きっかけは引退直後にテレビで語った「柔道に恩返ししたい」という言葉だった。それを見ていた斉藤仁・男子監督から、ショートメールが届いた。「合宿でコーチを頼む」。短い文面に込められた願いを、快諾した。
シドニー五輪ではオール一本勝ちの金メダル。アテネ五輪では生涯初の1日2度の一本負けで、メダルを逃した。五輪の喜びと怖さを知る男は、年齢の離れたコーチ陣との間にも立てる、心強いアニキだ。「パイプ役? そういうのができればいいでしょうね」。一本で勝つ柔道を貫いてきた「康生イズム」を、後輩へ伝承する。(周伝進之亮)