このブログは桜井淳水戸事務所と桜井淳カリフォルニア事務所の(1)業務内容(2)桜井淳個人情報(3)米国での活動内容(4)専門家養成のための学術セミナー開催案内等を掲載するHP代わりの硬いブログです。スタッフが交替で最新情報の更新や新項の追加をしています。 各項を順序よく読むと(a)事務所業務内容紹介(b)桜井所長学歴(c)哲学(d)著書(e)学術セミナー(f)米国での活動内容等、情報の価値が分かります。ここに記載した情報の信頼性は、他のいかなる組織・団体・文献・電子情報よりも、格段に高く、すべての判断基準になります。情報の信頼性については両事務所のスタッフがすべて責任を負います。著作権・情報のオリジナリティを確保するため、本ブログの内容のコピー・事実関係の引用・電子媒体へのリンク等は、すべて禁止します。不正行為を確認した場合には米国感覚で法的手続きを行います。事務所への連絡・メッセージは、各項の欄外のメールマークをクリックすれば、わかるように、アメーバ会員に手続きすれば、誰でも、自由にできます。ただし、送信者の身元は、サイバーエージェントによって管理されています。
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2008-07-27 16:39:07
stanford2008の投稿
哲学で原著論文を書いた経験のない人達の哲学論議への違和感
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桜井淳所長に拠れば、哲学や歴史学の研究者は、英仏独ロ語は、もちろん、一次資料の解読のために、ギリシャ語・イタリア語・ラテン語まで、読めるようにならなければならず、特に、一次資料に遡った文献解読しか研究としての価値がなく、そのような経緯を経て作成した原著論文もなく、ただ、啓蒙書やもっともらしい学術哲学書を読んだだけで、哲学が分かったと認識している人達があまりにも多くいるそうです。
2008-07-27 16:24:31
stanford2008の投稿
社会科学の原著論文の作成では英語を母国語とする欧米諸国の方がはるかに優位
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桜井淳所長に拠れば、人文・社会科学系の世界でも有数の学会論文誌に掲載された論文を分析してみると、論文言語は、すべて、英語を指定されており、英語を母国語としている欧米諸国からの投稿が圧倒的に多く掲載され、日本やその他の諸国のように、世界に通用しない特別な言語を使用している研究者にとって、微妙な表現や言い回しが必要な論文の作成では、明らかに不利に働き、日本のその分野の研究者にとって、大きなハンディギャップになっているそうです。
2008-07-26 21:11:04
stanford2008の投稿
日本の大学院人文・社会科学系D院生にはなぜ学会論文誌英文原著論文を要求していないか
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桜井淳所長に拠れば、日本の大学院理工系D院生には、学会論文誌日本語原著論文は問題外で、最初から、英文原著論文が常識化していますが、理工系の場合、ただ、事実関係を数頁まとめるだけであり、ごく普通の英語力でも、世界の主要な学会論文誌に対応でき、それに対して、人文・社会科学系の場合、思想の表現であり、しかも、15-20頁は、当たり前であり、長い場合には、40頁にもなり、日本語でも満足な言い回しができず、英語ならなおさら微妙な言い回しは、難しくなるため、人文・社会科学系D院生には、英文原著論文は、義務化できず、それができるレベルは、教官しか持ち合わせていないそうです。
2008-07-26 19:55:04
stanford2008の投稿
学会論文誌原著論文の有無は最低条件
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桜井淳所長に拠れば、学会論文誌に掲載された原著論文があるか否かは、学位論文作成の最低条件の目安になりますが、十分条件にはならず、大学ごと、指導教官ごとの暗黙の判断基準が有り、原著論文が複数編あっても、学位審査で合格が保証されるほど甘い世界ではないそうです。
2008-07-26 10:54:20
stanford2008の投稿
日本の社会科学研究のレベルは決して高くない
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桜井淳所長は、上京する際、JR御徒町で途中下車し、十数分歩き、東大本郷の中央図書館で文献調査をしてきましたが、桜井所長に拠れば、世界の代表的な社会科学関係の学会論文誌やそれ相当の論文誌に掲載された論文を約5000編調査(そのうちの約1000編については英文20行の要旨を熟読)したところ、日本人が書いたものは、十数編しかなく、大部分の成果は、各大学の大学紀要、エッセー(社会科学の分野では査読を経ていない成果はすべてこのように位置付けられている)としての商業誌記事や単行本のレベルに留まっており、日本の社会科学研究のレベルを改めて認識したそうです。
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