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春秋(7/16)

 「このくらいのことは覚悟してたんで/ぜんぜんヘコんでないから」。ロック歌手の忌野清志郎さんが気丈なメッセージをつづっている。喉頭(こうとう)がんを克服して最近はステージにも立っていた清志郎さんだが、腸骨への転移が見つかった。

▼この夏のライブはすべて中止するというから、さぞ無念だろう。しかしひたすら前向きなのがこの人らしい。2年前には闘病を「新しいブルースを楽しむように」と言ってのけ、こんどはこうしゃれている。「ブルースはまだまだ続いているというわけだ」。病を得たときに、こんな気持ちを抱けるものかと驚く。

▼病床にあってもヘコまなかった先人は多い。たとえば正岡子規だ。脊椎(せきつい)カリエスに苦しみながらも世相と身辺に目を凝らし、おもしろい随筆を書き続けた。そしてよく食べた。カツオの刺し身と牛肉のタタキの後に「粥(かゆ)2杯。牛乳1合、紅茶同量、菓子パン5、6箇(こ)、蜜柑(みかん)5箇」などと「墨汁1滴」に記述がある。

▼ただ食いしん坊というだけではない。そこに色濃いのは生への執念だ。精神の強靱(きょうじん)さである。そういう姿は健康な人々をも勇気づけ、希望を与えてやまない。よく生きるのは難しいけれど、よく病むこともまた偉大なのだろう。清志郎さんはファンへの言葉をこう結んでいる。「もう一度言おう、夢を忘れずに!」

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