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社説

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科学研究―第二第三の「iPS」を

 なんの変哲もない皮膚の細胞に四つの因子を入れて、からだのどんな組織にでもなれる万能細胞にする。

 京都大学の山中伸弥教授が、魔法のような技をマウスの実験でやってのけたと発表したのは2年前の夏だ。昨年秋には、iPSと名付けたこの細胞をヒトでも同様につくれることを示し、世界をあっといわせた。

 実際の治療に使うためには、まだまだ地道な研究が必要だ。時間もかかるだろう。しかし、この発見が大ホームランであることは間違いない。

 今大切なことは、こんな成果が日本から次々出る、つまり、第二、第三の山中さんが現れるようにすることだ。

 そのヒントは、山中さんの研究がたどった道から見てとれる。

 若い研究者の野心的な研究を支えていくことが、なによりも大事だ。

 2年前の成果を生んだ研究費の審査に当たった岸本忠三・元阪大総長は、因子を入れて万能細胞になるなんてありえない、と思ったそうだ。「しかし、若い研究者の迫力に感心し資金提供を決めた」と語っている。

 岸本さんは「研究とは壮大な無駄をすることだ」という。「千に三つ」ともいわれるが、山中さんはその三つに入るような成果を出したのだ。

 成功する可能性は低いかもしれないが、うまくいけばとてつもなく影響が大きい。そんな試みは「ハイリスク研究」とも呼ばれる。科学技術白書によれば、科学に力を入れる国々は、こうした研究の大切さに気づいている。

 米国は、こうした研究を拾い上げる方策を探り始めている。中国が昨年改正した科学技術進歩法も、ハイリスク研究でたとえ成果が出なくても寛容に扱うことなどを定めている。

 日本で先月成立した研究開発力強化法も、この流れを意識したものだ。

 だが現実には、科学研究費の分配で政府が重点分野を絞り、短期に果実を求める傾向が強まっている。それでは、未知の領域に踏み込む探究や、すぐに成果が出るわけではない基礎研究への意欲をそぎかねない。若い研究者の自由な発想にもとづく研究を支援していかねばならない。

 もう一つ、研究の基盤づくりも大切だ。山中さんの成果は、理化学研究所がつくった遺伝子のデータベースなしではありえなかった。ここから四つの因子を探り当てたのである。こうした基盤づくりも、成果が見えにくくおろそかにされがちだ。

 政府は、厳しい財政事情のなかで科学技術には例外的に多くの予算を投じている。成果を出して納税者の期待に応えることは当然だろう。

 しかし、本当に新しいものを生むには、じっくり腰をすえ、長い目で科学を育む必要がある。政府の総合科学技術会議はその決意を示してほしい。

身近な省エネ―便利を少し我慢しよう

 コンビニエンスストアの深夜営業を抑制しようという動きが各地で起きている。地球の温暖化を食い止めるため、電力の消費を身近なところから減らそうという考えからだ。

 47都道府県と17政令指定都市のうち10自治体が、深夜営業の自粛要請や強制的な規制を検討している。

 これに対し、業界は「コンビニだけ規制するのは不公平」と反発している。たとえ16時間営業に短縮しても、日本全体のCO2排出量が1万分の1だけ減るにすぎないという。

 24時間営業のコンビニは、なるほど現代の不夜城である。深夜でもひときわ明るい。夜型人間には便利なお店だが、夜型のライフスタイルを転換させれば青少年の非行防止にも役立つ、というのが自治体の狙いだ。

 コンビニだけではない。街を歩くと自動販売機がズラリならんでいる。京都市などはこの規制もめざしている。炎天下で飲み物を冷やすのには電気をたくさん使う。

 自販機は全国に400万台以上もあり、4人家族で190万世帯に相当する電力を使っている計算になる。

 省エネ努力を重ね、自販機全体の消費電力を10年間で24%減らしたと自販機業界はいうが、それでも大きな使用量であることには違いない。

 コンビニや自販機は便利だし、社会的な機能もある。女性や子どもが駆け込んで助けを求めたり、トイレを借りたり、コンビニは「街の安心拠点」になっている。災害時には無償で飲料を提供する自販機もあるそうだ。

 しかし、便利で快適だからと現在のままの生活を続けていては、温暖化を止められないかも知れない。

 そう思いながら夜の街を歩けば、省エネにつなげられそうなものが次々と目に飛び込んでくる。大音響が響き渡るゲームセンターやパチンコ店、やけに明るい歓楽街のネオン、24時間営業のレストランや飲食店……。

 とはいえ、一律に規制するのは乱暴だ。社会的な機能を評価したうえで、利用者とサービスの提供者の双方が、例えば営業時間などの便利さや手軽さを少しずつ我慢して、生活のあり方を変えていく。そうした積み重ねで省エネの暮らしをめざしたい。

 「おなじ遊星によって運ばれるわたしたちは、連帯責任を担っているし、おなじ船の乗組員だ」

 「星の王子さま」の作者サンテグジュペリが「人間の大地」(山崎庸一郎訳・みすず書房)で書いた言葉だ。

 化石燃料を燃やす人類一人ひとりの生活の結果が、地球の負荷になる。だれかが何かを我慢し、生活の形を変えて、地球の重荷を減らす。

 難しいことだが、豊かな地球を子や孫に残すため一歩を踏み出さなければいけない。便利さを犠牲にしてでも。

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