劇場化、分かりやすさ追求
「被告人は頸部(けいぶ)をのこぎりで切断…」。
東京地裁の法廷に設置されたスクリーンに、被害者を表す人形の絵が映し出された。検察官の説明と同時に、人形の首の部分に切断を表す線が入る。傍聴席で遺族の嗚咽(おえつ)が漏れた。
昨年末、東京地裁で始まった夫殺害事件の三橋歌織被告(34)=殺人罪などで懲役十五年の有罪判決、控訴中=の初公判。法廷では、肉筆メモや犯行現場の写真が次々と映された。従来は証拠番号が読まれるだけで、傍聴席からは見られなかったものばかりだ。
「素人にも分かりやすい立証を」。
裁判員制度を前に、検察は組織を挙げて準備を進めている。重要事件の冒頭陳述や論告前にはリハーサルを実施、居並ぶ幹部から「説明を詰め込みすぎだ」と厳しい叱責(しっせき)が飛ぶ。
対応が鈍いと言われた日弁連も動き始めた。今年一月、米国の専門家を招いて弁護技術を学ぶ三日間の集中研修を開いた。通称「裁判員ブートキャンプ」。経験十年未満の若手約百人が全国の弁護士会から集まった。
「大げさな身ぶり手ぶりといったパフォーマンスは、日本には合わない」。
三年目の若手弁護士谷口太規(29)は半信半疑だった。
当初のしらけた思いは、劇的に変わった。冒頭陳述や証人尋問を実演し、「主尋問では弁護人がしゃべり過ぎてはいけない」などと講師から「ダメ出し」を受けてやり直す。その繰り返しで、言いたいことが確実に伝わるようになる。
「弁護の本質は、相手を説得することだったんだ」と感動した。
研修後、弁護人役で参加したさいたま地裁の模擬裁判で、谷口は「無罪」を勝ち取った。統合失調症の被告の刑事責任能力が争点。従来は最高裁の判例に従い、「善悪判断能力と行動制御能力」の有無で判断するところだが、それをやめた。
「犯行前は病状が悪化して衝動性が高まり、抑制力が低くなっていた。そこに妄想が加わり犯行に及んだ」。
客観的データを使って、一般の人に分かりやすい説明を試みた。
「弁護士は無罪だと確信している、本気だと感じた」という裁判員の感想に胸が熱くなった。
従来の刑事裁判は、裁判官が膨大な調書類を自宅などに持ち帰って心証を形成するといわれてきた。法廷での「説得」の重要性はそれほど高くなかったという指摘もある。
刑事裁判は有罪ありきの「儀式」という批判は根強いが、谷口はいま実感している。
「裁判員は専門家ではないからこそ、きちんとした説得ができれば分かってもらえるし、見せかけのパフォーマンスにはだまされない。日本の裁判は変わる」(敬称略)
◇
裁判員制度の導入で、刑事司法は激変する。法廷や捜査の現場には、その兆しが見え始め、パフォーマンス合戦による法廷の劇場化を危惧(きぐ)する声もある。変化の萌芽(ほうが)の中に浮かぶ、裁判員制度の将来像を追った。
-------------2008.7/2東京新聞
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