規模の問題や社会主義の経験も含めて、日本人の経験の尺度に合わないところが実に多いに相違ないのだから。(寄稿)

2006年1月30日


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