或るバンドが、悩みながら、それでも楽しそうにカヴァー曲のレパートリーを選考しているので、僕も一緒になって、最近はずっとそのことを考えています。
バンドの見解は、「歌詞を大切にして選ぼう」。これには僕も大賛成。
そうして、この季節になると、きまって思い出してしまう、伊東ゆかりさんの「愛するあした」という曲のことに、自ずと考えが及んでいました。
これは、彼女のキング・レコード所属時代末期、すなわち、1969(昭和44)年に発表された楽曲。オリジナルのシングル盤は容易に入手できますし、音源は過去にCD化もされています。
東海林修さんによる、ボサノヴァ歌謡とか、ソフトロック歌謡とか、そんな、今様知る人ぞ知る形容が付きまとうタイプの作曲・編曲や、伊東ゆかりさんの、気品漂うなかにも、清楚、とは異なって、熱情の発露を完璧にコントロールしながら歌いすすむ豊かな歌唱力は、ほんとうに素晴らしいと思うのだけれど、この曲に関して、僕がさらに素晴らしいと思っているのは、安井かずみさんによる詞作なのでありまして。特に、歌い出しの4行。
そして今日が すぎてゆく
愛をうたいながら
胸に秘めた 想いさえ
気がつきもしないで
この、巧みな心象の移ろいの描写が、実に見事ではあるまいか! 安井かずみ一流の、というまでもない、当時の歌謡曲の常套句とも評し得る「愛をうたいながら」というフレーズを、単純明快、力強く一気に貫通して聴く者の眼前に、イマジネイションの泉を沸き立たせ、河にして流れを作り出してしまっているし、3つの音符に3つの文字を乗せ、「そして」という接続詞から始めてしまう「入り」からして、「!(エクスクラメーション・マーク)」に匹敵するほどの力で、見事に幕開けを喚起している。ああ、そうだ、歌詞だ。どんなジャンルの音楽をやろう、いつの時代ふうに、あんな楽器を用いてさ。。そんなことより、歌を聴いてほしいのなら、まずは歌詞だ。そうでないと、のっぺらぼうが衣装を着ただけのような、スタイルだけの音楽になっちまう。
そんなことを、きのうの早朝、新宿OTO「ジャズ&ジャイヴ」からの帰りの電車で、キラキラと光りながら飛んでゆく街の風景を眺めながら、考えていました。伊東ゆかりさんの曲では、コロムビア・デノン時代の同じくシングルB面曲で、もう1曲、バンドにカヴァーしてもらいたい曲があるのですけどね、そのお話はまた別の機会に。
さて、今日の「レコード手帖。」には僕の親友でもあります馬場正道くんが、久々のご登場。彼は学生さん。また電車の切符を買って、みんな知っているけれど誰も知らない日本という国を旅していた、のではなく、夏休みを目前に控え、試験の猛勉強をしていたのです。今回の原稿は、最近試験が終わって、ようやく解放された矢先に、溜まりに溜まった「気」を開放して、また「やってしまった」というとんでもないお話。。とにかく皆さん、ご覧くださいませ。そして彼からのメッセージをどうか受け取ってくださいませ。
或るバンドの主張。或る若者の主張。そして今日がすぎてゆく。ご覧下さり、ありがとうございます。
(前園直樹)