可視化を義務付ける刑事訴訟法改正案
容疑者と向かい合う検事の背後に、ビデオカメラ二台が設置されている。一台は容疑者の表情、もう一台は部屋全体を映し出す。容疑者からは、レンズが見えないように工夫されている。
最高検は三月、取り調べ時に録音・録画するための機材を設置した模擬取調室を公開した。「模擬」とはいえ、取調室の公開は異例だ。
録音・録画に反対してきた検察が一転、試行を決めたのは二年前。「真相解明ができなくなる」と、現場の検事たちは猛反発した。
反発を抑えて試行に踏み切った背景には、自白調書の任意性が延々と争われ、公判が長期化することは避けたいという最高裁側の強い危機感があった。任意性が争点になると、公判は言った言わないの水掛け論になりがちだ。「プロの裁判官でも、判断が非常に難しい。裁判員に求めるのは不可能だ」(ベテランの刑事裁判官)
「今までのやり方では(裁判員制度で想定している)三〜五日間では公判は終わらない。最高裁から(録音・録画の)打診があった」と法務検察の元幹部は明かす。
裁判員制度の対象事件で試行が始まった録音・録画は、自白事件に限られる。記録されるのは、調書を読み聞かせながら、自白の経緯や動機などを確認する場面だけだ。
「検察官は自分をさらけ出し、容疑者から信頼されて初めて自白を得られる。その一部始終を撮られると誰もそんな調べはしなくなる。それで本当にいいのか」と検察幹部。
全過程の録音・録画(可視化)の実現を訴える日弁連は、「都合のいい部分だけの録音・録画では、冤罪(えんざい)は防げない」と批判。これに検察側は「最後に言いたいことを容疑者に聞く。捜査に不正があれば必ず分かる」と反論する。
録音・録画を任意性立証のための手段としたい検察側と、捜査の適正化につなげたい日弁連の主張はすれ違う。だが、新たな動きも出てきた。衆院で廃案になったものの、参院では六月、民主党が提出した可視化を義務付ける刑事訴訟法改正案が可決された。
元東京地検特捜部長で弁護士の宗像紀夫(66)は「可視化への流れは止まらないだろう」と見る。数多くの政界汚職を摘発、「検察の正義」を体現してきたが、古巣とも対峙(たいじ)した四年間の弁護士経験で、染み付いた思考が変わってきたという。
米国などでは、罪を認めたり捜査に協力したりする見返りに、刑の軽減など被告に有利に事件処理する司法取引が認められている。宗像は「司法取引を含めた新たな捜査のあり方と併せて、可視化を検討するべきだ」と提案する。裁判員制度は捜査のあり方をも変えようとしている。(敬称略)
=第二部おわり(出田阿生、長田弘己、北島忠輔、加藤文が担当しました)
-------------2008.7/6東京新聞
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