社長の横暴③
テーマ:仕事2008年6月20日(金)の夜、帰宅途中の僕に電話がかかってきました。
「もしもし、T(Pプレス社長)ですが、ちょっと、お時間いいですか?」
ここは新宿駅の雑踏の中です。
「今、外にいるんですけど、少しならいいですよ。」
Tが早速、話し始めました。
「今日の件なんですけど、政権交代さんはY課長のこと、どう思いますか?」
下手に僕の意見をぶつけるより、黙ってTが何をしようとしているのかを聞いた方が良いなと思いました。
「私だってY課長には頑張って欲しいとは思っているんですよ。でも、前から感じていたんですけど、このごろY課長の暴走がヒドイんです。だって私の言うことを全然、聞いてくれないし…。」
しおらしそうに話していますが、要するに、「私は正しい。悪いのはY課長だ」ということです。
「このままだと、もはやY課長は
【降格】
させるしかなくなっちゃいますよ。」
(おいおい、「降格」って…。)
以前にも書きましたが、Y課長は取次(本の問屋)に「営業責任者」として名前を届けられています。
もしもY課長が、例えば「係長」に「降格」されたりしたら、取引先はどう思うでしょうか。
「Yさんが、何かしでかしたのだろう」と考えるでしょう。
そんなことになったら、これまでPプレス独立に向けて必死で頑張ってきたY課長の立場がありません。
会社にとっても大きな「マイナス」です。
この人は、社長でありながら、そんなこともわからないのでしょうか。
僕は、これ以上、話したくなかったので、「すみません。ちょっと周りがうるさくて落ち着いて話ができないんで、続きは来週にしましょう」と言って、電話を切りました。
僕は直ちにY課長に電話をして、たった今、Tが話していたことを伝えました。
「ふ~ん…。そんな風に言ってたんだ…。」
Y課長は言葉少なでしたが、いろいろ考えをめぐらしているように思われました。
週が明けて、23日(月)の朝、Nさん(経理)は『退職願』をTに提出しました。
それを受け取ったTは、表情ひとつ変えず、「なるほど、そう来ましたか。やっぱりね」と言いました。
(無理矢理、辞めさせる方へと仕向けたくせに、何を言ってやがる。)
普通は、取締役の紹介で入社した、一人しかいない「経理」が、「辞めたい」という意思を示してきたら、まずは「慰留」するものではないでしょうか。
最初から辞めさせるつもりだったのは明白です。
しかも、その理由が、「彼女は私の前で、いつもつまらなそうな顔をする」といった、極めて幼稚で、感情的なものなのです。
「仕事のミスうんぬん」は、後からくっ付けられた「屁理屈」に過ぎません。
Tが気に入らない社員を滅茶苦茶な理由で辞めさせたのは、実は今回が初めてではないのです。
今年の4月に、
【即日解雇】
された編集部員(女性)がいます。
僕もY課長も、入社前だったので、直接その人と話したことはありません。
けれども、Pプレスには頻繁に出入りしていたので、彼女の顔はよく知っていました。
ある時、打ち合わせでPプレスに行くと、お茶を出しにきたその編集部員を突然、Tが叱り付けました。
呆気にとられた僕とY課長を見て、Tは言いました。
「今の言い方を『キツイ』と感じたかも知れませんが、口で言ってもわからない人にはこうするしかないんですよ。」
それからTは、ヒドイ調子で彼女のことを罵り始めました。
いわく、「彼女は社会人失格である」、「アルバイト以下だ」、「だから、試用期間のやり直しを命じました」等々。
狭い社内に、当の本人がいるのにも関わらず。
さらに、ご丁寧にも『組織図』を取り出して説明を始めました。
その図には、いちばん上にTの名前があり、そこから入社した順に編集部員の名前が書かれています。
そして、紙を横切るように点線が引かれていて、その下に件の編集部員の名前。
彼女の名前の横には、「バイト以下」と記されていました。
「この点線の意味は何かと言うと、『社会人合格ライン』ということです。」
Tが得意げに説明を続ける横で、僕とY課長は眉をひそめて顔を見合わせました。
(これは、何とか言わないと。)
「あの、お話中すみませんが、本人が向こうにいるんですよ」僕が切り出しました。
続けてY課長が「僕だったら、自分がいるところで社長がこんなに自分の悪口を言ってたら耐えられません!」
Tは、ちょっと驚いた表情をしましたが、「わかりました。本人がいる所で話さなければいいんですね」と言って、この話は終わりました。
しかし結局、彼女は「即日解雇」されてしまったのです。
その編集部員が辞めさせられた後、僕とY課長は、Tから一枚の紙切れを見せられました。
表題は『顛末書』となっており、10~20行に渡って、「○月○日、私はお客様に出したお茶を片付けませんでした」、「試用期間中に読めと言われていた『××』という本を読んでいませんでした」、「郵便物を取りに行きませんでした」といったようなことがワープロで打たれています。
最後に、「上記のように私は貴社に対して多大なご迷惑をお掛け致しました事を心よりお詫び申し上げます」の一文と、本人による署名、捺印がありました。
(何だ、これは?)
「これを読んで、お二人はどう思われますか?」Tが言いました。
「私だって、『即日解雇』なんて、したくありませんよ。だけど、これだけのことをしておきながら、本人には何の反省も自覚もないんです。いくら口で言ってもわからない。だから、仕方なかったんですよ!」
我々は「絶句」しました。
「即日解雇」というのは、世間の常識では、例えば「会社のカネを使い込んだ」とか「長期に渡って無断欠勤をした」という時に行なわれるものではないのでしょうか。
「出したお茶を片付けなかった」って…。
おまけに、「私だって、やりたくてやった訳じゃない」、「仕方なかった」とは…。
もっとスゴイのは、その次のセリフです。
「でも、大丈夫です。ちゃんと『解雇予告手当』を30日分支払っていますから。それに、彼女は自分の落ち度をこうして認めていますから。」
つまり、『顛末書』に署名・捺印があるから、仮に訴えられても安心だと…。
(なんてタチの悪い!)
そうは思ったものの、その時点では、我々は「部外者」だったので、どうしようもなかったのです。
(Tのやり方はヒドイけれども、その編集部員にも、何か悪い点があったのかも知れないしなあ…。)
今にして思うと、あの時、あんな風に考えてしまったのが間違いだったのかも知れません。
もっと早い段階で、Tのやり方に対して猛烈に抗議をしていれば、こんな会社に入ることはなかったかも。
あるいは、ここまでこじれることはなかったかも知れません。
今さら後悔しても仕方のないことですが。
とにかく、その編集部員のことについては、我々もよく知らなかったので何も言えませんでしたが、Nさんに対する一連の仕打ちによって、「Tが自分の気まぐれで社員をポンポン辞めさせている」という実態が明らかになったのです。
「今度こそは、きちんと闘わなければ…。」
僕とY課長は決意しました。
~つづく~