東京・秋葉原の17人殺傷事件で、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)は警察の調べに「(7人の)亡くなった人に申し訳ない」「現実でもネットでも孤独だった」と供述しているという。無差別に通行人を襲った心境は理解できない。しかし、取材を通じて、どこにでもいるまじめで内向的な、私(29歳)と同じ世代の青年と感じている。
「秋葉原で多数の人が刺された」。6月8日昼過ぎ、会社からの連絡を受け、現場に駆けつけた。交差点に広がる血痕を見ながら取材を進め、ある女性から逮捕時の加藤容疑者の写真を手に入れることができた。白いジャケット姿の少し老けた気弱そうな男で、凶行とのギャップに驚いた。
どんな男なのかを知ろうと、直前まで勤めていた静岡県裾野市の関東自動車工業東富士工場を訪ねた。周囲は田園風景が広がり、富士山も見渡せる。派遣社員の加藤容疑者は、車の塗装面の汚れの有無を8時間、肉眼でチェックし続ける仕事をしていた。過酷な労働だが、月給は家賃を引けば15万円に満たない。約8キロ離れた会社の借り上げアパートで1人暮らしだった。
昨年11月から加藤容疑者と同じグループで働いていた男性に話を聞けた。「おとなしいけど仕事熱心でしたよ」。寡黙だが冗談も言うし、酒も飲む普通の青年だったという。「僕と彼は車が好きだった。居酒屋で車の話で盛り上がった。彼はアニメ好きで、携帯電話の待ち受け画面のキャラクターを見せてうれしそうだった」。同社幹部も「無断欠勤はゼロ。仕事のミスもほとんどなく評価も『中の上』と聞いている」と語った。
現実の世界をそつなく生きる一方、携帯サイトには日ごろの悩みや孤立感を切々と訴えた。「不細工」「彼女ができない」「一人」……など自分を卑下する言葉が目立つ。高校まで過ごした青森市の実家の両親はかなり教育熱心だったようだ。サイトにも「親に無理やり勉強させられてたから勉強は完璧(かんぺき)」と書き込んでいる。
だが、進学校の青森高校では成績は振るわず、大学進学をあきらめ、岐阜県の短大に進む。卒業後は派遣社員として各地を転々。トヨタの契約社員を目指したが不採用だった。サイトにも「8年、負けっぱなしの人生」「勝ち組はみんな死んでしまえ」との記述がある。幼少のころ繰り返し植えつけられた「良い大学に入り、良い会社に入る」を果たせない自分を「負け組」と位置づけた。
そんな気持ちは理解できる。私も小学校のころから塾をかけ持ちするなど、両親ともに教育熱心な家庭で育った。子供のころは「勉強ができれば人生はうまくいく」と教えられてきた。高校で勉強漬けの日々を送り、友人もなく「暗いやつ」などと陰口もたたかれた。
それでも親の言葉を信じ、1浪したが早稲田大学に入学した。「負け組」「勝ち組」というくくりで言えば、「勝ち組」となるのだろうか。しかし、大学では、バブル崩壊後の就職氷河期に直面。学歴主義から能力主義に世の中も変わり、就職活動では30社受け、内定を取れたのは毎日新聞だけだった。
景気も低迷し能力主義がはびこる中、「勝ち」「負け」なんて、いつひっくり返るか分からない。明日も見えない時代に固定化した価値観に縛られていたら楽しくないし、前向きに生きることもできないだろう。私たちの世代には実はいまだに、加藤容疑者のように固定化した価値観に縛られて生きている人たちは多い。呪縛から解き放たれるため、「いろいろな価値観や職業、分野で生きる人々と本音で付き合ってみる」ことが必要ではないか。
私の体験を紹介しよう。今年4月、埼玉県で知的障害のある子どもたち約20人と一緒に遊ぶボランティアに参加した。普通に学校に入学し普通に企業に入れるかどうか、保障されていない子どもたちだ。本人はもちろん両親も苦労しているのではないかと思っていたが、皆楽しそうに生き生きと遊ぶ姿が印象的だった。仕事で悩みを抱えていた私が逆に励まされた。苦労もあるだろうが、彼らは真っすぐ前を見て生きていた。
加藤容疑者の裁判はいずれ始まるが、一つだけ彼に望みたいことがある。誰かに期待された「繕った」言葉ではなく、自分の言葉でありのままの思いを語ってほしい。サイトではなく、現実の世界で自分をさらけ出してほしい。犠牲になった7人の遺族に、そして加藤容疑者と同じ道をたどろうとしているかもしれない若者たちに、何らかのメッセージが伝わると思うからだ。(東京社会部)
毎日新聞 2008年7月17日 0時30分(最終更新 7月17日 0時44分)