ハ-橋本治
2007年10月30日
これで橋本治がよくわかる／橋本治『これで古典がよくわかる』
私だって，この藤原定家の「梅の花の歌」に「本歌」があるなんて，知りませんでした。そんなこととは全然関係なく「なんなんだ，この歌の濃厚なわけのわかんなさは？」と思って，「そうか，これは梅の花で頭をやられた歌か」というところにたどりついたんですよ。さいわい私は，「梅の花の濃厚にエロチックな匂い」というものを知ってる人間ですから，「ばかみてー」とは思わずに，「うーん･･････，藤原定家って人はすごいな･･････」と感心したんです。べつに，古典は「教養」じゃないんです。・・・こんなことばからこの本を解題できそうなのですが，古典のような，長い長い時間の中を生き残った，いかにも権威的なものに対して，「へー」で立ち向かえるのは，やっぱり私のような凡人からみたら，それこそすごい才能だよなと感じます。前にとりあげた『上司は思いつきでものを言う』とも通じるのですが，惹句としての題名は額面どおりには受けとれないということでしょう。まあ，文法とか語彙とか武装して権威に立ち向かう窮屈さ抜きに，「へー」とか「はー」とか「ほー」とか，気軽に作品に入れたらどれだけいいのかと夢想はします。国語教師としてずっと抱いていたい夢ではあります。
私は，べつに「万巻の書を読破した」っていう人間じゃなくて，行き当たりばったりで「へー」と言って感心してるだけの人間で，こういう私の最大のとりえは，「古典を恐れない」ってことなんですね。「へー」だけで古典にはいってったっていいんです。ただ，そういうことをやる人があんまりいないってだけです。だから，古典というものが「むずかしいもの」になっちゃうんです。
さて，昨日の俵万智さんは「きぬぎぬ」なんていうことばに，詩人のこだわりを示していましたが，作家･橋本治は，「まぐわう」という言葉に，こだわってみせます。二人の資質の差？
「まぐわう」「まぐわい」という言葉を，知っている人なら知っています。これは「セックスをする」「セックスをすること」という意味です。「女へんの漢字」を使って「媾う」と書くと，いかにもそれらしく見えますが，でも「まぐわう」の漢字は，本当は「目合う」なんです。なんだか拍子抜けするようなそっけなさですが，「まぐわう」の本当の意味は，この文字どおり，「視線を合わせる」だったんです。「男と女の目と目が合ったら，これはもうセックスしたのと同じ」というのが，その昔の常識でした。どうしてかと言ったら，「女は家の中にいて，絶対に男に顔を見せない」という社会常識があったからですね。以前，宇能鴻一郎『視姦−ジェームス･ジョイス風に』という小説をなぜだか読んだことがあり，それを思い出しながら『源氏物語』を授業でやってしまったものだから，柏木の女三宮への覗きの場面を，宇能先生風に語っていたら，真面目な女の子二人が，濃厚な刺激に耐え切れなかったのか，授業中にスル，スルッと保健室に立ってしまうという事件がありました。私の教員生活の中で五指に入る授業です。（反省してるどころじゃねー）
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2007年09月28日
新書ブーム時代の「趣味本」／橋本治『上司は思いつきでものを言う』
ずいぶん手のこんだ「趣味本」だ。決して「実用本」「学術書」ではない。ある意味「文学書」かもしれない。随分話題になった本だったなと思い出しながら，BOOK OFFの105円コーナーで購入した。「おれは何て本を買っちゃったんだ！」と烈しく後悔している者（最後まで読みきらなかった大勢，または，橋本治がどんな人なのかを全く知らなかった人たちを含む）はきっと読者の５割は超えたんだろうと思う。国語国文学科出身の私は，橋本治がこんな題名で何を書いているんだろう・・・と訝しげに読み進めるわけだから，微妙な本編を予め想像しながら読み進められたのだが，しかし，そんな私にとっても中盤は結構辛かった。その理由は二つある。一つ目は，この本が新書であるということ。既存の新書らしさを追いかけていく−つまり，その感覚は「どうして橋本治がこんな本を書くんだろう?!」とい違和感と背中合わせになる−と，どうしても「新書らしくない感じ」が気になって集中しずらかった。二つ目は，この本の題名が『上司は思いつきでものを言う』であること。それでいて，その話題はせいぜい前半のテーマであり，後半は論点がどんどんずれていった。実は，「はじめに」の部分に，その弁明らしき言葉が書いてある。こんなふうに，この題名に落ち着いた経緯を長々と書き綴らねばならなかったのは，文学者・橋本治の，ただ売れるためだけに最善の題名を考える風潮に対するごくささやかな抵抗だったのだろうし，心ある読者へのサイン−「本当はそんな本じゃないんだよ，変に誤解して気まずくなりそうなら買わないで」−だったのかもしれないが，まあ，相当伝わりにくいメッセージではあった。文面には登場しないが，編集者の意向のようなものが強く介在しているのではないだろうか。まあ，いずれにせよ，この本が，新書として，こんな題名で出版されるという現実だけは学習しておくことにしよう。
ただし，この本そのもの，こういう人を食ったような趣向は大好きである。前半，長々と「上司は思いつきでものを言う」メカニズムが，とぼけた具体例と執拗なほどの根拠をもって解き明かされていく。「実用書」を期待して読み始めた人の苛々ぶりを想像して，むしろ妙に愉しみながら読み進める。そして，思いつき上司への対策として「まず，あきれましょう。」という戦略が新書風の文体で書かれるおもしろさも痛快だ。最近橋本治は，『「わからない」という方法』以外トンとご無沙汰で最近の傾向などよくわかっていなかったのだが，こんな，別役実の系譜にでも位置付けらたいような作品ならもっと読んでみたい。
上司は思いつきでものを言う (集英社新書)
あなたは，上司の責任を問いません。ただ，「オレの提案に耳を傾けてくれ」だけです。ところが，あなたの上司にとって，あなたの提案に耳を傾けることは，そのまま「今までの自分達の無能と怠慢を直視する」につながることなのです。だから，耳を傾けたくはないのです。
ただし，この本そのもの，こういう人を食ったような趣向は大好きである。前半，長々と「上司は思いつきでものを言う」メカニズムが，とぼけた具体例と執拗なほどの根拠をもって解き明かされていく。「実用書」を期待して読み始めた人の苛々ぶりを想像して，むしろ妙に愉しみながら読み進める。そして，思いつき上司への対策として「まず，あきれましょう。」という戦略が新書風の文体で書かれるおもしろさも痛快だ。最近橋本治は，『「わからない」という方法』以外トンとご無沙汰で最近の傾向などよくわかっていなかったのだが，こんな，別役実の系譜にでも位置付けらたいような作品ならもっと読んでみたい。