「家族経営協定」をご存じだろうか。夫婦や親子の間であいまいだった仕事の分担や報酬などをはっきりさせて、労働意欲や責任感、経営感覚を醸成し、家業の経営安定を図ろうというものだ。主に農家で勧められており、「第2の結婚式」と呼ぶ人もいる。岩手県内での取り組み状況を調べてみた。(土樋靖人)
家族経営協定は、女性の地位向上という観点から、平成8年ごろに結ばれるようになった。女性が積極的に経営参加するようになれば、男性の意識改革も促されるとの狙いもあった。
農業は家族経営がほとんど。しかも、女性が労働のかなりの部分を占めている。兼業の場合、夫が外で働き、妻が農作業を担うことが多いが、それでも経営は夫というケースが多々ある。「女性はただ働きで、経営に口を出せない」「働いているのに、奥さんの手元にお金が来ない」というようなことが、よくあった。
当初は協定の締結はなかなか進まなかった。「何もそんなのしなくても」「あうんの呼吸でいい」など、農家側は締結に後ろ向きだった。それでも、協定締結の意義が浸透するにつれて、締結件数も増えてきた。
協定の内容は、経営方針の決定▽就業時間と休日▽農作業や家事の役割分担▽労働報酬▽経営の移譲・継承−などが主だが、家族ごとに異なる。
県農業普及技術課の前田一人普及担当課長は「協定を締結して終わりではなく、家族の意識が変わるのに従い、協定内容の見直しをすすめたい。経営実態に合っているかどうか、内容の充実を呼びかけている」という。
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5月27日、花巻市の大迫総合支所で家族経営協定合同調印式が行われ、3つの家族が協定書に署名、捺印(なついん)した。このうち、花巻市大迫町外川目の佐々木秀美さん(53)、美恵子さん(53)夫妻は本格的に農業経営へ踏み出すステップとして、協定を結んだ。
秀美さんは昨年、35年間勤めた農機具店を退職。「農業がなくなるのは残念。農機具を買っていただいた方々への恩返し、次に農業をやる人への引き継ぎのつもり」で、農業を始めた。母親が守ってきた農地のほか、4ヘクタールほどの田畑を借りて、水稲やトウモロコシ、雑穀を生産している。
美恵子さんは「自分らの土地だけやればいいと思っていた。大規模経営をやるとは思っていなかった。農業1年生だが、協力していかないと」と、秀美さんについていく考えだ。
1人ではできない規模。秀美さんは「(美恵子さんに)苦労をかける」と思い、協定締結を決心した。
式に立ち会った高橋善悦市農業委員会長は「農業を取り巻く情勢は厳しい。これからは気持ちの通い合う経営がもっと大事になる。協定を基に素晴らしい農業を築いてほしい」と激励。中央農業改良普及センター(北上市)の五嶋十三副所長は「家族一人一人が意欲と生き甲斐をもって経営に参画するというのが、協定を結ぶねらい。協定内容が実行されて初めて、効果が生じる」と意義を強調した。
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協定を締結することで、意識の変化はあるのか。前田課長は「家族間の気持ちを安定させる効果があるようだ。何より奥さんがその立場を認められて生き生きし、そうすれば家庭も地域も生き生きとしてくる」と語る。
協定を結んだ家庭の中には、農業法人化したところもある。いずれも大規模農家だ。金融機関からの借り入れや税制面で有利になるといわれている。
岩手県内の協定締結件数は1000件を超えた。しかし県内には8000人を超える認定農業者がおり、前田課長は「もっと増やしたい。主として農業を営んでいる家庭には結んでほしい。農業法人になると、家族も社員になるので、報酬などを決めなければならない。そのためにもまずは協定が第1歩」と力説している。
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■岩手県内の家族経営協定 県のまとめによると、平成19年度までに締結された家族経営協定数は1080戸(11戸は漁家)。協定締結農家のうち800戸は認定農業者がいる主業型農家で、23戸は農業法人化している。女性が農業経営に参画している農家は972戸で、ほとんどで女性が経営方針の決定に加わっている。県は22年度までに1000件の締結を目指していたが、予定より3年早く目標を達成し、現在新たな数値目標を検討している。
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■認定農業者 経営規模の拡大▽生産方式・経営管理の合理化▽労働態様の改善−などに関する目標と取り組み内容を記した農業経営改善計画を作成し、市町村の認定を受けた農業者。認定されると、経営安定のための助成金や、無担保・無利子の融資などが受けられる。
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