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【暮らし】

医療をまもる 千葉・東金の連携(上) 『地域全体が一つの病院』 診療所や薬局と情報共有

2008年7月10日

 薬を届けに訪ねた玄関で雑談にふけるうち、検査の話題になった。

 「造影剤を入れてMRI(磁気共鳴画像装置)を受けるのって、本当につらいのよね」

 甲状腺機能低下症などで県立東金(とうがね)病院(千葉県東金市)に通う女性(68)が漏らした本音に、薬剤師の富田勲さん(68)は優しくうなずき、平井愛山院長(58)に伝えようと、頭の中にメモをした。

 東金市など二市四町で人口二十万人規模の山武地域(地図参照)は、東金病院と診療所、薬局、訪問看護ステーションなどを電子ネットで結ぶ循環型医療システム「わかしおネットワーク」を二〇〇一年からつくっている。

 糖尿病など長く付き合う病気の患者を病院と診療所が継続的に分担し、きめ細かく支えていく仕組みだ。生活習慣病の患者は、年に一、二度、東金病院に行って検査を受けるが、日常の通院は近くの診療所が担う。双方が電子カルテに検査データや所見を書き入れ、かかりつけの薬局も検査データや医師の処方意図をネットで確認した上で患者に説明できる。

 この地域は、以前から熱心な薬剤師が多く、お年寄りの家庭などへ宅配し、相談にも乗る関係が定着していたが「わかしおネット」ができてからは、病院へ患者の気持ちを代弁する役割も兼ねるようになった。

 隣の九十九里町で薬局を営む富田さんは「自覚症状が少ない生活習慣病は、日常の服薬のフォローが不可欠。薬剤師には患者さんも安心して話してくれる。薬剤師が医師に患者の様子を伝えるなんて以前はありえなかった。平井院長が来てから、勉強会で病院に頻繁に行くようになったのも大きな変化」と話す。

 一九九八年に平井院長が赴任した当時の東金病院は、スタッフがやる気を失い、チームワークもばらばらで地域の信頼も低下していた。千葉大で内分泌・代謝の研究をしていた平井院長は、病院に来る糖尿病の患者の症状の重さに驚いた。足を切断しなければならない「糖尿病性壊疽(えそ)」の患者は全国平均の約五倍いた。糖尿病をきちんと診られる医師は、平井院長を含め三人しかいなかった。

 地域の医療レベルを早急に高めていかねばならない。赴任直後から新たに始めた症例検討会に診療所の医師も参加してもらい、定期的な糖尿病勉強会も始め、インスリン療法などの医療技術を伝えた。薬剤師や訪問看護師らも含めた薬剤治療のセミナーも始めた。「白衣を脱いで地域に出よう」と病院スタッフも日曜返上で、公民館などで市民講座も開いてきた。

 そこから、地域の診療所や薬局と信頼関係を深めて、わかしおネットが広がった。インスリン治療ができる診療所はゼロから三十六カ所に増え、治療成績は格段に向上した。今春からは病院と全診療所で必要な検査項目を統一し、チェックできる循環連携パスが導入された。ネットワークの範囲も隣接する二つの医療圏を加え、人口四十五万人の地域に拡大した。

 平井院長は自ら病院ホームページも作る。地域の医師会が輪番する夜間救急診療所の当番にも入る。単身赴任の官舎は返上し、病院に泊まり込む毎日。「院長室はオープンスペースだから」と絶えず誰かが出入りする。

 これだけ熱意と行動力があっても、医療崩壊の流れを食い止めるのは至難の業。同病院の十一科のうち五科が閉鎖。四病棟あった病棟も一病棟に。周辺病院と分担する二次救急輪番も医師不足で月四日しか入れない。

 「でも病院のことだけでなく地域の医療をどう守っていくかが大事。地域全体が一つの病院という考え方。地域の診療所医師も薬剤師も看護師も、ましてや患者も逃げ出せない。医師が逃げ出すつもりでは駄目だからね」と、平井院長は力を込めた。(野村由美子)=次回は、十七日掲載

 

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