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ダルフール―訴追の圧力で悲劇止めよ

 いま世界が直面する最悪の人道危機と言われるスーダンのダルフール紛争で、国際刑事裁判所(ICC)が同国のバシル大統領の訴追に向けて動き始めた。

 容疑は組織的なジェノサイド(集団殺害)と戦争犯罪、人道に対する罪だ。ICCの主任検察官が大統領の逮捕状を請求し、3人の予審判事が証拠を調べている。結論が出るまでには数カ月かかると見られる。

 現職の国家元首が訴追されれば、03年から活動を始めたICCとして初めてのことになる。約100カ国が加盟する常設の裁判所が法の支配の原則を貫こうとしている意義は大きい。

 スーダン西部のダルフール地方では03年、黒人を中心とした反政府組織が発足したのを機に、対抗するアラブ系民兵組織や政府軍が村落を襲撃しはじめ、国連の推計で約30万人が犠牲になり、250万人が難民になった。

 ICCの検察官は、バシル大統領が政府軍や民兵組織に犯罪行為を命じたと見た。大統領は容疑を認めず、「ICCに加盟していないスーダンには権限が及ばない」と反発している。

 組織的な虐殺や強姦(ごうかん)が続く現実に、手をこまぬいているわけにはいかない。政府軍が民兵組織と連携して組織的に攻撃していることは、国連人権理事会も確認している。大統領の関与がどの程度あったのかが焦点だろう。

 心配なのは、スーダン政府の反発で、現地に派遣されている国連平和維持活動(PKO)や人道支援が妨害されることだ。スーダンの与党は「大統領訴追となれば、ダルフールでさらに暴力と流血が増す」と警告している。

 それでなくても、ダルフールのPKOは暗礁に乗り上げている。

 国連とアフリカ連合(AU)の合同平和維持部隊(UNAMID)が1月から展開している。ただ、現時点では兵力は予定の半分以下の1万人弱しかいない。PKO要員への襲撃事件が相次ぎ、8日に7人が、16日にも1人が殺害された。

 現地では国連職員の一部が退避を始めている。AU議長のキクウェテ・タンザニア大統領は「政治的混乱の危険がある」として訴追の延期を求めた。

 スーダン側は、国連要員の安全を確保する義務がある。PKOや人道援助が後退する事態は避けねばならない。

 国連安保理は、PKO要員への襲撃を非難する議長声明を出した。そもそも紛争の責任者を裁くようICCに求めたのは安保理だ。国際正義の追求と同時に、現地の混乱を増さないよう手をうつべきだ。原油取引でスーダン政府と良好な関係をもつ中国には、常任理事国として役割を果たしてほしい。

 日本を含めて国際社会は、訴追への動きをテコにスーダン政府への働きかけを強めるべきだ。

布川再審決定―裁判員の時代への教訓

 検察の手元に留め置かれていた証拠などが最初から法廷に出されていれば、有罪とするには無理があった。

 東京高裁はこのように指摘し、強盗殺人の罪で無期懲役が確定して服役し、仮出所中の2人の男性に対する裁判のやり直しを命じた。一審に続いて敗れた検察は最高裁に特別抗告せず、再審裁判に移るべきだ。

 検察側が再審請求の裁判で新たに出した証拠は、次のようなものだ。

 犯行時間帯に被害者宅の近くを通った被告の知人が、犯人らしい男性を目撃していたが、その容姿や服装は被告とは違っていたという証言。被害者の遺体のそばで見つかった毛髪は、被告の毛髪と似ていなかったという警察の鑑定書。取調官が自白を誘導したことをうかがわせる録音テープ――。

 被告に有利な証拠ばかりだ。検察側は「ない」といってきた。それが再審請求の裁判で出てきたのは、「あるはず」と弁護側が追及したからだ。検察は有罪の立証に不利なので隠していた、と言われても仕方があるまい。

 この事件は41年前に茨城県で起きた。独り暮らしの62歳の男性が自宅で殺され、現金が奪われた。地名から「布川(ふかわ)事件」と呼ばれる。

 古い事件と片づけるわけにはいかない。今も事件の証拠を一手に握っているのは検察だ。都合の悪い証拠を隠そうと思えば、できないことはない。

 とりわけ来年から始まる裁判員制度では、短い期間で集中的に審理し、結論を出さなければならない。被告・弁護側が独自の証拠を集める時間は限られる。検察は被告に有利なものであっても証拠を最初から全面的に開示することを原則にすべきだ。そうでなければ公正な裁判にならず、市民の裁判員に誤判をさせることにもなる。

 もう一つ注目したいのは、東京高裁が自白調書を信用できないと断定したことだ。2人は警察で自白したあと、拘置所に移されて否認した。ところが、警察に戻されると、再び自白した。高裁は「うその自白を誘導しやすい環境に置いた」と批判した。

 こうした捜査手法は過去のものではない。最近も、強姦(ごうかん)罪で服役したあと、真犯人がわかった富山冤罪事件や、買収や被買収の罪に問われた被告12人が全員無罪となった鹿児島県議選事件があった。いずれもむりやり自白を引き出していた。

 そんな手法を許してきたのが、法廷での証言よりも、取調室でつくられた自白調書を重視する「調書裁判」である。裁判官の責任も極めて重い。

 裁判員制度を機に、法廷に出された証言や証拠によって判断する本来の裁判の姿を実現したい。そのためにも、証拠は残らず法廷に出さなければならない。そのことを今回の再審決定は改めて検察に突きつけている。

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