奇跡の生還からまんが家活動を再開し、デビュー作『ホーリーランド』で大人気を博すことになった森先生。しかし、その人気の上昇とともに、ネット上では先生に関する様々な憶測が飛び交うことになります。今回は、その憶測の真偽とともに、クライマックスを迎える『ホーリーランド』の結末と、次回作の構想を、先生自ら語ってくださいます。
卒業するからこその“聖地”を描ききりたい
――前回は約8年のブランクから立ち直り、まんが家として復活するまでのお話をお伺いしましたが、オンライン百科事典のWikipediaには、「三浦建太郎のアシスタントをしていた」と書かれています。それは、復帰後に三浦先生のアシスタントに入ったということなんですか?
森:いや、それはウソです。
というか、僕、極度の機械音痴で、こないだ初めてパソコンを買ったんですよ。それで、奥さんに教えてもらいながら、いろいろ検索してみたんですけど、ウソや誤解が多くてビックリしました。
――ではこのインタビューで、そのあたりをはっきりさせましょう!
森:まず、三浦君のアシスタントをしたことはないですね。頼まれたこともないです。高校生の時に合作で描いたことがある程度ですね。
――あと、技来静也先生(『拳闘暗黒伝セスタス』を同じくヤングアニマルで連載中)も同級生だそうですね。
森:それは本当です。同級生でした。ただ、当時の彼はまんがを描いていなかったですし、学級委員をやるようなものすごくまじめで物静かな優等生だったんですよ。自分はどっちかっていうと不良でしたし(笑)、まんがの同志でもなかったので、特に当時は交流はなかった。彼と話すようになったのは、卒業後、彼がなにかのきっかけでまんがを描くようになって、三浦君のアシスタントをやるようになってからですね。
――あと、これもWikipediaに書かれていることなんですが、「グリフィス(『ベルセルク』の美形人気キャラクター)のモデルは僕」だっていう……。
森:あーーーッ! いや……はい、それは言いました。でも冗談だったんですよ!(笑) なにかの取材でその話をしたとき「冗談ですけどね」って言ったんですけど、そこは削られてしまったんです。
まあ、でも事実のところもあるんですよ。三浦君が最初に出した画集で「俺の知り合いに、かっこわるいグリフィスがいる」みたいな話をしているんですが、それは、グリフィスのセリフのいくつかが、僕が彼に言った言葉だったからなんですよ。
高校生くらいの時って、かっこよさげなことを言っちゃうじゃないですか、それを三浦君が覚えていて、グリフィスのセリフにそのまま使ったんですね。
――具体的には?
森:……いや、それは勘弁してください。恥ずかしすぎる(笑)。
――最近、パソコンを購入されてインターネットもされるようになったと聞きましたが、ふつうのウェブサイトやWikipedia以外に、2ちゃんねるなどの巨大掲示板などもご覧になりましたか?
森:ネットは本当に始めたばかりで、面白くていろいろ見ましたが、2ちゃんねるは怖くて見てないんですよ。あれを見たせいで描けなくなったまんが家がいるなんて話を聞いているので。
――格闘技を題材にした作品は、経験者やマニアの目が厳しいですから、いろいろ辛辣なことも言われがちですよね。
森:ファンレターでも、経験者の方から「参考にしなさい」みたいな内容のものをいただくことがありますね。ひどいのだと、「弱いくせに何を言ってるんだ」とか、「おまえの言っていることはウソだ」とか(苦笑)。
格闘技って、やる人によって、「事実」が異なるんですよ。それが分かっていないと、お互いに「あいつ、何を馬鹿なこと言ってやがるんだ」ってことになっちゃう。
たとえばユウが最初の頃に多用する「引っ張りパンチ」ですが、昔の僕は、あれがすごく信頼できる技だと思っていたんですよ。実際に、自分が使っていた技だったもので、実績があった(笑)。だから「あんなパンチ当たらない」とかいう批判について、「何を言っているんだ、おまえらこそ、全然分かってないよ」くらいのことを思っていたんです。
ところが、『ホーリーランド』がドラマ化された時、主演の石垣佑磨君に「引っ張りパンチ」を教えようとしたら上手くいかないんですよ。何でかっていうと、石垣君は僕より身長が10cmくらい低いので、引っ張りパンチをしようとすると相手の肩口がじゃまになっちゃうんですね。たしかにこれだと「当たらない」。
体格や筋力、やってきた格闘技の種類で「事実」が変わってきちゃうのが、物議を醸す理由になっているのかもしれませんね。
――そういうことは連載中、ドラマの経験などで分かってきたことなんですか?
森:そうですね。すごくおもしろい発見でした。それを利用して、違う殺陣(たて)になるなと思ったこともあります。僕は背が高かったので、初期はその視点からしか描いていなかったんですけど、中盤から後半にかけては体格の違いなども考えて描いているつもりです。
――現在ヤングアニマルで、まさにクライマックスを迎えている『ホーリーランド』ですが、森先生としては、ここまでの作品になることを想定しておいででしたか?
森:さすがにここまで長くなるとは思っていませんでしたね。当初の予定では、4巻で始まるユウの「復讐」が少し長く描かれて、伊沢とのバトルで終わりと考えていました。
その……(少し沈黙)、言ってもいいでしょうか。
――はい。
森:実は、当初の予定では、シンが死ぬ予定だったんです。当然、ユウが落ちる闇もすごく深くなると考えていたんですよ。ところが、その話をしたら担当の島田さんが「シンちゃんは殺しちゃだめだ。シンちゃんを殺すと、森ちゃんがすごく困ることになるぞ」って言うんです。
当たってましたね。すごいなと思いました。島田さんは今は編集長でもあり、三浦君の担当でもあるんですが、ポイントのつかみ方が絶妙なんですよ。
でも、僕も割と意固地なもんで、最初は譲らなかったんですよね。僕は『ホーリーランド』を単行本の表紙の暗い感じの絵でイメージしていましたから、シンの死を重要なポイントだと考えていたんです。
それに対して島田さんが「『ホーリーランド』はシンちゃんがすごく重要なんだよ」って。ユウがああいう性格で、あんまりしゃべらないから、シンみたいな存在がいないと、後々ストーリーが進まなくなっていくよ、って。
――たしかに、シンが何かを言ったり、助けてくれることでお話が好転していくことが多いですよね。
森:そうなんですよ。僕は、最初のアイディアに固執してしまって、シンの大事さに気がつけなかったんですが、お話を続けていく上で、シンの存在は本当にありがたかった。不思議と助けてくれるすごくいいキャラクターなんです。
もちろん延々続かせることは考えていないので、そろそろ締めるつもりです。僕の中で「青春時代は短い」ってイメージがあるので、あまり長く続かせるのはおかしいですし。
――そうすると、やはり今(取材当時)戦っている、キングがラストということになるんですか?
森:キングが使っている拳法はあえて限定していないんですが、実際は少林寺拳法なんですよ。大学生の時に少林寺拳法を使う先輩がいて、本当にこてんぱんにされたことがあったので、最後の敵は少林寺拳法にしようと思っていました。
――少林寺拳法っていうのは、やっぱりすごいんですか?
森:それはもう半端じゃないですね! 少林寺拳法は、指を取ったり、手首を取ったり、弱点を攻める格闘技なので、総合格闘技の試合とかの表舞台には出てこないんですが、立ち技ではおそらく一番強いんじゃないかな。
僕も撃ち合いにはだいぶ慣れていたし、身体も大きいから、そこそこイケるかと思っていたんですけど、完璧にやられましたね。関節を取られるとほぼ逃げられませんから。
――ユウがそれにどうやって勝つのかを楽しみに読ませていただきます。で、お話としてはキングとの戦いを最後に、完結へ向かうんですよね?
森:そうですね。『ホーリーランド』は文字通り「聖地」という意味なんですが、僕は「聖地」って、そこを“卒業”したあと、思い出として振り返る場所だと思うんですよ。逆に言うと、卒業することで、初めて聖地になりうるんじゃないか、って考えています。
あんまり、今の不良を敵に回したくないんですが、個人的にはいつまでも不良を卒業しないのはどうかと思いますね。暴走族が捕まったら27歳とか(苦笑)。
不良は20歳くらいで卒業するからいいんですよね。それで大人になってから「ああ、あれは俺たちの聖地だったんだな」って、そういう気持ちになると思うんですよ。やっぱり、卒業しないとダメなんです。
とにかく、そのことを描き切りたいですね。ストーリーは途中で大幅な変更をしましたが、描きたいことは何も変わっていない。軸は全くぶれていないです。特に伊沢、「ホーリーランド」は彼を裏の軸にしています。最後は多くの読者が期待している通りの展開になりますよ。
――楽しみにしています。さて、そろそろ最後の質問です。『ホーリーランド』完結後、すでに次回作の構想をお持ちだと思うのですが、それはどのようなものになるんでしょうか?
森:『ホーリーランド』は、彼らなりに深刻で真剣に考えているとはいえ、ケンカに勝ったとか、負けたとか、大人になったら「なんだかな~」みたいな世界ですよね。
今の若い子たちが抱えている問題ってのは、通り過ぎたら終わるようなものではなくて、もっと深刻だと思うんです。次回作では、その点をもっと描いていきたいですね。ただ、それをエンターテインメントとしてどう、うまく描くかが悩みどころで……。
――どうしても救いのない重い話になってしまいがちですものね。しかし、どうしてそういうモチーフを選択したんですか?
森:当初予定していたシンの死や、最近、作中でも取り上げたドラッグの話もそうなんですが、『ホーリーランド』でも、ここより深く潜ったら青春漫画の枠をはみ出してしまって、振り返って「よかったな」っていう話にはならないだろうところがありましたよね。
『ホーリーランド』では、そこには深く踏み込みませんでしたが、本当はもっと潜りたいって気持ちがあるんですよ。そこまで描かないと今の子たちは反応してくれないんじゃないかと思うんです。
さっき、インターネットに初めてつないでビックリしたって話をしましたが、本当に驚いたんですよ。その日はボーっとしちゃって、何もできなかったくらい。あまりの毒気に当てられたっていうか、世の中が僕の想像以上に深刻で……ショックでした。あれを見ちゃうと、今の子たちに「外に出てケンカでもしてこい!」なんて、言えませんよ、もう。
これまでは「ケンカがコミュニケーションでもいいじゃないか」みたいなことを思っていたんですよ。いじめられても道場に行けば、相談に乗ってくれる先輩がいるし、ほかにもいい人はどこにでもいっぱいいるぜ、って。
でも、これから先は、もっと深刻な状況になって、そうとも言えなくなってくるかもしれない。次回作は、そういう「今」に対する僕の感想なんかも含めた作品になると思います。期待していてくださいね。
森恒二プロフィール
森恒二(もりこうじ) 1966年、東京都生まれ
2000年、ヤングアニマルにおいて『ホーリーランド』で連載デビュー。それまでの精神論一辺倒だったケンカまんがに、リアル格闘技まんが的なエッセンスを盛り込み人気を博す。2005年には石垣佑磨主演で深夜ドラマ化。原作者がアクション監修を行なったことが話題になった。現在『ホーリーランド』は単行本16巻まで刊行中。なお、ヤングアニマルで『ベルセルク』連載中の三浦建太郎先生、『拳闘暗黒伝セスタス』連載中の技来静也先生は高校時代の同級生。
「まんがのチカラ」次回予告
森先生編今回が最終回! なのですが、実は森先生にお願いして、先生がトレーニングされる様子を、通われている道場にまで押しかけ取材してきました! 『ホーリーランド』で描かれる格闘技のリアルさの秘密に迫ります。次回は2008年3月31日掲載予定! お楽しみに!
2008年03月24日