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社説

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厳戒の中国―五輪が映す課題の深刻さ

 北京五輪の開幕が近づく中で、中国南西部にある雲南省の省都昆明で2台の路線バスが爆破され、乗客2人が死亡した。中国当局は「人為的な破壊事件」としているが、背景は不明だ。五輪妨害を狙ったテロとの不安もよぎる。解明を急いでほしい。

 事件前から、北京では警戒態勢がいちだんと強化されていた。空港はもちろん、鉄道や地下鉄の駅などでも厳しく持ち物検査をしている。少数民族や宗教、民主化などに関連したデモやテロを封じ込めようということだろう。

 新疆ウイグル自治区政府は今月、中国からの分離独立をめざすウイグル民族の武装グループを摘発し、その際に5人を射殺したと発表したばかりだ。

 各地で騒乱が続いている。強制立ち退きや少女死亡事件などきっかけは様々だが、役人への不信が底流にある場合が多い。特に警察への不満は大きい。失望した住民たちは北京に「直訴」に向かうため、各地の警察はこうした動きにも神経をとがらせる。

 警備だけではない。

 大気汚染や交通渋滞への対策も次々に打ち出された。周辺にある工場の操業停止、排ガス基準を満たさない車両の締め出し、ナンバープレートの奇数と偶数で分ける通行制限など、枚挙にいとまがない。

 報道も統制される。五輪競技の模様は全世界に中継されるが、驚いたことに中国国内に限って、映像は10秒遅れで放映されるという。中国当局への批判や騒動など、国民に見せたくない場面が出てきたら、放映を止めたり、画面を切り替えたりするためだ。

 五輪では前代未聞の措置である。いくら何でもこれでは、中国の特殊性が世界に印象づけられることになる。あくまで「全世界同時中継」でいくべきだろう。

 五輪を国威発揚の舞台と位置づけ、何としても無事に成功させたいという中国政府や多くの国民の気持ちは理解できる。そのために必要な対策を講じるのは当然のことだし、選手や観客の安全と健康を守るのは中国政府の義務でもある。

 だが、五輪対策として当局が懸命に対応しようとしている問題の多くは、今の中国が抱える課題の深刻さをそのまま映し出している。少数民族、汚職、治安、民主化、環境、自由……。五輪の開催期間をしのげれば終わりということではあり得ない。

 五輪開催を経て、中国社会が次の発展段階に進むには、どれも乗り越えていかねばならない課題ばかりなのだ。中国の人々自らがそれを痛感しているに違いない。

 テロなどのない、平和で楽しい五輪であってほしいと思う。同時に、中国の真価が試されるのは、五輪後であることを忘れてほしくない。

雇用のあり方―働きがいがあってこそ

 過酷な労働者の姿を描いた80年近く前の小説「蟹工船」に、若者たちが共感を寄せる。ネットカフェへ足を運べば、アパートを借りる金すらない人たちが相変わらず夜を過ごしている。30〜40代のフリーターも増えてきた。

 そうした現実を政府も無視できなくなったということだろう。

 厚生労働省が今年の労働経済白書で、仕事に対する働く人たちの満足度が下がってきている、というデータを大きく取り上げた。

 仕事にやりがいを感じられない。収入や雇用の安定といった面で不満がある。そんな働き手が増えることは、本人はもちろん、企業にとってもいいことではない。労働者のやる気がそがれれば、仕事の生産性も上がるまい。

 働く人の満足度は、なぜ下がってしまったのか。

 白書が指摘した背景の一つが、正社員の数を絞り込む代わりに、派遣やパートなどの非正社員を企業が大幅に増やしてきたことだ。

 バブルの崩壊で経営が苦しくなった企業は、90年代に正社員を非正社員に切り替えることで人件費を抑え込んだ。規制緩和の流れのなかで、90年代後半からは労働者派遣法の改正も相次いで、派遣で働ける職種が一気に広がった。

 リストラや倒産が相次いだ時代には企業も生き残りを最優先に考えただろうし、「職場さえあるならば」との思いが働き手の側にもあっただろう。

 しかし、いったんできてしまった「正社員から非正社員へ」という流れは、景気が上向いてからも止まらなかった。学校を卒業する時に正社員になれなかった若者の多くは、年齢を重ねても非正社員のままだ。

 派遣やパートには、正社員と違って、いつ仕事を打ち切られるかわからないといった不安がつきまとう。まともに生活できない低賃金も珍しくない。

 雇用行政は明らかに転換期を迎えている。政府もやっと、いまの働き方の見直しに本腰を入れ始めた。批判の強い日雇い派遣を含め、派遣労働のあり方をどうするかが議論の焦点になっている。

 しかし、問題は日雇い派遣だけではない。あまりにもふくらみすぎた非正社員をどうすれば正社員に変えていけるのか。一方で、非正社員の賃金や待遇を引き上げて正社員に近づけるには、どうすべきなのか。

 労使の間で意見がぶつかる点も多いが、そうした難しい問題にいまこそ正面から向き合わなければならない。

 一人ひとりが働きがいを感じられ、安心して仕事をすることができる。それが長い目で見て、企業経営にも資する。そうした雇用のあり方をめざしたい。

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