四十一年前に茨城県で男性が殺害された「布川事件」で、東京高裁は、強盗殺人罪で無期懲役が確定した元被告二人の再審開始を認める決定をした。
門野博裁判長は「自白と目撃証言の信用性には重大な疑問があり、確定判決の事実認定に合理的な疑いが生じた」との判断を示した。再審の厚い壁に風穴をあけるとともに、冤罪(えんざい)を招きやすい自白偏重の捜査にあらためて厳しく警鐘を鳴らした決定といえよう。
検察側は最高裁に特別抗告しても、認められるのは判例違反がある場合などに限られる。ここは特別抗告せず、速やかに再審裁判を開始すべきである。
事件が起きたのは一九六七年だ。当時六十二歳の大工が自宅で殺害され、元被告二人が別の窃盗事件などで逮捕された。二人は捜査段階で自白し、公判で無罪を主張したが、七八年に最高裁で無期懲役刑が確定、九六年に仮釈放されるまで服役した。無実を叫び続ける二人の再審請求に水戸地裁土浦支部は二〇〇五年に再審開始を決定、検察側が即時抗告していた。
同事件の確定判決では「口に下着を押し込み、両手で首を圧迫して窒息死させた」とする二人の自白調書が有罪の決め手とされた。しかし、門野裁判長は殺害行為について、弁護団提出の新証拠に基づき「手ではない何かで首を絞めた可能性が高く、下着が男性の口に押し込まれたのは、意識を失ってからと判断される」と指摘、「自白は客観的事実に合致しない」と結論付けた。
また、目撃証言についても、「重要な部分で変遷があり、不自然」と否定。検察側が証拠として提出した自白の録音テープについても、録音中断など編集された形跡があり「取調官の誘導をうかがわせる」と事実認定を覆した。
来年五月から市民参加の裁判員制度がスタートする。全国の各地裁では裁判員候補者の名簿作成作業も始まった。新制度導入に備え、検察当局は任意性の効率的な立証などを目指し、「取り調べの録音・録画」の取り組みを始め、警察でも試行される。ただ、いずれも全過程の収録には消極的だ。
布川事件では“録音テープ改ざん”の危険性がはしなくも露呈された。日弁連などは、容疑者の供述過程を検証し、冤罪を防止するため全過程を録音・録画する全面可視化を求めている。被告の権利として当然認めるべきだろう。
自白の強要によって冤罪を訴える声が今も尽きない現実を、捜査当局は重く受け止める必要がある。
全国漁業協同組合連合会(全漁連)など主要漁業団体が十五日、全国一斉休漁を行い、国内で稼働する漁船約二十万隻のほぼすべてが出漁を控えた。
燃料高による漁業者の苦境を広く国民に訴えるための休漁である。岡山県漁連は一足早く、十四日から休漁した。
全国一斉は原則一日だけとはいえ、鮮魚などが一時的に品薄になって値上がりし、消費者の反発を招く恐れもあった。それでもこうした行動に出なければならないほど、燃料高は漁業者を追い込んでいる。
全漁連によれば、漁船に使われる燃料の価格はかつての数倍に上昇しているという。半面、魚価は低迷したままであり、漁業経営の根幹を揺るがす事態といえる。政府は、燃料高対策に本腰を入れる必要がある。
東京では政府・与党に緊急対策を求める決起集会が開かれ、漁業者らが燃料費の補てんなどを訴えた。他業界との兼ね合いで難しいとの意見があるが、運輸業界向けには高速道料金の深夜割引拡充などがある。漁業向けの緊急支援策も考える余地はあるのではないか。
原油価格は投機資金対策などで多少は下がっても、以前の安値には戻らないというのが大方の見方だ。政府は、六月下旬に決めた原油高対策などで漁船のエンジンの高効率化などを打ち出している。積極的に開発や普及に取り組むべきだ。燃料費高止まりに対応できる漁業へ体質強化が求められる。
魚が食卓に上るには相応のコストがかかることを、今回の事態は浮き彫りにした。最新の二〇〇七年度版水産白書によれば新鮮で安全な国産魚介類へのニーズは高い。日本の漁業を守る観点を踏まえ、消費者としても魚の値段について再考してみなければなるまい。
(2008年7月16日掲載)