密室での取り調べは、冤罪の温床
昨年十一月、大阪地裁。殺人未遂罪に問われた被告の取り調べの様子が、法廷内に設置されたテレビ画面に映し出された。
「殺そうとは思わんけど、腹が立ったから刺した」と殺意を否定する被告。だが、検事に「殺さないと殺されると考えて、先に殺そうと思ったのは間違いないね」と畳み掛けられると、被告は「ええ、ええ」と答えた。
これを見た裁判長の判断は「検事は殺意があったように誤導し、供述を押しつけた疑いがある」。昨年までに録画された百七十件のうち、任意性を否定した唯一の例だ。
逮捕時は罪を認めた被告が、公判で「無理やり言わされた」と訴えた場合、真偽を判断するのは難しい。審理が長引く要因になるため、検察は二〇〇六年から、供述調書を被告に読み聞かせる場面に限って録画を始めた。
ある裁判官は「これまでは、すべての証拠を基に真偽を見極めなければならなかったが、映像と音声があれば裁判員も判断しやすい」と効果を認める。
密室での取り調べは、冤罪(えんざい)の温床といわれてきた。実際、過酷な取り調べに耐えられず、虚偽の自白に陥った被告も少なくない。
「何を言っても聞いてもらえず、罪を認めないと顔の形が変わるまで殴られた。怖くて話を合わせているうちに自白調書ができた」。そう振り返るのは免田栄(82)。一九四八年、熊本県で起きた強盗殺人事件で死刑確定後、八三年に再審で無罪となった。再審判決は「調書はずさんで、自白の強制や暴行が疑われる」と認めた。
二〇〇二年、富山県氷見市の強姦(ごうかん)事件で誤認逮捕された柳原浩(41)は服役後、真犯人が現れて無罪となった。柳原も、厳しい追及に屈した一人だ。
「孤立無援の密室内で『家族もおまえのことは見捨てた。誰もおまえのことを信じない』と言われ、絶望した」
罵詈(ばり)雑言や保釈をちらつかせた利益誘導。容疑者を犯人と決めつけて自白を迫る取り調べがなくならないのは、近年続発した冤罪事件からも明らかだ。
全面録画を求める弁護士グループを引っ張ってきた小坂井久(55)は「自白するまでの取り調べが映っていないと意味がない」と訴えるが、取り調べを「真相解明の武器」とする捜査側の抵抗は根強い。
元裁判官の木谷明(70)は言う。「『一部の録画しかないのは見せたくない部分があるからでは』と裁判員が疑えば、捜査側も録画せざるを得なくなる。風穴を開けるのは裁判員だ」。刑事裁判への市民参加には賛否両論があるが、全面録画の実現につながれば、冤罪はなくなるはずだ。(敬称略)
-------------2008.7/5東京新聞
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