中国南部の都市、昆明で路線バスの連続爆破事件が起きた。時限装置を使った計画的な犯行らしい。
8月8日の五輪開幕が迫り、中国の警備力は北京に集中している。そのすきをついたテロではないか。昆明のある雲南省には五輪の訓練基地があり、日本人選手もいる。五輪妨害だろうか。
中国ではバス爆破事件はときどき起きる。個人的な恨みが主な動機だ。今回が五輪がらみのテロかどうか、速断はできない。
だが事件が社会に与えた影響は大きい。中国の地方都市で大規模な騒乱や暴動が急に増え、社会不安が高まっているからだ。
北京五輪はこれまで「立ち上がった中国」を象徴する歴史的な金字塔になるだろうと信じられていた。
チベットの暴動や人権問題で西欧諸国からの批判もあったが、胡錦濤主席など指導部は、聖火リレーの防衛を呼びかけて愛国心を高揚させることによって国民の求心力を高めた。
だが、地方では暴動が続いている。高度成長によって貧富の格差が広がり、物価高が貧者の生活を直撃している。世界一の外貨準備だが、人民元が高くなり輸出が減速し、労働者の解雇が増え全国的に労働紛争が急増した。
暴動の原因はそれだけではない。過去30年に及ぶ市場経済化のもたらした暗部が表面化してきた。暴力団と共産党幹部の癒着による暗黒支配によって共産党の統治機構が空洞化しているという現実である。
中国は「社会主義市場経済」という「中国の特色ある」方法を採用した。共産党の絶対権力のもとで国有資産を私有化した。改革開放政策の美名の裏で、党の末端幹部と悪徳企業家が結託して権益を独占した。
さらに公安局(警察)と暴力団が癒着して民衆を恫喝(どうかつ)し、党幹部と悪徳企業家の権益を守る恐怖支配が出現した。中国のメディアは「黒悪勢力」と呼んでいる。
典型的な例は、6月末に貴州省甕安(おうあん)で起きた暴動である。人口四十数万人の一地方で、2万とも10万ともいわれる民衆が地元の公安局、役所、共産党委員会ビルを包囲し焼き打ちした。
女子中学生の不審死の処理をめぐる住民と警察の対立が大暴動に発展した。「黒悪勢力」の恐怖支配に苦しんできた民衆の忍耐が限界に達したと、共産党指導部も認めた。
6月だけで貴州を含め万単位の規模の大暴動が4件起きている。5000人以上の暴動は56件になる。
民衆の攻撃目標は、党・政府機関や公安局だ。一党独裁統治の末端が壊死(えし)しているのである。
五輪中は愛国運動で抑えたとしても、その後の社会不安は抑えられない。中国指導部は、全国に根を張った無数の既得権益集団を解体し、民衆の信頼を回復するしか道はない。
毎日新聞 2008年7月23日 東京朝刊