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助産師の権限拡大どうなる!?(下)

 「医師の過重労働の軽減」のために、厚生労働省が助産師の権限をねらっているとの指摘がある。これに対し、医療崩壊が進み、制度の不備が目立つ現在の産科医療の現場で、教育が不十分な助産師の権限を単純に拡大してしまうことに対する懸念が広がる。「助産師が被害者にも加害者にもなる。しかし、一番の被害者は妊産婦だ」―。産科医療の危機を打開していくためには、どういうプロセスが必要なのだろうか。(熊田梨恵)

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■崩壊の中で、妊産婦死亡率の低下を達成

 国立成育医療センターの周産期診療部産科の久保隆彦医長は、まずは正しい現状認識の上で制度を考えるべきとして、次のように訴える。
 「一般的にお産は『安心、安全』と信じられているが、決してそうではない。リスクがある中で、医療者の努力によって保たれている現状を国民も行政も理解してほしい」

 自宅や助産所での分娩数が、病院や診療所での分娩数を上回った1960年代以降に妊産婦死亡率や新生児死亡数が激減する一方で、高齢出産の傾向や医療の高度化、不妊治療の増加などからハイリスク出産、新生児は増えている。しかし、こうした状況下でも、生命に危険があると判断される重篤な状態に陥った妊産婦は、実際の死亡者数の70倍 以上存在し、出産約250件に1件の割合に上ったことが、久保氏らが06年に日本産科婦人科学会で行った調査によってわかっている。「この250人に1人というリスクは、世界の平均妊産婦死亡率(2000年、UNICEF)と同様の数字。妊娠・分娩が本来持つ高い危険性といえる。医療者の努力などによって妊産婦死亡を70分の1にまで減らしているという結果で、日本の医療が優秀な水準を保っているのが現状だ」と久保氏は語る。


■大野事件と内診通知が産科崩壊のトリガー

 さらに、医師不足や勤務医の過重労働が指摘される中、二つの出来事が産科医療崩壊の引き金を引いた。一つは、06年に当時の産婦人科医が業務上過失致死などの罪に問われて逮捕・起訴された「福島県立大野病院事件」事件。もう一つが、看護師の内診問題をめぐり、07年4月に医政局が都道府県などに出した、「看護師は内診を含む分娩の進行管理をできない」とする内容の通知だ。久保氏は「内診問題と大野事件は多くの産婦人科医にダメージを与え、廃業する開業医も数多く出てきた。日本の産科医療が崩壊した最大の原因」と指摘する。

 また、ビジョンの底流となる現在の政策が、助産所を増やす方向であることにも懸念を示す。日本では、助産所から連携医療機関への妊婦の紹介率は1割以下だが、助産所分娩が盛んなオランダでは5−7割と高い。「助産所はただ嘱託医を決めるだけでなく、助産師は医師の目の届く範囲で正常分娩を取扱うべき。海外では助産師がリスクを事前に察知し、医療機関で分娩できる体制を整備していることを参考にすべき。看護師も分娩管理に参加し、内診ができる体制にする必要がある」と、一定の条件を満たした助産所に対する認定制などを早急に進めるべきと提案する。

 久保氏はさらに、こうした状況下で助産師の権限が単純に拡大されることに懸念を示す。「助産師が加害者にも被害者にもなってしまう。特に、緊急医療ができない助産所での妊娠・分娩における母児の危険性は日本産婦人科医会の全国調査でも浮き彫りになっており、周産期領域では周知の事実。しかし、一番の被害者は妊産婦。現場に合ったプロセスで制度改善を進めてほしい」として、医師による管理・指導下での助産師と看護師の活用や連携を求める。


■「助産師は正常産扱える」

 ただ、こうした医師の管理下でのチーム医療体制に疑問の声もある。日本助産師会の加藤尚美専務理事は、「何でも医師に報告すればリスクを回避できるという考えになってはならない。本来正常産は、助産師が扱えるもの。医師や助産師、看護師という職能での住み分けが重要で、助産師は1%あるとされる妊産婦の異常を見分け、その場合に医師と連携できる能力を持つことが必要」と指摘。妊産婦に異常な状態がある場合などの職種間での連携は重要だが、対等なチーム医療の在り方にすべきと主張する。
 その上で、「助産師が一人前になるまでに1年は必要なので、助産師自身が自立し、卒後教育を充実させることが必要」と話す。

 加藤氏は、現在の4年制の大学教育の中で助産師コースを履修するだけでは実地経験も不十分であり、経験が未熟な助産師のための院内教育を充実すべきとした。これらをクリアした上で、「助産師に責任や権限をもっと持たせるべき。そうすれば助産師自身が主体性を持ち、本来の楽しみを見出して働くことができる」と述べ、教育などを徹底させた上での、院内助産所や助産師外来の充実を求めた。

 加藤氏は、「すべてのお産が医師から見たらリスクであるというのは、医学的に見ればそうかもしれない。しかし、子どもを産むという機能を備えている女性の体の本質論から考えたらどうなのか。『自然』を大事にする助産師と、医師の間の溝はなかなか埋まらない。医師は助産師や看護師をコントロールしたがるが、『お産に誰がどう付き添うか』ということが大事では」と、苦言を呈した。


■「せめて助産師としての楽しみを」

 山口病院の助産師の渡辺小百合さんは助産師の権限拡大について、「このまま産婦人科医が足りないから助産師だけで正常産を扱えと言われても、助産師たちも怖くてできないだろう。それよりも人手不足を解消してほしい」と話す。その上で、「お産はコントロールできるものではないから、忙しい時と余裕のある時がある。今の状態が楽になることはないと思うが、せめて助産師としての楽しみを見出せるまで、働けるような環境を整えてほしい」と語った。

 一方、山口暁院長は次のように訴える。
 「まずは灰色の形で決着している看護師の内診の是非をきちんと認めてもらう方が、現場にとってはありがたい。そのせいで廃業する産科施設も出ている。もちろん助産師不足の解消も必要。助産師の権限を拡大してもらってもかまわないが、現状では十分なサポートや社会的な合意がなければ助産師自身が、助産師だけで正常分娩を取り扱うことをやりたがらないだろうと思うし、安易に産科医療の危機のツケを助産師に押し付けてほしくない」と語った。さらに、「そもそも助産師は、妊娠からお産、お産後までの妊婦さんの行方を見守る専門家であるはずで、内診ばかりが仕事ではないのだから現場をきちんと見てほしい」


■いかに「実現可能」にするのか

 医師の労働環境の改善のため、助産師や看護師の活用を提案する「ビジョン」の方向性自体は間違ってはいないとの声は多い。しかし、「医師の過重労働の軽減」を隠れ蓑に、厚労官僚が助産師の権限の拡大を目論んでいるとの見方もある。そして、プロセスを間違えれば、産科医療の崩壊に拍車が掛かる。

 厚労相は今回の「ビジョン」具体化のための検討委員会のメンバーを独自に選定した。その中に産婦人科医は2人いるが、助産師や看護師の姿はない。先週始まった検討会は、8月末までに5回程度開催し、具体的な内容を盛り込んだ報告書を取りまとめ、来年度予算に反映されて、実現に向かう。厚労相と官僚、現場のさまざまな思いが交錯する中、パワーゲームに終始せずに現場に沿った制度にしていくことが求められる。ビジョンの「手段」を実現可能なものできるのか、厚生労働行政の意思決定にかかわる人たちの手腕が問われている。


更新:2008/07/22 15:45   キャリアブレイン


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