公的年金への信頼が大きく揺らいでいる。「老後は大丈夫か」という不安が社会を覆う。年金制度はどうあるべきなのか。改革案を示しながら、2回にわたって考えてみたい。
まず、現制度の問題点を整理し、その上で提案をしたい。年金の破綻(はたん)を防ぐために政府は04年に保険料の段階的引き上げと年金給付水準の引き下げを行った。本質は財政の帳尻合わせだ。数字の上では制度を維持できても、年金の実質目減りは暮らしを直撃する。
04年改正では、少子化による年金加入者の減少分と平均寿命の延びの分を、年金額から自動的にマイナス調整するマクロ経済スライドという難解な名前の方式を導入した。今後ほぼ20年間にわたって毎年、年金の伸びを0・9%ずつ目減りさせる。この結果、国民、厚生年金共に実質価値は15%も下がる。ここが一番不安な点だが、難しいので国民の理解は進んでいない。
あまり知られていないが、満額で月6・6万円という国民年金も実質価値が5・6万円程度まで目減りしていく。これは日本の年金制度では、これまでやってこなかったことだ。年金が生活保護の水準以下になるので、年金への信頼は根っこから崩れ去るだろう。
働いて賃金を得ているのに正規社員は保険料が労使折半の厚生年金に、非正規社員は個人で国民年金に加入する仕組みも不公平だ。雇用形態の違いで年金額に差がついてしまうのだ。
04年改革を経ても、なお多くの問題が残っており、政府がいう「100年安心」の制度とはほど遠い状況にある。これらの問題点を解消し、新たに制度設計をやり直そうというのが本社提案の目的だ。
保険料で財政運営する社会保険方式を変えず公的年金を一元化し「所得比例+最低保障」年金制度を創設する。国民が一つの年金制度に加入するシンプルな枠組みとする。
図表をみていただきたい。現制度は基礎年金と厚生・共済の2階建てになっているが、新制度では基礎年金を廃止し、厚生、共済、そして国民年金に分かれている制度を一元化する。その上で、所得に応じて保険料を支払う所得比例型制度を創設し、国民が同じ制度に加入する。
重要なことは「所得比例+最低保障」の具体的な制度設計だ。日本ではスウェーデン方式がよく知られている。個人が掛けた保険料が一定の利回りで運用されたものとみなし、年金の受給開始時に平均余命を計算して年金額を決める。ただ、想定した経済成長が達成できない場合、運用利回りが上がらなくなる。
こうしたスウェーデン方式の課題を克服するために大枠は同じだが制度設計が違うフィンランド方式による改革案を提案したい。慶応大学の駒村康平教授らの研究者グループに協力してもらいフィンランドの仕組みを日本型に設計した。
保険料率を年収の19%(労使折半)で固定し、年金の給付乗率を1%として設計する。給付乗率とは1年働いて保険料を払うと、その年の所得の何%分の年金が増えるのかを示す数字だ。分かりやすく言うと、例えば年金に40年加入した人は、生涯の平均所得(課税前の賃金)の40%、30年だと30%が年金額となる。平均年収が600万円で40年加入だと、240万円が年金額となる。
老後の所得が不十分な人には最低保障年金で対応する。年金の加入期間が40年だと7万円(夫婦の場合14万円弱)の最低保障年金を支給する。このための財源は全額税でまかなう。駒村教授らの試算では、最低保障年金の税財源は約13兆円となる。基礎年金の国庫負担を2分の1に引き上げた分をこれに充てると、さらに3・5兆円程度が必要で消費税に換算すると1・5%程度の引き上げとなる。
保険料を払わない専業主婦も最低保障年金を受給できるようにする。これで長い間懸案となっていた、夫の掛けた保険料で専業主婦が年金を受ける、いわゆる「3号被保険者」問題は解消への道が開ける。一定レベル以上の高額所得者には年金課税を強化し、その分を最低保障年金の財源として補てんする仕組みも導入する。
国民は同じ所得比例年金制度に強制加入となり、国は社会保障番号によって一生涯を通して年金記録を把握する。老後の所得不足を補うために最低保障年金があるので、未納・未加入問題の解決が可能になる。
毎日新聞 2008年7月27日 東京朝刊