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平穏装ったサミット

2008年7月23日

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 洞爺湖サミットは、大きな騒ぎも決定もなく平穏に終わった。外国人は会場をバブルと不良債権の象徴と知らず、豊かで平穏な日本の迎賓館は贅沢(ぜいたく)なものだと思っただろう。福田首相も満足そうだった。だが第3次石油危機初期のサミットとしては平穏過ぎた。

 「インフレが頭をもたげている。石油価格の上昇で経済政策は行き詰まっているので、我々は共通の戦略で合意した」。第2次石油危機初期、1979年の東京サミットはこう宣言し、石油輸入量抑制の目標を定め、日本は日量630万〜690万バレルに抑える約束をした。数値目標のない今回とは大違いだ。

 ジスカールデスタン、シュミット、カーター、サッチャーらの時代は、集まったら決断をする気迫があった。大平首相が「大胆で具体的な政策で合意しなければ失敗と見なされた」と述べたように、日本は攻められ徹夜の作業で数字を詰めた。

 今はもっとグローバル化が進み、地球温暖化危機の上に、石油危機、食糧危機、金融危機からインフレと不況がやってくる未曽有の複合危機だ。サミット直後にアメリカの金融破綻(はたん)がまた起こり、危機は深刻さを増した。サミットはつかの間の平穏を装っただけだ。

 どの国でも人々は街頭に出て危機を叫んでいる。だが、日本では人々が集まり白煙があがっても、デモではなく携帯新製品のイベントとのんびりしたものだった。漁業の1日ストも、世界から見ればまだおとなしい。

 日本ではブログと凶悪事件で個人的な不満が噴出するが、社会的に危機を叫ぶ姿が少ない。危機の中で平穏を装う日本。洞爺湖サミットはその日本の姿が正直に反映されたのではないか。(曙光)

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