エネルギー未来技術フォーラム 「電力自由化時代の電気事業」

特別講演(東京)

海外生活を通して見た電力自由化

毎日新聞社
編集局経済部
副部長 福本 容子 氏


ありがとうございます。毎日新聞の福本と申します。

このたびはこのような立派なフォーラムにお招きいただきまして、しかも特別講演と「特別」までついていて大変恐縮したのですが、このタイトルが「海外生活を通して見た電力自由化」ということで、またこれもすごいのですが、何か「見た」というのは「家政婦は見た」みたいな感じです。どこに行けば電力の自由化が見えるのかというと、別に見えるところはなく、どこに行っても見えないわけです。それを見たとしてしゃべろうとお願いされましたので、どうしようか、どういうものかと思って悩みました。

でも私の4年間のロンドン生活で、電力、あるいは競争、いろいろな自由化について考えたことを、限られた経験ですが今日お話しさせていただきたいと思います。電中研の皆さんの発表と調整もしておりませんし、パワーポイントも何もありませんし、原稿もありませんので、相当ずれた感じになるかと思いますけれども、そのへんご容赦願いたいと思います。

私がロンドンにまいりましたのは、2001年4月です。それから4年間にわたりおりました。イギリスで電力の自由化が小口、一般の世帯までカバーされたのが1990年代の終わりのほうと承知していますので、ちょうど私がロンドンに赴任したころは、まさに一般家庭での自由化が始まり、軌道に乗り出したあとだったということができると思います。

私はロンドンに暮らして、一度だけ引っ越しました。4年間のうち2年、2年というかたちで2カ所に住んだわけです。最初に住んだところでは、ロンドン・エレクトリシティというところを電力会社として選びました。イギリスの場合、今日は皆さん、電力の話を中心にお話しなさっているようですが、エネルギーの自由化がイギリスで起きたのは、ガスも一緒です。ですからガスの会社も電力の会社もある時点から、1998年から1999年ぐらいにかけてだったと思いますが、相互乗り入れが始まり、地域の独占を超えて、どこででも小売の家庭への電力やガスの供給ができることになったわけです。

私は最初、ロンドン・エレクトリシティを選びましたが、先ほどからご紹介してくださったときにジャーナリストとしてとか、生活者としてという大変な言葉を頂戴したのですが、要は何でロンドン・エレクトリシティを選んだかというと、非常に研究したわけでも何でもなくて、単にロンドンだからロンドンの電気だからエレクトリシティで、東京だと東京電力、ロンドンならロンドン・エレクトリシティぐらいにしておけばいいのではないかというきわめて何の根拠もない単純な感覚で選んだわけです。

その次に引っ越したときは、ブリティッシュガスにしました。またこれも積極的に調査してブリティッシュガスのほうがすばらしいからというようなリサーチ結果に基づいたものでもありません。最初に2年間住んだところが、台所の調理のレンジが電気でした。ガスはまったく使っていませんでした。2回目に住んだところが、料理するのがガスだったので、それでガスだったらブリティッシュガスかなと、ブリティッシュだから全英です。日本だと東京ガスはあるし、ほかにも何とかガスとあるのですが、これはブリティッシュガスですから、東京電力よりも東京ガスよりも何かすごそうで、ちゃんとしてそうだという、またこれも単純なイメージだけで決めてしまいました。ちょっとだけ根拠があったのは、ガスと電気を同じブリティッシュガスから買えばディスカウントがあるということなので、それを考えてブリティッシュガスにしました。

実際はどれぐらいの会社があるかというと、基本的にイギリスのエネルギー市場はビッグ6といわれている大手の6社が結局占めています。ブリティッシュガスもその一つで、最大の供給者です。それからロンドン・エレクトリシティ、いまはロンドン・エナジーとかその持ち株会社がEDFと呼ばれていますが、そちらも大手の6社に入っています。

実際は、そのときにほかにどういうライバルがあるのか、ほかの選択肢があるのか、まじめに考えていませんで、急遽この講演を依頼されたのであわてて調べてみました。そうしたら自由化に伴って価格を比較するようなインターネットのサイトがあって、私が一番信頼できるかなと思ったのは、あとで詳しく申し上げますが、エナジー・ウォッチという消費者の利益を保護する、消費者に代わって圧力団体としていろいろ制度の改善を求めていく団体があるのですが、これは法律でつくられた中立的な機関です。

そこが設けているサイトにいくと、まず三つぐらい簡単に入力するところがあって、まず住んでいるところの郵便番号を入れる。ガスと電力と両方買いますか、ガスだけですか、電気だけですかというかたちで選びます。それから使用量のだいたいのイメージですが、非常にたくさん電気を使う世帯か、中ぐらいか、それともあまり使わないか。この三つを入れますと、パッとリストが出てきます。

それでちょっとショックを受けたのですが、私が契約していたブリティッシュガスは一番値段が高くて、一番安いところと比べると、これは年間の平均値ですが、二百何十ポンドも違っていました。ということは、年間で4万いくらも違う。ここで賢い消費者だったら、安いほうを選択しておくべきだったのかもしれませんが、何せ当時はこの講演があることも知りませんし、ボーッと毎日を過ごしていましたので、単純に選んだ結果がこういうことになってしまったということです。

そういったかたちでブリティッシュガスを2番目に選びました。最初のところは非常に新しいマンションだったので、検針ということも何も考えず単に請求書が来るのを、またそのまま何の疑問も持たずに払っていたのですが、本当にジャーナリストというのは世間に偉そうに消費者は賢くなる必要があるとか言いながら、結局自分は一番いい加減な消費者だったり、生活者だったりします。それは置いておきまして、あまり疑問を持たずに払っていました。

イギリスの場合は、基本的にだいたい3カ月に1回の検針になっていて、3カ月に1度請求書が送られてきます。それで最初のときは新しいマンションでしたので、メーターも外にあったみたいで、電力会社の人が勝手に見て、請求して、だいたい値段もいつも同じぐらいですし、実は大して高くなかったのでほとんど考えないで払っていました。

ところが、引っ越して、次に住んだところが、日本的にいえば相当古い。イギリスでは古い住宅、200年とか300年という住宅は、別にそんなに珍しくないのですが、私が住んだところは1930年代の建築だと聞きましたので、日本でいえば築80年のすごいおんぼろですが、メーターの検針が最初の私の電力との出会いといいますか、ショックだったことです。

と申しますのも、最初に契約ということで電力会社とかガス会社に電話をするのですが、ブリティッシュガスに連絡したら、最初スタートするにあたって検針をしなければいけない。いつ伺いましょうかというので、来るといわれても忙しいので何とかなりませんかと言ったら、それなら自分で読んでください。シートを送りますので、それにメーターを読んで検針をして、メーターの値を書き込んでくれればこれでスタートオーケーですと聞きました。

わかりましたということで、そのときはそれで納得していたのですが、メーターがどこにあるかがわからない。あわてて大家さんに聞いたら、電気のメーターは、何と部屋のクロゼットの中にあって、いわゆる押入れといえば押入れです。その中をコートをかき分け、しかも低い位置にあるのでひざまずいて、電気があって蛍光灯をつけてみたら、確かにメーターがあります。しゃがみながら、暗い中で必死に数字を読みました。

一応書き込んで、じゃあ、今度はガスをどうしょうか。今度はガスのメーターもわからない。同じところにあるのかと思ったのですが、ないのです。また大家さんに連絡して、今度はガスのメーターはどこですかといったら、ガスのメーターは何とベランダにありました。ですから勝手に電力会社やガス会社の人が、私がいない間に見ることはできないので、常に立ち会わなければいけない。それは面倒くさいので自分でやろうと言ったのですが、ガスのメーターはご丁寧に白い木箱に入っていて、しかもカギまでかかっている。だれがそのカギを開けて見る値打ちがあるのかわかりませんが、カギがかかっている。そしてカギがない。ですからそれをまた電話をしました。読むのはいいけれど、カギがないからカギをどうしようと言ったら、簡単なプラスチックのものを郵送してきました。それで開けて読んで、書き込んで、ブリティッシュガスに送りました。

それで最初の請求書が来たときにとてもびっくりしたのですが、どっちがどっちだったかわからないのですが、とんでもない値段を請求されたことを記憶しています。本当に信じられない、普通にありえないような数字でした。それで問い合わせました。そうしたら、これもしばらく問い合わせでやりとりの時間がかかったのですが、最終的にわかったのは、私のミスか相手のミスかわからないのですが、ガスのメーターの数字と電気のメーターの数字の書くところが逆になっていたのか、あるいは読み取った人が逆に読み取ったのかで、全然違う数字が記載されて記録されていたわけです。

その結果、とてつもない請求があったのですが、普通日本だと、そういうことがまずそもそもありえないのですが、電話をすると、ああ、それはこちらの何かの間違いです、もう1回やりましょうとなるのですが、そこはしっかりしているイギリスのことで、絶対に取りはぐれることはしませんから、間違いだろうが何だろうか、1回載ってしまったものは、必ず取ろうとするわけです。だからこれを交渉してやらないと、今度は大家さんが訴えられるとか何とか、非常に面倒なことになって、これを解決するのに2カ月ぐらいかかったような気がします。でも何とか払わずに済みました。それが私のメーターの経験です。

これは自由化と特別関係した話ではないのですが、自由化については、特に私は何かトラブルで困ったということは、直接は体験しませんでした。しかし一番覚えているのは、毎日新聞のロンドン支局で働いていたイギリス人の助手いたのですが、普段はおとなしい彼があるときものすごい剣幕で電話をしている、もういい加減にしてくれ、こんなことはうんざりだと電話で何十分も話していました。

終わったあとにどうしたんだと聞いたら、これはブリティッシュガスだったのですが、要するに契約もしていないのに請求書が送られてきた、それが1回引っ越したあとにいままで請求書が一度も送られてきていないのに、あなたは契約していますよということで、請求書が送られてきて、これをまた払わないと訴えるだの何だのということになっているということで、大変困っていると言っていました。

結果的に彼も必死に頑張って、先ほどもちょっと紹介しましたが、エナジー・ウォッチという消費者団体にコンタクトをとりました。電力会社とかガス会社は本当にいろいろなトラブルに対してマニュアルをしっかり用意していますので、何があっても主張をしっかり続けます。一般の人間がそれに対して立ち向かって自分の権利を主張し、利益を勝ち取るには、かなりの知識と労力と精神的なタフさと、そのへんがなければいけないのですが、エナジー・ウォッチという団体は、そのへんの補佐やアドバイスをしてくれたり、場合によっては代わりに相手と紛争の解決をしてくれます。彼はここにコンタクトをし、エナジー・ウォッチにも言っているんだけれどというのを一つの圧力にしてガス会社と長い間交渉して、最終的に彼も払わなくてよかったということです。

あとで調べてみたのですが、エネルギーの自由化が行われて、これは最終的な世帯も含めた自由化ですが、最初に起きたトラブルというか、エナジー・ウォッチが受けた苦情で、最初のころは年間11万件ぐらいあったらしいのですが、そのうちのかなりの部分が、本人が認識していない、場合によっては詐欺まがいの変更でした。何が行われていたかというと、このエナジー・ウォッチによりますと、電力の自由化、ガスの自由化を受けて、こういった電力会社、ガス会社が勧誘のスペシャリストを雇い、そういったところに戸別訪問、戸別勧誘を各世帯を回って積極的にしたという時期があったということです。

あの手この手で巧みな手法、話し方を使ってあたかも旅行に当たったかのようなかたちでアンケートをさせてもらうとか、留守番の子どもに何やかやうまく話して契約を取り付けるとか、あるいはよく事情がわからないお年寄りにものすごくすばらしいリールがあるかのようなことを言って勧誘するとか、戸別訪問でなくても人が集まるようなところに行って積極的に会社の変更を勧誘するという活動が行われていたようです。

ですから先ほどお話ししました私の同僚のケースも、そういったかたちで架空の乗り換えの契約をさせられていた可能性がかなり高いと思います。ひどい場合は、向こうは印鑑はありませんのでサインを勧誘に訪れた人間が偽造したり、本当にひどい場合は、とっくに亡くなっているのに、その人が存在するかのようにしてサインまで用意して契約をしていたとか、そういったひどい事例が最初にあったようです。

それはあまりにもひどいということで、社会的にも問題になったと思うのですが、このエナジー・ウォッチなどがこういう電力会社などに強く働きかけた結果、その後は紳士協定みたいなものが業界で結ばれて、そういった行き過ぎた勧誘活動はやらないという合意が取られ、そのあとはそういったあまりにもひどい、詐欺まがいの勧誘やいい加減な、勝手な乗り換えといった事例は少なくなったと聞いています。

全体の苦情の件数も、その後下がってきてはいるようですが、エナジー・ウォッチに届けられた苦情は年間に6万件、問い合わせはもっと多いのですが、いわゆる苦情として処理されたものは昨年ベースでまだ6万件を超えているようです。ではいまそういったひどい詐欺まがいの勧誘はなくなったということで、一番多い苦情が請求書に関することだということです。

先ほど、私のガスと電気のメーターの読み違い、入れ違い、これは多少その原因がはっきりしているのですが、イギリスの場合は電気の請求の仕方が、たとえば長いこと留守をしていたり、横着して長い間メーターを読まなかったりすると、どういうことが起きるかというと、過去の使用量をもとに推計して、それで電力会社、ガス会社のほうで勝手に請求してくるのです。だからいままで3カ月平均の料金が2万円払っていた家庭であれば、だいたい2万円ぐらいを請求してくるわけです。ところがそういう推計が非常に度が外れていたり、あるいは実際とかけ離れていたり、みんな自分が得したときは苦情は絶対言いませんが、自分が損をするときに苦情を言うので電力会社が得をするようなかたちでのミスが多いかと思うのですが、そういったメーターの読みや請求書にかかわるものが非常に多いようです。

これも私自身ではなく、最近帰国した友人に聞いた話ですが、彼女がロンドンに3年半ぐらいいて、最初に回線でメーターを読みに来たのですが、そのあと一切電気の請求書が送られてこなかったということです。それでイギリスの賃貸では、ヒーター、あるいは水道の料金が込みになっている場合もあるということなので、あと忙しいということもあって請求書が来ないのだからそのまま何もしないで放っておいた。そうしたら今度帰国ということで住んでいた部屋を引き払って、そのときに最終的にまた電力会社が来て検針ということになり、そのあと突然、3年半後に初めて請求書が来て、これを見て本当に驚いたらしい。

たとえば3年分とか4年分とかたまっていたからすごい額で、かける3とか4で合計が60万とか70万とか、いっぺんに払うのは大変だというのではなくて、3桁ぐらい違っていた。これは電力会社の人でさえ、これはもう絶対何か変ですよね、メーターがおかしいですよね、これって普通の世帯ではありえない、どうみてもこの中に小さい工場があるぐらいの料金でしかありえない、何かやっているんですかみたいな感じで、この友人の場合は、本当に出張の多い人で、まず家にいないですし、とにかく電気なんて最小限しか使っていないような人間だったということで説明をして、これもありえないということですぐ解決すると思うのですが、これもまた請求書は請求書ですからということで、やはりこういうことがあるわけです。日本では本当にありえないようなトラブルが起こりうるわけです。

トラブルが多いとどういうことになるかというと、当然電力会社、ガス会社、またこういったことはほかの金融機関でもありますので、どこでも大規模なコールセンターを抱えています。それで請求書などに大きく苦情のある人はお問い合わせはこちらまでと書いてあるので、電話をします。そうするとだいたい自由化のあとサービスの競争ということでできるだけ待たないでいいようにという努力はしているようですが、最初にいきなり出てくることはまずありません。最初に自動的に録音の音声が出て、次に一番最初に出られるオペレーターは15分後ですとか、10分後ですとか、そんな長い間待っていられるわけがありませんから、また諦めて別の時間帯に電話をする。そういうことをするのですが、このコールセンター業務がかなりの電力会社、ガス会社にとっては人件費、コストになるわけです。

そこでどういうことが起きたかというと、一時期コールセンター業務をイギリスの国内から遠く離れたインドに移すという動きがかなり起きました。なぜインドかというと、人件費はイギリスのたぶん何十分の1とかかなり低いと思うのですが、英語が話せる、しかも勤勉であるということで、コールセンターの人たちを安く雇い、徹底的に英語のスコットランドなまりとか、あるいはコックニーといわれているアクセントだとか、英語のなまりは本当に全然違うのですが、そういうトレーニングもして、場合によってははやりのドラマの情報なども叩き込んで電話をかけている、苦情を言っている側はその人がインドにいるというのが絶対わからないようなかたちで自然に話せるようにして、だからインドは昼でもこんばんはと最初に電話に出ます。だからかけているほうはわからないのですが、そういうことも起きました。

ところが、コールセンター業務は安さだけでインドに移ったのですが、個人情報を売るとか、対応がどうもスムーズにいかない、電気のことやエネルギーのことを知らないということで、苦情をかける人のところに対する苦情、さらに苦情が出たということで、最近聞いた話では、大手の一つのパワジェンがインドからコールセンターを引き払って、またイギリスにコールセンター業務を全部戻すと発表したようです。

こういったいろいろなトラブルが起きたということで、エナジー・ウォッチでは毎回、毎回重要なトラブルがあるたびに、これは毎年の年次報告などでいろいろ明らかにしていますし、もし日本で自由化するのであれば、こういった機関の存在は不可欠だと思うのですが、月当たりの苦情の件数、それからどの会社がどれぐらいの苦情を占めたかというデータを毎月発表しています。だから先ほどの基調発表でもありましたように、料金だけがすべてではない、サービスもということですが、サービスではどの会社が顰蹙をかっているか、苦情が多いかというようなデータもそうやって提供されています。それらをいまさらながら日本に帰ってきてから知ったのでまた調べてみたら、それもまたブリティッシュガスが1位だったので、これも5年前にこのお話をいただいていたら、また助かったのかなと思ったりしました。

エナジー・ウォッチによると、90年代の終わりのほうから今日に至るまでの6〜7年、この間に一般の世帯、小口の需要家で一度でも会社を替わった人がどれぐらいいるかというと、まだ半数だということで、これをさっきの地図では半数というとかなり多いほうだったと思うのですが、大陸のフランスなどはもっと低かったようですが、エナジー・ウォッチとしては、これは低すぎる、半数あるというより、まだ半数しかない、残りの半数はまだ一度も替えていない。特に替えることによってメリットがあるとされる貧しい方とかお年寄りの方々にとってむしろ選択の余地が広がるにもかかわらず、そういう選択があるということを知らないがためにそのままになっていることを非常に問題にして、啓蒙活動を続けているようです。

ここまでいろいろ悲惨な例をお話ししたことで皆さんの印象は、結局エネルギーの部門を自由化すると、苦情があるし、詐欺まがいもあるし、必ずしも安くなるわけでもないし、何か全然いいことはないじゃないかと思われるかもしれないのですが、トラブルというのは、実はイギリスでは日常茶飯事です。これは電力自由化が起きたからトラブルが起きたわけでは必ずしもないと思います。ですからむしろトラブルとの付き合いが日常で、トラブルでいちいち不幸な気持ちになっていたら、生きていけないぐらい、本当にトラブルづくめです。

皆さん、イギリスというと本当にしっかりしていて、何でもモデルになって、こぎれいで、洗練されているというイメージをお持ちかと思うのですが、確かにそういう面はあるのですが、こと日常生活などに関しては電車は遅れるし、平気で線路の補修や信号機の補修などを平日の日中にやったりしますし、むしろ急がないでいいような工事でしたら連休のときにやります。そうすると通勤客は困らないからいいと思うのでしょうけれど、行楽客のことなど何も考えていない。1回止めたら、電車なんか連休中3日ぐらい1回も走らない。そういうことがしょっちゅうあります。

またこれもエネルギーや交通でもありませんが、皆さんもご存じだと思われるBBCですが、BBCは報道ではものすごく立派な報道をしていて、私も世界でトップだと尊敬しているのですが、ただロンドンにいるときにある日、テレビのBBC放送を見ていましたら、突然画面が真っ暗になってしまいました。テレビが壊れたのか、うちに何かがあったのかと思って近所に住む友人に、ちょっといまBBCをつけてよ、何か映っていると言ったら、真っ黒だと。その黒い状態が何の通知もなく、20分ぐらい続いたでしょうか。20分後ぐらいに、またしれっとすぐそのまま再開して、日本だったらもう苦情が殺到し、平謝りでしばらくは番組が三つぐらい変わってもアナウンサーが、先ほどはこのようなトラブルがございましてと、すごく深刻に謝ると思うのですが、まったくおかまいなしです。

あるいは何か緊急の事態があって、突然番組が変わり、こういう事態が起きましたので、これからは緊急に番組を変更してお伝えしますと始まるとします。これがNHKですと、終わったあと、たとえば3時50分に終わって、4時からの番組の間がなければ、何か鳥の絵か何かを映して、その間に番組調整をして、4時になるとちゃんとこの間お届けするはずだった番組は土曜日の何時にお伝えしますとか、すぐに手を打たれていて、4時から次の番組が始まるとなるのですが、その特別番組が終わると、突然ドラマであろうが、本来流れている番組の途中から始まるのです。いきなり死ぬ直前で盛り上がっているところから始まって、何のことかわからないとか、そういうことが日常茶飯事です。

だからそういう国でトラブルが起きているという話と、日本みたいに本当にJRが遅れて、これが何分の遅れで、もう本当に何べんも何べんも謝る。そういう国で苦情が起きるということはまた違いますので、自由化をするとか、新しい制度を導入するときには、やはりその国の社会の期待度とか価値観とか、そういうものが大きく影響してくるのだと思います。ですからエネルギーに限ったことではないのですが、切り離してこの国でこういうことは失敗したから、じゃあ日本に持ってきたらまた失敗するとは、必ずしもならない。あるいは成功したから日本でも成功するとも限らない。

前のプレゼンテーションのお話で、日本は本格的な自由化はまだ起きていないし、また家庭も含めた自由化はまだ決まってもいないということですが、それでもこれだけ安定して、いいサービスがあるのは、一つには潜在的な競争があるとおっしゃっていましたが、私は、一番大きいのはやはりまじめだからだと思います。それによってボーナスがもらえるとか、ほめられるとかではなくて、これは電中研さんからほめてねと言われたわけでも何でもないのですが、日本の電力会社とか、JRとか、何かあったときの復旧までの死に物狂いの頑張り度は、海外に住んでいた人間にとってみれば本当に信じられない。

たとえば私がロンドンにいるとき言われましたが、自衛隊機が落ちて、送電線が切れて停電になりました。あれが起きたのに本当に数時間後に復旧したというのはいったいどういうことなんだみたいな、あるいは東京に来て、電車が本当にパーフェクトに走る、すばらしいと見られるのですが、イギリスなどは、停電したら何日も停電しています。

本当に悲惨な例ですが、私が最初に住んでいたマンションで起きたことです。私はそのとき幸いにいなかったのですが、水漏れがしょっちゅうあります。上の階から滝のように水が降ってきて、これは誇張ではなくて本当に滝のように降ってくるのです。ですから服などもまったくだめになるのでまず保険に入らなければいけないのですが、あまりにも水漏れがひどかったので、電気も漏電の恐れがあるということで警察が来て勝手に停めてしまった。そこで、電気もない、水道もない、だからトイレの水も流せない、ヒーターもないという事態に追い込まれた。これがいつかというと、大晦日から元日にかけてでした。こんなことがあったら、日本だと本当に大騒ぎして、新聞に載りますが、まずそういうことはニュースにならない。

一度、停電のニュースを見ましたが、ちょこっと出ただけでしたが、ある地域で雪か風害か何かで停電してしまって、困っている家庭がまだ何万世帯かありますというときには、家族がみんなろうそくをつけて、暖炉の周りにいて、クリスマスみたいな感じで何か楽しそうなのです。だからトラブルと付き合うし、トラブルがあって当たり前という社会です。今回、携帯電話の番号ポータビリティ制度が始まって、最初いきなりトラブルが起きて大騒ぎして、昨日、新聞でもやたら報道した側なのであまり批判もできないのですが、何でこんなに騒ぐのか、日本にずっといた人がそういうことを言うとちょっとばかかと言われるのですが、同じようにヨーロッパにいた人間と話したときに、こんなの普通ニュースにならないよね、トラブルなんてないほうがニュースだよねという感じで言っていました。

だからトラブルということについて、たとえばこれからいろいろな新しい取り組みで自由化をするとか、制度が起きるというときには、やはり本当にいいことをやるのであれば、ある程度起きてもしょうがない。イギリスなんかは本当に長い目で見て、制度はよさそうだったら、まずやってみよう。やってみてトラブルは当然あるのだ。あって驚かない。やりながら少しずつ改良し、何十年も何百年もかけていいかたちになっていけばいいじゃないかということなのです。

ところが日本はもう一からパーフェクトにならないと、電力会社に苦情が殺到しますし、今回の孫さんのところにも大変な苦情が行っていると思うのですが、携帯電話の乗り換えが1日、2日遅れたからと怒ることではないと思うのですが、やはり日本は何事も一からきちんとしようとする。そうすると何もできないのです。サマータイムの議論にしても、何年も何十年も議論はしているのですが、牛のミルクが出る時間が狂うとか、だめな理由を挙げていけばきりがないわけです。

あまりにも最初から安全にかかわる問題や危険があるというのなら別ですが、そのへんを柔軟に、ちょっとよさそうだと思ったら、やりながらそれを改善していく。それにはやはり市民のほうもそんなに一つひとつ大事に至るようなことでないのに、目くじらを立てるエネルギーがあったら、もっとほかのほうに使うようにする。企業側も消費者の側も両方いまの世界一のレベルの完璧さに、それでいいのかということを考えながら、費用対効果を長い目で見てよくしていくという努力をするのも大事ではないかと感じます。

電力の自由化について今後専門的なご報告がたくさんあるでしょうし、本当にきちんとした、真剣な議論がなされなければいけないとは思いますけれども、まだ本格的な自由化がないのに、これだけきちんと、本当に何かがあったらすぐにトラブルが解決するし、まじめだし、雨が降ろうが風が吹こうが、本当に自己犠牲というぐらいの懸命なまじめさでやっている国が、自由化をやったら、あるいはイギリスなんか問題にならないぐらい、すばらしいスーパーモデルができる。そして、世界の鏡として、何十年後かに途上国で、日本の例というかたちで紹介されるかもしれない。だからむしろそういう機会があったときには、いっそのこと日本のまじめさと頑張りようをプラスに活かして、世界のモデルになるようなことを、リスク承知でいっぺんやってみるのも一つの考え方かなと思います。かなり無責任ですが、ジャーナリストというのは無責任なので言わせていただきました。

貴重な時間を、このような無駄な、本当にしょうもないおしゃべりで浪費させてしまったので大変申し訳ないです。ご清聴、どうもありがとうございました。


(財)電力中央研究所広報グループ