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【主張】論文不祥事 研究者の倫理が問われる
医学系の研究現場で残念な事態が相次いだ。
ひとつは、東京大学医科学研究所・先端医療研究センターの教授らによって書かれた論文が、患者の同意を得ないまま、そして研究機関の倫理審査を経ることなく作成されていた件である。
もう1件は、東北大学大学院歯学研究科の助教の論文に対してデータの信憑(しんぴょう)性に対する疑惑が指摘されている問題だ。
東大医科研の不祥事は、研究データの捏造(ねつぞう)などではないが、医学研究における基本精神を無視した行為である。問題を起こした研究室は、同研究所付属病院の血液腫瘍(しゅよう)内科を担当しており、研究論文は患者から採取したがん細胞を材料として書かれた。しかし、研究材料に用い、論文発表することについては患者の同意が十分に得られていなかった。
さらにいけないのは、研究所内の倫理審査委員会にも諮ることなく研究を進めていたにもかかわらず、論文には審査を受けたという虚偽の記載をしていたことだ。国際的にも国内的にも完全なルール違反である。
このため、研究室の教授らによって執筆され、海外の医学誌に発表されていた論文を取り下げるという事態に至っている。せっかくの研究活動と論文が無に帰したわけであり、学術面でも大きなマイナスである。
どうしてこうしたことが起きたのか。ひとつには、倫理審査が形式的なものとして軽視されていた節がある。研究競争は厳しく、時間的なゆとりも少ないが、審査済みの偽装は許されない。また、患者に対する医師上位の発想がいまだに残っていた可能性もある。
今回の未承諾・未承認研究によって、患者の健康が損なわれたわけではない。しかし、家族を含めて患者側は、心に痛手を受けたはずである。遺伝的な要因が関係する場合などには、慎重な審査が欠かせない。
文部科学省と厚生労働省は、全国の医療研究機関に対して、患者の同意取得と倫理審査の実施の実態調査を行うべきだ。
東北大の件は、委員会が調査を行うが、疑惑を招いた背景には論文に対する拙速性も感じられる。論文の数を増やすことを優先した結果であるとしたら残念だ。
基本的な手続きやルールを軽視する姿勢は医学や歯学の世界の土台をゆっくり腐食させていく。