トヨタやソニーの40代上級管理職クラスの年収を20代のペーペー社員に一律で支払う大手出版社。その原資を、ライターや消費者から搾取していることも問題だが、真面目に働こうと考える国民の間にモラルハザードをおこす大問題だ。格差が議論される昨今、この規制業種における下請業者との2層構造の甚大な格差問題は、議論もされていない。
◇民放テレビ局と並ぶおかしな年収
右記は、講談社が発行する女性誌『FRAU』編集部の、28歳女性社員の給与明細だ。76万円超と、20代の給与としては破格である(給与は年齢と所属部署で決まるが、社内ではもっと高い部署がいくつもある)。
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上:「源泉徴収票」
下:「特別区民税・都民税 特別徴収税額の通知書」 |
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ジャーナリズムにタブーがあってはならない。従って「おカネのことに触れないのが美徳」のような悪しき感性は弊社はゼロなので掲載する。我々は労働者の賃金問題を、事実に基づき、正面から報道する。この点でブレはない。
右記の「源泉徴収票」と「特別区民税・都民税 特別徴収税額の通知書」によれば、2004年の給与収入は約1,200万円だ。入社5年目、27歳の年収としては、テレビ局と肩を並べる高水準である。給与約75万円×12ヶ月+ボーナス年約300万円。
給与の特徴は、時間に関係なく支給される「裁量手当」の多さにある。20代のうちは基本給よりも裁量手当のほうが高いのが特徴だ。
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講談社の組織と編集手当
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裁量手当は、部署ごとに一律で決められた編集手当と年齢給とで構成され、編集手当の額(右記参照)は、刊行形態と読者対象別で決定されている。
「FRIDAY編集部」「週刊現代編集部」「東京一週間編集部」が最も高く設定されており、児童向け雑誌などより年間140万円ほど高い。つまり所属部署主義で、成果主義ではない。ほとんどすべての編集部で、入社2年目の社員が1,000万円を超える。
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上2枚:裏ボーナス2回分
下:表ボーナス
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ボーナスも、ほとんどが一律支給分で、成果主義ではない。年齢が上がれば自動的に上がる。右記のように、通常のボーナスの他に「別途金」としてウラボーナスも支払われるので、入社5年目でボーナスが約300万円にもなる。
私が新聞記者をやっていた27歳の頃、年収は750万円程度だった。新聞社も講談社と同様、所属する部署やグループによってみなし残業手当が異なるが、20代の新聞記者はほとんど地方支局にいるため、東京の中核部署と比べ低めに抑えられている。だから、そんなものである。これは朝日、読売、日経の大手3社で大差ない。
ほとんどの新聞社は、労基法を完全に無視して休みをとらせないので、実際の労働実態を考えると、20代のうちは時給にすれば、それほどおかしな水準ではない。しかし同じ27歳で1,200万円となると、何と6割も高い。誰がどう考えても、絶対的におかしい。
◇規制が生み出す業界間の理不尽な格差
問題の第一は、これが国の規制によって支えられている点にある。再販規制があるために、書店は定価販売を義務付けられ、バカ高い価格で売ることが許されている。たとえば内閣府の内外価格差調査によると、東京の雑誌価格は、再販規制がないニューヨークの1.85倍だった(調査は2001年、その後は調査自体がリストラされ行われなくなった)。
たとえば週刊誌『ニューズウィーク』を1年間購読する場合で比べると、米国では「最安値保証価格」で年20ドル(1冊45円ほど)なのに対し、日本では年16,000円(1冊320円)と、なんと7倍以上もする。日本の読者はいいカモだ。いかに競争に守られ、消費者が搾取されているのかが、よく分かる。(なお日本のニューズウィークは阪急電鉄の100%子会社が経営している関係で、給与水準は例外的に低い)
再販規制があると、全体が底上げされるために、弱小出版社でも何とか利益を確保して経営していける一方、大手出版社はモロに恩恵を受け、ボロ儲けすることができる。予め利益を見込んで販売価格を決められるのだから、当然、儲かり易い。希望小売価格ではなく、指定小売価格だ。
しかも書籍の場合、最も創造力が求められる肝心の著者には、印税10%という激安な慣習まである。もちろん、社員にバカ高い給与を定年まで支払い続けるために、である。経営体力が異なる弱小出版社と大手出版社が、同じ印税率なのは、本来おかしい。
普通の業界では、電機メーカーなど、ほとんど利益が出ないくらいに末端の価格競争が激しい。ヨドバシカメラやヤマダ電機、コジマといった小売店が最安値保証をして値引くため、メーカーも小売に対して安い価格で卸さないと、競争に勝ち残れない。世界をリードする薄型テレビでも、「トップ2社しかまともに利益が出ない」などと言われている。
日本のエレクトロニクス製品の売り場は、間違いなく世界一だ。「この価格で、この性能のものが買えてしまうの?」と驚くばかりである。その裏には、大手メーカーのカラ雑巾を絞るようなコスト削減努力、成果主義による人件費削減の努力がある。だから、ソニーやキヤノンの開発者が27歳で1,000万円以上貰っていたとしても、誰も文句は言わないだろう。
一方、定価販売で価格競争がない日本の出版業界は、左うちわである。単に規模が大きいというだけで、規制の恩恵をまともに受けて、ボロ儲けできる。
再販規制を維持する根拠として、「言論の多様性や知る権利を守る」といったことが言われるが、これらはインターネットの出現により、ブログ等で十分に守れる時代に間違いなくなったのであって、全く規制の根拠はなくなった。いまや、単なる出版業界の既得権に過ぎない。価格競争があったほうが安くて高品質なものが生まれることは、秋葉原の小売店を回れば、一目瞭然である。
2004年に成果主義が導入されたソニーでは、実際の27歳開発者は、ほぼ全員が「グレード2」で年収600~650万円程度で働いている。30歳で700万円前後が平均。キヤノンでも、入社4年目に、半分しか受からないと言われる厳しい試験を通って「G2」に昇格できても、約700万円だ。27歳の年収とはそんなものであり、これらは事実だ。
それでも両社は、トップ企業として業界内では高いほうなのに、実に、講談社のおよそ半額である。この報酬差は、望ましいものだろうか?合理的なものだろうか?世論調査でもしてみますか?
◇モラルハザードが起きる
この状態を放置すると、どうなるか。確実にモラルハザードが起きるだろう。世界に通用する仕事をしているプロを目指すより、国内で規制に守られた中間業者を目指したほうが2倍儲かる、という理不尽がまかり通っているのだ。普通の人は、頑張る気力が失せる。
現場社員を何百人も取材してきて感じるのは、こんなことがまかり通っていたら国力が落ちる、という危機感だ。
ソニーで1,200万円貰うのは30代では難しい。40代で課長として実績を重ね「VB(バリューバンド)5」に昇格して何とか、だ。トヨタで1,200万円貰うには、40代半ばで「室長」という上級管理職の役割をこなし「基幹職2等級」に昇格できて、やっと、だ。しかも「普通に努力している程度では一生なれない」(トヨタ社員)。全員一律で27歳で貰え、何のリスクもなく定年まで高給を維持する講談社が、いかにおかしいかが、よく分かる。
リスクをとらない人、グローバル競争で戦えない人がおいしいめにあう社会。これでは国民は無気力になり、国力は衰退していく。「バカらしくて真面目に働いてられっかよ、俺たちは年金だって払った分を貰えない世代なんだ、若いうちに稼がないと、老後も安心できないんだよ!」。私なら確実にそう思う。
国民の間でも、格差自体があることについては、容認する声が強い。しかしそれは「頑張った人が、成果に応じて報われるのは当然」という理由からであり、新卒で規制業種にもぐりこんだら一生、報われ続けるのがよい、という意味ではない。働く者が、納得感のある正当な報酬を得るようにすることは、国の経済力を維持する上で重要なのは言うまでもない。
さらに、これまでの「企業ミシュラン」の取材で分かっていることは、人は実力以上のカネを手にすると勘違いし、倫理観が麻痺するということだ。これは民放キー局で性犯罪が多発したり、「社内不倫は知っているだけで8人いる」(フジテレビ若手社員)といった数々の証言から、ほぼ立証されている。実力ではなく「濡れ手で粟」で大金を持つと、性欲に走る人間が多いのだ。
◇無能な政治家、公取、労組、野間一族…
こうした状況があるにもかかわらず、政治家や公取は、いったい何をやっているのか。規制によって生まれたバカ高い給与水準は、同様に規制によって管理し、各国との比較などから、適正水準を保つよう、常に監視し続けなければいけない。しかし、どんな圧力があったのか分からないが、内閣府による内外価格差調査まで封印されてしまった。今や行政は、海外のケースは公共料金くらいしか調査していない。
勘違いな労組は、まだ安い、まだ上げろ、と世間知らずなことを平気で言う。人間の欲には際限がない。彼らのトンチンカンな賃上げ活動は報道されないので、ほうっておけばドンドン高くなる一方なのは、考えるまでもないことである。
もちろん、講談社を支配する野間一族にも責任がある。自分勝手に、自社のことだけを考え、社会のモラルや国の競争力に関心がない姿勢は、トップ企業の経営者として三流、四流であり、プロではない世襲経営であるがゆえに見識がないボンボンがやっているのは仕方がないとしても、社会的責任から逃れられるものではない。
◇規制産業の賃金は公務員並みに規制せよ
昨今の格差拡大問題を受け、政府は「同一価値労働、同一賃金」を目指して様々な対策を打ち出そうとしている。次期総理が確実視される安倍晋三官房長官は、再挑戦支援を政権公約に据えるそうだ。
しかし、規制業種における2層構造問題にはまったく手がつかない。テレビ局は制作会社から搾取し、出版社はライターから搾取する。どの業界でも下請け企業との2層構造はあるが、その報酬格差が2~3倍と圧倒的に大きく、流動性がないのが問題だ。
しかも、元請か下請か、どちらの身分になるかは、ほとんどの場合、22~23歳の時に新卒で入社できたか否かで決まり、再チャレンジのチャンスは事実上、閉ざされる。新卒で入れば、強固な労組に守られ、定年まで安泰、という理不尽さだ。
政府の「再チャレンジ推進会議」(安倍議長)で、安倍氏はこう力説したと報じられている。
「勝ち組、負け組を階級化しない社会をつくっていくことが大切だ」。
しかし出てくる策は国家公務員で30代の中途採用枠を新設するといった小粒なものばかりで、大枠は何ら変わらない。入社した時点で一生「勝ち組」に固定化されてしまう大手出版社の社員は、「再チャレンジ推進社会」において、最も改革が必要な存在だ。
講談社では17:30に終業のチャイムが鳴るが、毎日、たいした仕事もせず、チャイムと同時に帰宅する中高年社員もいるという。それでも年功序列賃金なので、2,000万円近く貰っている。こういう話を聞くと、真面目に働くのがバカらしくなる。
もし本当に勝ち組を固定化せず再チャレンジ可能な社会にするなら、出版社やテレビ局のような既得権者は、一番最初に権利を剥奪されるか、厳重に管理されなければならない。具体策としては、まず規制産業の賃金は公務員並みに規制する。規制撤廃された時点で自由化する。規制には規制、自由には自由。これは、ごく当たり前かつ合理的な施策である。
22~23歳で勝負がついてしまう社会。安倍さん、それでいいのですか?
◇リーダー的な「物書き」の役割
上記で述べてきたように、最大の問題は、政府の規制政策とそれにあぐらをかいて公共意識ゼロの出版社側にある。しかし、それだけではない。第2の問題は、そういった環境においても、できることをしてこなかった搾取される側にもある。
もっとも幅広く搾取されているのは、消費者であるが、広く薄い搾取であるために気づいていない。テレビでいえば、広告料金は製品価格に上乗せされているし、出版でいえば、先のニューズウィークの例で明らかなように必要以上に高い料金を払わされている。
一方、狭く深く搾取されているのが、出版社の下請けにあたる「もの書き」(ジャーナリスト、ライター)陣で、こちらのほうが深刻である。
ほとんどのライターが、この問題を真面目に論じてこなかったために、いいように利用され、搾取されてきた。本来の取り分を獲得しているとは到底、考えられない。テレビ局の若手お笑い芸人が、タダ同然の安い報酬で使い捨てられる一方で、テレビ局の若手社員が1,200万円を安定して得ている構図と同じだ。若手芸人がいなければ成り立たない番組も多数あるにも関わらず、である。
なぜそうなるのかというと、講談社の労組は、スト権を振りかざして、バカ高い給与をさらに上げるべく、経営側と団体交渉をし続けるが、ライターは雑誌の原稿料や本の印税10%を上げるべく団体交渉をしないからだ。しかも、印税の問題をタブーにして情報を出したがらない。これは出版社側にとって本当に都合がよい。ライター側は、意識的に、積極的に、情報を共有し、原稿料や取材経費を獲得する行動に励まねば改善されない。MyNewsJapanでは現在、そのためのインフラを企画中だ。
立花隆や佐野眞一などは、賃金について興味がないのは分かるが、彼らのような交渉力の高い(他に代替が効かない)リーダー的なジャーナリストが、本来は積極的に情報を公開し、「自分はこれだけの条件で書いている、みんなもオレを目指せ」と先導し、相場観を形成していくべきなのである。
ライターが、一般的な相場といわれる400字5千円で書いたとして、年収1,200万円になるには、400字詰めで年間2400枚も書かねばならない。だいたい、単行本6冊分くらいにはなる量だ。これは不可能である。しかし、そうやって書かれたものを売っている講談社の社員は27歳で1,200万円を貰う。しかも社員は一歩、会社の外に出れば、年収が3分の1になるという程度の市場価値しかない。この理不尽な問題を指摘できずに、何がジャーナリストだ、と思う。
◇駆け出しが目指すべき収入モデル
ほとんどのライターは、「リーダー的な交渉力の高いジャーナリスト」ではない。それでは何ができるかというと、.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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