裁判が雰囲気に左右される危惧
「寝癖のついた頭と化粧っけのない顔をどうにかしないとね」。
今年二月、東京地裁で開かれた模擬裁判に参加した女性弁護士(46)は、友人のカウンセラーにそう忠告された。
「飾らない弁護士」のつもりが、裁判員にみすぼらしく映ったら不利だ。初日、弁護団は全員紺のスーツ姿で出廷。常に姿勢を伸ばすよう意識し、プロジェクターとスクリーンをうまく使って裁判員の視覚に訴えた。結果、被告は無罪に。プレゼンテーション技術に優れた検事や弁護士が有利かもしれないと実感した。
市民が理解できる裁判が裁判官、検察官、弁護士の法曹三者の共通課題。現在の刑事裁判の在り方について、最高裁は「問題がある」とは決して認めなかった。そのため、裁判員制度は「国民のための司法を国民自らが支え実現する」という誰もが反対しにくい理念を掲げて導入を決めた経緯がある。だが、制度開始を前に、刑事裁判の在り方が皮肉にも変わり始めている。
なかなか保釈が認められない「人質司法」は、拘置請求の却下や保釈が認められるケースが増加。検察庁は内部の強い反対論を押し切り、取り調べの様子の部分的な録音・録画の試行を始めた。反対意見が最も強硬とされる警察庁も、今後の試行を明らかにした。
法廷も変化の兆しがある。
専門用語を使った供述調書を重視する「調書裁判」は裁判員には難解で通用しないとして、被告人質問が終わった後、検察側が捜査段階の供述調書の証拠申請を撤回するケースも出ている。
約三十年間、刑事裁判を担当してきた松山家裁所長の安原浩は、裁判官は「有罪慣れ」という職業病になりやすいという。「担当する事件の九割は自白事件。認めた調書ばかり読んでいるから、否認調書を読むとまず疑いの目で見てしまう」
安原は「刑事訴訟法の原点(疑わしきは罰せず)に戻れ、と精神論を説かれても何も変わらない。裁判の主体が変わることで変革が起きる可能性が大きい」と期待する。
模擬裁判を経験したべテラン刑事裁判官はこう話す。「刑事裁判は法廷に証拠を集める場だった。これからは、証人の話など法廷でのやりとりが中心になる。法廷は変わるはずだ。変えなくては」
ただ、一方で改革の行き過ぎを危惧(きぐ)する面もある。冒頭の女性弁護士は「裁判がその場の雰囲気に左右されるようにならないか」と心配する。なにしろ、検察庁がイケメンを選んで採用しているといううわさが広がるほどなのだから。(文中敬称略)
=第一部おわり(取材班・瀬口晴義、加藤文、出田阿生、有賀信彦、長田弘己、北島忠輔)
-------------2008.4/28東京新聞
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