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2008/07/17

明日はどっちだ!?

マカロニほうれん荘 (9) (少年チャンピオン・コミックス) マカロニほうれん荘 (9) (少年チャンピオン・コミックス)
価格:¥ 410(税込)
発売日:1980-02

竹熊健太郎サイトで、「いつからマンガ家の住所は秘密になったのか?」というエントリやっているんだが、そういえば昔は少年マガジンなんぞにも作家の住所が「ファンレターの送り先」として出ていたわけだ。それがオイルショック以降、出版社のビジネススタイルが変わって、作家を表に出さないようになってくる。そこら辺の動きをうまくまとめて解説してます。で、




●60年代までは、雑誌連載だけで版元も作家も十分に“利益を出していた”(その証拠として、雑誌連載を同じ版元から単行本にする習慣がなかった)。
●ところが1973年のオイルショックによる異常な紙不足があり、
●雑誌はページを減らしてなおも値上げせざるをえなくなった。それでも雑誌単体の売り上げは赤字になった(おそらく雑誌の値上げ幅を最小限に抑えたため)。
●そのために原稿料を各誌とも据え置くようになった(手塚先生もこの時期から原稿料を上げなくなった?)
●そして版元も作家も、単行本の売り上げで赤字を埋め、なおかつ儲けを出すようになり、雑誌は単行本を出すための原稿蓄積手段となっていく。
というような経緯があって、雑誌掲載した作品は必ず自社で単行本にするようになり、作家の連絡先を他社に教えずに秘密にするという習慣が始まった、というわけだ。まぁ、実際、この通りなんだが。

で、おいらなんだが、ちょうどその頃、少年ジャンプの下請け会社でバイトやっていた。いちばん下っぱなので、もっぱら原稿取りとアンケートの集計。なので、当時の有名漫画家さんのところには、ずいぶん通いました。千葉のどこだったか、本宮ひろ志センセのところに行ったら、仕事場の隅の蚕棚みたいな狭いベッドで寝ている兄ちゃんが出てきて、それが本人だったりとか、川崎のぼるセンセのところは毎回ギリギリまで遅れて3ページずつ製版にまわしていたとか、色々と懐かしいわけです。で、マンガ家の連絡先が秘密になった理由なんだが、おいらの考えでは
少年ジャンプのせいだと思うわけです。

少年マガジン、少年サンデー、そして少年キングと三誌あった市場に後発で入ってきた少年ジャンプは、売れっ子作家を押さえられていたので新人登用に力を注ぐわけだ。Wikipediaにも
創刊時に後発の少年漫画誌として、当時の人気漫画家を確保出来なかったため、連載陣のごく少数を除き、全て専属契約の新人で揃えることになった。これは新人発掘に効果を発揮し、ジャンプ躍進の原動力となった。週刊少年漫画雑誌で最大部数を誇るようになった現在も、この方針は継承されている。
と書いてあるんだが、この当時の少年ジャンプのキャッチコピーでよく使われたのが、「ナントカ先生のマンガは少年ジャンプでしか読めません!」というヤツだな。田舎から上京させて編集部で囲い込み、アシスタントの仕事を与えて食わせながら月刊の方でデビューさせ、折を見て本誌で連載というスタイルだ。

マガジン、サンデーの漫画家たちについては、ほとんどが大御所だったわけで、もともとどこの出版社でも連絡先は知っていたわけだ。みんなが知っているんだから、あえて秘密にする必要もない。ところが専属契約結ぶような新人は、できれば他社に連絡先を知られたくない。つうか、わざわざ教えてやる理由もないわけで、ちなみにジャンプの専属第一号は本宮ひろ志です。でも、本宮ひろ志のデビューは少年ジャンプではなく、貸本マンガの日の丸文庫です。

で、こうした囲い込みスタイルというのは、少年ジャンプばかりじゃない、少年チャンピオンもやっていたし、少女マンガの世界ではずっとそうだ。無駄も多いように思えるんだが、新人を囲いこんでしまうというのは、実は物凄く効率が良い。100人囲ってそのうち10人に連載をやらせ、残りはアシスタントでこき使う。みんな新人なので原稿料が物凄く安くあがる。少年チャンピオンで一世を風靡した「マカロニほうれん荘」の鴨川つばめなんだが、
若手の原稿料は低く抑える、との当時の編集部の方針で経済的には困窮しており、冬は暖房もない部屋で漫画を描き続け、「手があかぎれで腫れあがり、ミッキーマウスの(手の)ようだった」と後年回想している。
Wikipediaにそう書いてありますね。で、そうやって次々に新人をデビューさせ、壊れるまでこき使う。そうしたビジネススタイルで、1970年代から今までの漫画界は我が世の春を謳ってきたわけだ。と、こうしたところが表向きの漫画史なんだが。

そうした出版社主体の動きに対して、当然ながら裏の動きというのがある。囲い込みを突破して、さて、どうやって漫画家の電話番号を入手するか? で、むかしよく言われたのが「タモリさん方式」というヤツで、漫画家というのは忙しくなるとやたら手伝いを頼むわけだ。売れてる漫画家のところにはおおぜいのアシスタントが入れ替わり立ち替わり出入りするので、そこから情報が漏れる。一人で漫画を描いてる人というのはほとんどいない。更に、コミケットというのがある。今では、コミケに参加したことがないままプロになるというケースはむしろ珍しいほどで、そこからも情報が漏れる。しかも、安い原稿料で専属になるくらいだったら同人誌作って売っていた方が儲かったりする。漫画というメディアの出口が、極めて多種多様になっているのだ。まぁ、メジャーの囲い込みビジネススタイルの限界だろう。

で、そうした風潮にトドメを刺したのがインターネットの普及だな。なんせ、作家が自分でサイト開設して直接、読者とメールでやりとりする時代。竹熊氏は「今回の石油危機は、いかなるインパクトをマンガ界にもたらすのでしょうか」と書いているんだが、これからはたして竹熊氏が言っているような「作家と版元を結ぶ代理人システム」の時代になるのか、はたまた全く違った形になるのか、明日はどっちだ!?

コメント

卵の値段と漫画家の原稿料と寄席のワリは何十年も変わっていませんでした。卵はあがったそうですが。
「作家と版元を結ぶ代理人システム」って、筋の良くない人が集まりそうですのう。

ガキデカの山上たつひこは、今、どこで、何をしているのでしょうか。余談ですが八丈島に行ったらキョンは確かにいた。東京FMのサテライトもあった。

ネットで名前を売って同人で食っていける時代だしねえ
代理人というよりは漫画家専門税理士の時代がくるかもw

ピアノもココ20年ぐらいたいして値段上がってないよ。音楽家は大変だね。
ジャリタレや使い捨て芸人に高いギャラ払いすぎww

鴨川つばめを潰したチャンピオンは
絶対に許さないからね。

中嶋さんの妹と同い年くらいの頃読んでて
今じゃもうすぐきんどーさんと同い年ですよ。

戦後の物価で下がったのはアニメの制作費だけです。

有名漫画家や政治家の本の偽装(ゴーストライター)は、いつになったら発覚するのでしょうか?

コミケといえば
明大で米澤氏の蔵書を収めた図書館の設立の話でてますね

野次馬アニキも何かかかわるんでしょうか

おじさん、少年ジャンプと言えば「執筆室」を忘れちゃいけませんゼ。

原稿を落としがち(あるいは遅筆)な作家センセイを、有無を言わさず監禁しておくヒミツの小部屋。
コンタロウは3年とか、江口寿史は5年などと言う裏話がジャンプ本誌に載ってましたっけ。
「あの」小林よしのり大センセイもブチ込まれたクチじゃなかったか?

集A社は派遣社員問題に関してはエラソーなことを書いてはいけない。

ゆとりの俺には、第3巻のフニャ子フニャ夫のシーンが奇異に映ったもんだが、、、

その時の本宮センセは「男一匹ガキ大将」の頃ですか?

関係ないけど墓参りのついでに先ほど「本町うなよし」に行きましたが国産養殖小ぶりの鰻は美味いですねぇ。自動車○○団の店は死んでも行きませんw
静銀の角のお人形の清水には驚いた。通行人の皆さん、飲んでいますw

少年ジャンプの所為とするとしっくりきますね。

同人誌では、奥付に住所を載せるのが普通でしたし、いまだに載せている人もいます。
同人上がりの作家は住所が割れますね。
頭のおかしなファンが家に押しかけてきたとかは、良く聞く話です。

代理人システムは、編集者が原稿回収しかしないなら自然にそうなっていくと思いますね。
漫画家が書き殴った独りよがりな妄想を、一般人が読めるように直すのが編集の仕事ですから、これも才能が必要です。
ただのサラリーマンに編集者をやらせるのは漫画家の才能の芽を摘む行為ですよ。
あと、編集者なしで漫画が描ける作家は、よっぽど力のある作家か、漫画と言う体裁を取ったコラージュしか作れない作家。

それにしても蚕棚とは・・・、笑いました。

専属制度が生まれた経緯は西村繁男「さらば、わが青春の『少年ジャンプ』 」 に詳しく書かれています。
http://www.amazon.co.jp/dp/4877285253/
この本には当時の少年ジャンプの原価まで書かれていて興味深いです。

「マカロニほうれんそう」の主要キャラ名で初めて新撰組の名前を知りました。そういえばあの作品以降は見ていないようなw

少年ジャンプは読者の人気投票で常に上位の漫画家が連載に残り続けるシステムにより売り上げを伸ばしたとか。
掲載された作品は特に仲間同士の友情や絆を重視していると思っていましたが「友情・努力・勝利」が雑誌の方針だったよう。

昔の少年ジャンプ、よかったなあ。
川崎のぼる「荒野の少年イサム」はコミックで全巻持ってたので、ストーリもよく覚えてる。ビッグストーンが哀れだった。
黒人差別と奴隷の話出てくるから再販無理?
いまの子供たちにも読んでもらいたい作品だと思う。
「花も嵐も」は連載中の断片的な記憶しかなくって。
こっちはあらためて読んでみたいです。

「ガキデカ」の山上たつひこは漫画家やめて、
純文学っぽい小説を書いてましたね。
一冊は読んだけど、あと覚えてない。

本宮ひろ志は政治ドキュメントマンガの、
「やぶれかぶれ」あれ惜しかった。
人気出なくてジャンプ特有の十週落ちだっけか。
田中角栄にもインタビューして、そのときの様子も描いてた。
あの作品が後の「大と大」に繋がったのでしょうか、

>ガキデカの山上たつひこは、今、どこで、何をしているのでしょうか。

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_b?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%8ER%8F%E3+%97%B4%95F&x=4&y=27

山上先生はだいぶ前に漫画家を辞めて小説家に転身してるよ。
名前を漢字にしただけだけど「山上龍彦」と書くとまるで純文学の作家みたい。
昔読んだが、文章が生硬な上に中味も百倍に薄めた筒井康隆みたいでちっとも面白くない。
天才山上たつひこといえど、漫画の才能と小説の才能は別物なんだなあ!としみじみ思った。

ついこないだ、ビッグコミック系で短期連載やってたよ>山上たつひこ。

彼もまた、日の丸文庫出身者だ。

えっと・・・少し前の朝日新聞に山上たつひこのインタビューが載っていたような気がするよ。最近またぼちぼち描き始めたみたいです。ビッグコミックの「中春こまわり君」といったかな?

「マカロニほうれん荘」は絵柄も内容も全然マッチョじゃないことろがすごく好きでした。田舎の子供にとっては不良の描写(スカートをおちょこにして頭の上で結んでいじめるとか)やハードロックファッション、登場人物のオカマ(マンモス稲子など)、全て新鮮でした。

鴨川さん、ありがとう。今でも愛してるよ!

みなさん「消えた漫画家」大泉実成著 とか読んでいます?

活字を組んでた時代だと 「本を出す」=「すごいこと」 ということで、専門書なんかでも書く方が結構気合を入れていて、住所はもちろん経歴とかも○○中学(旧制)から書いたり、顔写真なんかも入れたりしていました。
関係ないと思いますが。

あと「まんが道」だったかと思いますが、「ハムサラダ(つまり藤子不二夫のこと)にお便りを出そう」とか連載雑誌で出たら、何日かして本人のところにボロクソにけなす内容の手紙が直接届いたという話があったと思いましたが、そういったことを防ぐ目的があったのではないのかと…

来た!ほうれん荘!
世相を大量に投入しているので若い世代には伝わらない部分も多いですけれど、ピンポイントでターゲットを狙い撃ちして描いた作品だからこそ、そのターゲットであった私のような者にはガツリと食い込んで離れない作品ですよ。

> マンガ家の住所は秘密に
おっしゃる通り、集英組の仕業ですね

江戸川を渡ったとこに、安くて有名な 「銀次郎」 という八百屋さん(ちょくちょく買います)があり
八百屋さんが入っているビルの名前が 「本宮ビル」です。
ちなみに、そのすぐそばのマンションにはPRIDEのMOMOSE氏の事務所がありました。
まんがは「ねこぢる」が一番好きです!

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