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苦労しないでお金がわいてくる「打ち出の小づち」など、現実にはあるわけがない。しかし、福田政権の財政運営を見ると、おとぎ話を信じているのではないかと思いたくなる。
政府は中期の財政見通しを示した。それによると、11年度までの5年間で14.3兆円という大幅な歳出削減を前提にしても、なお、借金の利払い費以外の歳出を税収で賄う基礎的財政収支は3.9兆円の赤字になるという。
1月に公表した試算では、同じ前提で約7千億円の赤字とみていた。しかし、原油や食糧の高騰などによる景気の減速で税収を下方修正した結果、赤字幅が膨らんだ。11年度に基礎的財政収支を黒字化する目標は、これで増税なしには達成が難しくなった。
だが、福田内閣がこの難問にどう取り組むのか、さっぱり見えてこない。取り組みの第一歩となるのが来年度予算だ。その骨格となる概算要求基準を29日に閣議了解するが、そこで決めようとする歳出削減のペースは従来とさして変わらないのだ。あれだけ国民的な議論になった道路特定財源の一般財源化でも、一体どれだけを振り向けるのか、一向に示していない。
なかでも最大の問題は、基礎年金の財源である。現在は財源の3分の1を国庫で負担しているのを、来年度から2分の1へと引き上げることになっている。これには2.3兆円が必要になるが、それをどうやって調達するかの議論さえ始めていない。
もしこれを歳出削減で生み出すのなら、従来ペースの削減ではまったく追いつかない。概算要求基準を大幅に減額したうえで、来年度の予算づくりを始める必要がある。だが、その可能性はなさそうだ。
では増税で調達するのかといえば、福田首相はそうした方向も示していない。政府や自民党で税制改正の論議が始まったが、首相の大方針が出されていないため開店休業になりそうだ。
かくて、予算の大枠を左右する方針が定まらないまま、来年度の予算編成が始まろうとしている。
なぜこんなことになっているのか。総選挙である。来年9月の衆院の任期満了までには必ず総選挙がある。増税を掲げたら選挙を戦えない。予算の大幅削減も、組織票を失うから打ち出せない。首相をはじめとして与党はそう考えているのだろう。
しかし増税に口をつぐんでおいて、選挙が終わったら増税を持ち出すなどということが許されるはずがない。予算削減にしても同じことだ。
参院選も考えれば、2年に1度ぐらいは選挙がある。それを避けては通れない。財政運営の基本方針を選挙で国民へ率直に訴えて支持を得る以外に、打開する道はないのだ。その覚悟を福田首相は見せてほしい。
インドは10年前、核の拡散を恐れる国際社会の心配を無視して核実験を強行した。公然と核保有を宣言したこの国に、平和目的なら話は別だと、米国が原子力発電の技術や核燃料を提供する。そんな米印原子力協定が実現に向けて動き出す。
経済の急成長が続くインドでは、電力不足が深刻だ。それを原発で打開したい。そうしたインドの要請に米国が応じ、06年に基本合意した。
米国にとっては、原子力ビジネスの機会を広げるとともに、大国インドを引きつけておきたいという政治的、経済的な思惑があるのだろう。
ただ、その後、インド側で反米色の強い小政党など連立与党の一部に反対論が噴き出し、足踏みしていた。それが今週、マンモハン・シン首相は連立の組み替えという荒療治で国会の信任投票を乗り切り、環境を整えた。残り半年となったブッシュ政権との間で実現しようと急いだようだ。
しかし、これではインドの核保有をそのまま容認することになってしまう。核不拡散条約(NPT)や核実験の禁止条約などに背を向けてきたインドを、誠実に不拡散の義務を果たしているNPT加盟国と同等に扱うわけにはいかない。
NPT未加盟国には、原子力の平和利用のための支援はしない。それがNPTの基本的な了解事項だ。米国もこれまではその原則を守ってきた。
インドを例外扱いとすることについて、ブッシュ政権はインドが民主国家であり、他国に核技術を売り渡す恐れがないなどと説明している。インドの戦略的な重要性はその通りだ。だが、だからといって、ただでさえ揺らいでいるNPT体制にさらに大きな風穴をあけていいはずがない。
この例外を認めれば、パキスタンも同様の扱いを求めて来るに違いない。NPTから脱退したと主張する北朝鮮が核実験を強行し、イランは国連制裁を受けながらウラン濃縮に突き進む。こうした国々の行動を止めようと懸命に努力している国際社会の取り組みに冷や水を浴びせるものだ。
シン首相は国会への声明で、協定は将来の核実験を妨げないとの見解を示した。そうだとすれば、協定は核実験の再開にすら歯止めをかけていないことになる。核兵器をこれ以上増やさないという約束もない。
インドがどうしても原子力による発電を追求したいというのなら、核兵器を手放す決断をすべきだ。
協定は今後、日本など45カ国が加わる原子力供給国グループで論議される。全会一致で認められなければ、実際に機能しない仕組みだ。欧州の一部がすでに反対の姿勢を見せている。日本政府もあいまいな態度は捨て、明確な反対を表明してもらいたい。