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【社説】

週のはじめに考える 福沢諭吉先生が嘆く

2008年7月27日

 大分の教員汚職事件にはあきれました。郷土が生んだ偉人、福沢諭吉に顔向けができないでしょう。腐敗を許す土壌が広がっているのではと恐れます。

 今回の教員採用汚職とは似て非なる不祥事があります。二〇〇一年五月から六月にかけて、山形大、富山大、金沢大で四百人を超す受験生が誤って不合格とされていたことが発覚したのです。

 得点集計するコンピュータープログラムの合否判定ミスが原因でした。ミスは数年間続きました。

 多くの若者の人生が変わりました。浪人して翌年遠方の私大に進学した人や二年連続で「不合格」とされ、専門学校を卒業してその春に就職した人もいました。

底なしの様相呈す疑惑

 大学側は「遅すぎた合格通知」を被害者に送る一方、慰謝料をはじめ、他大学への入学金や学費など、総額で七億−八億円の損害賠償金を支払うことを決めました。

 大分の事件は、影響の大きさは似ていても原因は異なります。こちらは贈収賄という犯罪です。県警の調べや関係者の証言から、ひどい話が次々に浮かんでいます。

 この二年間の小学校教員採用試験の受験者の採点データが改ざんされていました。多くの合格者の点数が水増しされ、千点満点で百点以上加算された人や、逆に合格ラインから減点され不合格となった受験者もいるそうです。

 疑惑は底なしの様相を呈し、校長や教頭の昇進人事などでも金品授受があったといわれ、この面でも捜査が進められています。

 これまでも教員の採用や人事をめぐる不正事件はありました。一九九〇年に山口県で同じような教員採用汚職事件が摘発され、〇二年には富山県教委幹部が人事異動での受託収賄容疑で逮捕されています。しかし、これほど組織ぐるみの事件は前代未聞でしょう。

 子どもを教えるべき教育者が教職や昇進を“売買”していたのです。「学問のすゝめ」の著者の出身地を舞台に、福沢諭吉の肖像入り一万円札が飛び交いました。

 事件の背景、要因としていくつか指摘されています。県教委の限られた職員に採用や昇進の権限が集中している構造や、密室作業の不透明性などです。その通りでしょう。何より教育者としての倫理観の希薄さに驚きます。

 県教委は不正採用者を解雇する方針ですが、処分の明白な根拠を示すことの困難さや、学校現場の混乱ぶりが予想されます。

口利き許す体質と構造

 一つ提案があります。両親が逮捕され公表されたも同然の長女は退職しましたが、未公表の不正採用教員にも辞表を出してもらうのです。悪事が露見すると、先生は子どもに自ら名乗り出るよう求めるではありませんか。

 さらに由々しい事態は、合否連絡をめぐる国会議員秘書や県議といった地元有力者の口利きの横行です。名古屋市教委など多くの教育委員会が、特定の受験者の合否を個別に事前連絡していました。

 愛知県のベテラン県議は「依頼してきた支持者に、自分が骨を折って頑張ったという姿を見せることが重要」と語っています。縁故・情実採用が常態化しているといった口ぶりです。教員だけではなく、県や市の職員採用もよく似た実態ではありませんか。

 どうして教員採用に口出しができるのでしょう。教育委員会は本来、独立した機関のはずです。ところが、予算確保や行政執行面からなれ合いや癒着の体質、構造が生じているのではありませんか。学閥の関与も気がかりです。

 もう一つ、気になるのは「二世教員」の多さです。偶然かもしれませんが、今回の摘発されたわいろ工作はいずれも校長や教頭の子どもの採用に絡んでいます。

 データのない教員はともかく、政治家や医者に二世はたくさんいます。最近はスポーツ選手や芸能人でも数多く進出しています。いずれも平凡な親を持つ子より有利なのは明らかです。

 しかし、あまりに「世襲制」が強まると、社会から活力や柔軟性を失わせてしまうとの指摘も無視できません。資産や職業の格差が親子で継承されて固定化して、個人の能力や努力だけでは上昇する展望の小さい閉鎖的な社会になってしまうというのです。

「門閥制度は親の敵」

 福沢諭吉が「福翁自伝」に書いています。「先祖代々、家老は家老、足軽は足軽、(略)何年経(た)っても一寸(ちょい)とも変化というものがない。どんなことをしても名を成すことが出来(でき)ない」。そうした封建制度を憤り、わが子を僧職にしようとした亡父の心中を察し、「門閥制度は親の敵(かたき)で御座る」。

 こう語ったのは百十年前。世襲制は、諭吉が敵視した門閥制度につながりかねません。

 

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