明日はどっちだ!?
マカロニほうれん荘 (9) (少年チャンピオン・コミックス) 価格:¥ 410(税込) 発売日:1980-02 |
●60年代までは、雑誌連載だけで版元も作家も十分に“利益を出していた”(その証拠として、雑誌連載を同じ版元から単行本にする習慣がなかった)。というような経緯があって、雑誌掲載した作品は必ず自社で単行本にするようになり、作家の連絡先を他社に教えずに秘密にするという習慣が始まった、というわけだ。まぁ、実際、この通りなんだが。
●ところが1973年のオイルショックによる異常な紙不足があり、
●雑誌はページを減らしてなおも値上げせざるをえなくなった。それでも雑誌単体の売り上げは赤字になった(おそらく雑誌の値上げ幅を最小限に抑えたため)。
●そのために原稿料を各誌とも据え置くようになった(手塚先生もこの時期から原稿料を上げなくなった?)
●そして版元も作家も、単行本の売り上げで赤字を埋め、なおかつ儲けを出すようになり、雑誌は単行本を出すための原稿蓄積手段となっていく。
で、おいらなんだが、ちょうどその頃、少年ジャンプの下請け会社でバイトやっていた。いちばん下っぱなので、もっぱら原稿取りとアンケートの集計。なので、当時の有名漫画家さんのところには、ずいぶん通いました。千葉のどこだったか、本宮ひろ志センセのところに行ったら、仕事場の隅の蚕棚みたいな狭いベッドで寝ている兄ちゃんが出てきて、それが本人だったりとか、川崎のぼるセンセのところは毎回ギリギリまで遅れて3ページずつ製版にまわしていたとか、色々と懐かしいわけです。で、マンガ家の連絡先が秘密になった理由なんだが、おいらの考えでは
少年ジャンプのせいだと思うわけです。
少年マガジン、少年サンデー、そして少年キングと三誌あった市場に後発で入ってきた少年ジャンプは、売れっ子作家を押さえられていたので新人登用に力を注ぐわけだ。Wikipediaにも
創刊時に後発の少年漫画誌として、当時の人気漫画家を確保出来なかったため、連載陣のごく少数を除き、全て専属契約の新人で揃えることになった。これは新人発掘に効果を発揮し、ジャンプ躍進の原動力となった。週刊少年漫画雑誌で最大部数を誇るようになった現在も、この方針は継承されている。と書いてあるんだが、この当時の少年ジャンプのキャッチコピーでよく使われたのが、「ナントカ先生のマンガは少年ジャンプでしか読めません!」というヤツだな。田舎から上京させて編集部で囲い込み、アシスタントの仕事を与えて食わせながら月刊の方でデビューさせ、折を見て本誌で連載というスタイルだ。
マガジン、サンデーの漫画家たちについては、ほとんどが大御所だったわけで、もともとどこの出版社でも連絡先は知っていたわけだ。みんなが知っているんだから、あえて秘密にする必要もない。ところが専属契約結ぶような新人は、できれば他社に連絡先を知られたくない。つうか、わざわざ教えてやる理由もないわけで、ちなみにジャンプの専属第一号は本宮ひろ志です。でも、本宮ひろ志のデビューは少年ジャンプではなく、貸本マンガの日の丸文庫です。
で、こうした囲い込みスタイルというのは、少年ジャンプばかりじゃない、少年チャンピオンもやっていたし、少女マンガの世界ではずっとそうだ。無駄も多いように思えるんだが、新人を囲いこんでしまうというのは、実は物凄く効率が良い。100人囲ってそのうち10人に連載をやらせ、残りはアシスタントでこき使う。みんな新人なので原稿料が物凄く安くあがる。少年チャンピオンで一世を風靡した「マカロニほうれん荘」の鴨川つばめなんだが、
若手の原稿料は低く抑える、との当時の編集部の方針で経済的には困窮しており、冬は暖房もない部屋で漫画を描き続け、「手があかぎれで腫れあがり、ミッキーマウスの(手の)ようだった」と後年回想している。Wikipediaにそう書いてありますね。で、そうやって次々に新人をデビューさせ、壊れるまでこき使う。そうしたビジネススタイルで、1970年代から今までの漫画界は我が世の春を謳ってきたわけだ。と、こうしたところが表向きの漫画史なんだが。
そうした出版社主体の動きに対して、当然ながら裏の動きというのがある。囲い込みを突破して、さて、どうやって漫画家の電話番号を入手するか? で、むかしよく言われたのが「タモリさん方式」というヤツで、漫画家というのは忙しくなるとやたら手伝いを頼むわけだ。売れてる漫画家のところにはおおぜいのアシスタントが入れ替わり立ち替わり出入りするので、そこから情報が漏れる。一人で漫画を描いてる人というのはほとんどいない。更に、コミケットというのがある。今では、コミケに参加したことがないままプロになるというケースはむしろ珍しいほどで、そこからも情報が漏れる。しかも、安い原稿料で専属になるくらいだったら同人誌作って売っていた方が儲かったりする。漫画というメディアの出口が、極めて多種多様になっているのだ。まぁ、メジャーの囲い込みビジネススタイルの限界だろう。
で、そうした風潮にトドメを刺したのがインターネットの普及だな。なんせ、作家が自分でサイト開設して直接、読者とメールでやりとりする時代。竹熊氏は「今回の石油危機は、いかなるインパクトをマンガ界にもたらすのでしょうか」と書いているんだが、これからはたして竹熊氏が言っているような「作家と版元を結ぶ代理人システム」の時代になるのか、はたまた全く違った形になるのか、明日はどっちだ!?
卵の値段と漫画家の原稿料と寄席のワリは何十年も変わっていませんでした。卵はあがったそうですが。
「作家と版元を結ぶ代理人システム」って、筋の良くない人が集まりそうですのう。
投稿 t3t | 2008/07/17 16:53
ガキデカの山上たつひこは、今、どこで、何をしているのでしょうか。余談ですが八丈島に行ったらキョンは確かにいた。東京FMのサテライトもあった。
投稿 山上たつひこは今 | 2008/07/17 17:06
ネットで名前を売って同人で食っていける時代だしねえ
代理人というよりは漫画家専門税理士の時代がくるかもw
投稿 柿九毛個 | 2008/07/17 17:18
ピアノもココ20年ぐらいたいして値段上がってないよ。音楽家は大変だね。
ジャリタレや使い捨て芸人に高いギャラ払いすぎww
投稿 海DQN | 2008/07/17 17:20