「性善説はすたれてしまったのか」。産地や品質の偽装など、食の信頼を揺るがす事件が起きるたびに繰り返される言葉だ。
人間の本性を善とみる性善説と悪とみる性悪説。これまで日本の社会はどちらかといえば性善説によって成り立ってきたように思う。人間を信頼する立場だ。
しかし、食品偽装をはじめ、多発する振り込め詐欺、秋葉原殺傷事件以降目立つインターネット掲示板への「犯行予告」の書き込みなど、人を信用できない世の中になった。警戒心が薄いと、脇の甘さをつかれてしまう。そんな犯罪が後を絶たない。
近著「右手に『論語』 左手に『韓非子』」(守屋洋著、角川SSC新書)は、中国の古典から孔子の性善説と韓非子の性悪説の対照的な名言を紹介している。孔子は「利益を追求するときには人の道を踏み外すな」と説く。これに対して、韓非子は「人は利益で動く」と断じた。
孔子はあるべき方向を示したもので、今の風潮は韓非子の主張が当たっている。韓非子は「人の善意をあてにするな」とも唱える。著者は「国際社会は性悪説が主流。日本流の甘えは許されない」と記す。厳しいようだが、一面の真理に違いない。
確かに社会の信頼が揺らいでいる。そういう時代だからこそ、人を信じたいとの思いを強くする。