記者は「眺望阻害マンション裁判の明暗」という記事で、2つの裁判を比較した。分譲後に隣接地にできた建築物によって眺望を阻害されたマンション購入者が売主(=不動産会社)を訴えた2つの裁判である。
一方は、ローレルコート難波購入者が近鉄不動産に対し損害賠償を請求した裁判(大阪地裁)で、購入者が敗訴した(近鉄事件)。 他方は、アルス東陽町301号室購入者(=記者)が東急不動産に対し売買代金の返還を請求した裁判(東京地裁)で、購入者が勝訴した(東急事件)。 上記記事では、類似ケースながら勝訴と敗訴に分かれた理由について、東急の悪質性にあると分析した。 これに対し、行雲記者から、近鉄の方が悪質という見方も成り立つのではないかとコメントした。行雲氏の論理は以下の通りである。 東急事件では隣接地の建て替え主体は東急とは別の第三者である。一方、近鉄事件では同じ近鉄不動産が近接地に高層マンションを建設した。眺望を「売り」にしておきながら、自ら眺望を阻害した近鉄は、より悪質ではないか、と。 記者も、誰が眺望阻害という損害をもたらしたかという観点に立つならば、行雲氏の見方に同意する。 この場合、問題が生じる。価値判断では、東急よりも近鉄の方が悪質であるにもかかわらず、裁判では、東急が負け、近鉄は勝ったからだ。救済の必要性の度合いが高い近鉄事件の方の購入者が救済されないという倒錯した結果になる。 これは真剣に検討すべき問題である。 先ず法的観点からは売買契約締結時の事情が問題になる。 マンションをめぐる購入者とデベロッパーの関係は売買契約で規定される。購入者とデベロッパーの法的紛争では1次的には売買契約が問題になる。 この点で契約締結時に不利益事実を知っていた東急不動産(販売代理:東急リバブル)と、近接地の建設計画を有していたとは認定されていない近鉄不動産を比べるならば、東急が悪質という結論は動かない。 それでは契約締結後に自らセールスポイントの眺望を破壊するような背信的な行動を取ることは許されるのか、という問題が生じる。 これについては、じつは先例がある。 分譲マンション「大通シティハウス」の購入者が、同じ売主による別マンション建設によって眺望が阻害されたとして、住友不動産と住友不動産販売に計約2000万円の損害賠償を求めた例である。 札幌地裁平成12年(2000年)3月31日判決は、住友不動産に対し、「眺望を阻害しないように配慮する義務があった」として計 225万円の賠償を命じた。 この先例に従うならば、近鉄事件でも幾らかの損害賠償が認められて良さそうなものである。にもかかわらず、それが否定された背景には、近鉄の狡猾さがある。ここで問題になるのは、重要事項説明の表現方法である。 近鉄事件も東急事件も、重要事項説明で、周辺環境に変化が生じうることを指摘している。この点は同じだったが、ただし、表現が異なる。 近鉄事件では「この環境について売主および関係者に対し何ら異議を申し立てないこと」という文言が付されている。これは近々、周辺に建設予定があるのではないかと警戒を抱かせる文言である。 この文言があるにもかかわらず、購入者が重要事項説明に同意した、という点が一因となって、裁判所は購入者敗訴の結論を導いている。 一方、重要事項説明における「周辺環境に変化が生じうる」との記述は、ほとんどの物件で書かれる一般的なものである。一般的な記述で購入者を安心させ、だましたところに東急の悪質さがある。 とはいえ、これも見方を変えれば逆の価値判断を下すことができる。 形骸化した重要事項説明のプロセス上で、予め異議を封じさせてしまう近鉄こそ消費者の不注意に乗じた悪質な手法と位置づけることもできる。近鉄の用意周到さこそが、予め隣接地の建設計画を有していたことを推認させるのではないかとの疑いも生じる。 不利益事実不告知という消費者契約法の明文に違反した東急リバブル・東急不動産にはコンプライアンス上明らかに問題がある。しかし、近鉄の狡猾さが支持できるわけではない。 今回の裁判では勝訴したとしても、このような裁判を起こされること自体が長期的には会社のイメージを低下させ、勝訴で得られるものよりも大きなものを失うことになるはずである。
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